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【本】冨山和彦「AI経営で会社は甦る」感想・レビュー・解説

メチャクチャ面白い作品だった。けどこの作品、タイトルが実によろしくない。
この「AI経営で会社は甦る」というタイトルは、ぱっと見ると経営者向けの本にしか見えないだろう。いや、実際に確かにそういう側面もある。どんな風に会社の舵取りをしていくべきかという有益な助言を得ることが出来るだろう。

しかし、ただそれだけの本ではない。本書は、AI技術が世界中を激変させる世の中で、会社だけではなく、個人はどう生き残っていくべきなのか、ということについてもかなり触れている作品だ。

冒頭にはこうある。

『今回のブームにおいては、企業が、経営者が、個人が、まずはその表層的な減少に惑わされずに変化の本質をとらえ、生き残っていくために、そして願わくはそれが産業的、経済的に生み出す色々な意味での「稼ぐ力」を獲得していくために、何が問われているのか。それを提示することが本書の目的である』

そう、本書で最も重要な点は、「AIが社会構造をどう変化させるのか」という点だ。これは、いわゆる未来予測ではない。未来予測というのは、科学的な知見に基づいて技術がどう発展していくのかを予測するものだと思うが、本書は、その土台を「経営」という観点に置いている。技術がどう発展するかよりは、その技術が経済的にどんな利益をもたらすのか、そしてその可能性を企業はどう掴んでいくべきなのか、という点について徹底的に考えることで、「経営」をベースにした未来の社会のあり方を予測する作品だ。そしてその上で、その予測通りの世界がやってきた時、個人はどんな風に生きていくべきなのか、という提言までするのだ。こう書くと、タイトルがちょっと合っていないということが伝わるだろうか。

本書を読んで連想した本が二冊ある。一つは、倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ」、もう一冊は落合陽一「これからの世界をつくる仲間たちへ」だ。どちらの本も、それまでの価値観が通用しなくなった世の中で、生き方の選択や世代などによって大きな分断がある人たちの間をどう融和させていくか、ということが書かれている本だ。本書もまた、そういう性格を持つ本だ。AIという、それまでの常識を一変させるテクノロジーが登場し、しかしそれまでの価値観にしがみつきたい人もいる。そういう両者の間をどう取り持ち、お互いに良い結果をもたらしていくのか。その答えが本書には描かれていると思う。

本書には非常に面白い話がたくさん出てくるのだが、僕が面白いと感じた5つのキーワードで本書の中身を説明したいと思う。
その5つを挙げてみると、

「C(カジュアル)の世界からS(シリアス)の世界へ」
「差別化要因をどう捉えるか」
「AI開発において日本が優位な理由」
「スマイルカーブ」
「G(グローバル)の世界とL(ローカル)の世界」

となる。
順番に行こう。

まず「C(カジュアル)の世界からS(シリアス)の世界へ」だ。これは、AIに限らない「デジタル革命」全般の話になるのだが、これまでCの世界で閉じていたものがSの世界に滲み出していくことで何が起こるのか、という話だ。

これまでのデジタル革命は、基本的にすべてがネット上で完結していた。ゲームでもSNSでも検索でもなんでもそうだ。これを「Cの世界」と呼ぶ。

『他方、個別ビジネスの単位で考えると、(Cの世界では)限界費用がゼロということは、参入障壁が低いことを意味する。参入が容易ということは、経済学が教える通り、競争激化によって価格はほとんど限界費用付近まで下がっていくので、サービスは実質的に無料化しやすい』

概ねこれまでのデジタル革命で起こってきたことを考えれば納得してもらえるだろう。

またCの世界ではこんなことも起こりうる。

『基本アルゴリズムは数式の世界なので、たった一人の天才が世界を一変させてしまうことがある』

グーグルのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグのような天才が世界を変えたという物語が可能だったのは、それがバーチャルな世界で完結していたからだ。

しかし、Sの世界ではそうはいかない。Sの世界というのは、例えば自動運転であったり遠隔操作による手術だったりする。AIの技術がSの世界に滲み出るということは、人の命を左右することになる、ということだ。

『しかし、デジタル技術が本当にリアルに滲み出してくると、物理的な不可に対する耐久性が最大のチャレンジになってくる』

そしてこの現実があるからこそ、今起こっているAI革命においては、リアルのモノづくりにおける蓄積がある企業にこそ価値が生まれうるのだ、と著者は主張する。

例えば、自動運転技術はグーグルがかなり開発をしているが、著者の見立てでは、グーグルによる自動運転は恐らくうまく行かないだろう、と考えている。ソフトの部分を作る力がいくらあっても、ハードを作るノウハウがない。しかもAI革命というのは、大量の情報をディープラーニングで処理して学習させる過程が必要になるので、それには大量の入力情報が必要になる。自動車メーカーではないグーグルには、その情報を手に入れる方法がないのだ。これまでは、脳みそだけ作れば勝てていた勝負だったが、今始まっているのは、脳みそだけではなく手足も作り、さらに脳と手足をミスなく連動させなくてはならないという勝負なのだ。そういう意味で、日本の電機メーカーが軒並みやられていってそれまでのデジタル革命とは意味合いが大きく違うという。この指摘は、なるほどなと感じさせられた。


しかし、モノづくりのノウハウがあるだけでは、やはりこの競争に勝つことは難しい。では何が必要かといえば、次の「差別化要因をどう捉えるか」である。

『AIは今ブームになっているから、AI自体が差別化要因になると思い込んでいる人が多いが、実は、そんなことはあまりなくて、本当の競争領域は、もとから持っているハードウェアのアナログなノウハウな部分であることが多い』

AIを開発することで勝負に勝てるわけではない、ということだ。何故なら、AI革命において最も重要な問いは、「AIを使って何をするか、どう稼ぐか」というものだ。AIを開発しておしまい、などということはありえないわけだ。だったら、道具であるAIは誰かが開発したものを拝借すればいい、という発想になる。

また、トップクラスのAI研究者は、非常に流動性が高いマーケットになるので、特定企業に囲い込むのが難しい、というより実際的な問題がある。特定企業にそういう天才を囲い込むことが出来れば、その技術はその企業の独占として使えるかもしれないが、なかなかそうはいかない。だからこそ、特定企業に囲い込むことが出来ないAIの部分は差別化要因にはならないのだ。

『AI技術そのものの世界で、米国や欧州の企業や研究機関に遅れを取っていることを悲観視する声を聞くが、AI研究は優れた個人が国境や企業の壁を越えてコラボするスタイルになっていて、その基盤となっている人材の流動性は高い。また、アルゴリズムを軸とした要素技術体系もオープンソースになっていく流れを考えると、こうした開発成果は、特定の企業がクローズドに囲い込むことは難しくなるし、それを半導体チップのような世界に閉じ込めても、おそらくインテルのCPUと同じく、一般に外販される可能性が高い。さらにはアルゴリズムの数式自体も公開されて、どの企業でもアクセスできるようになり、まったくもって競争領域ではなくなってしまう可能性さえ高い。
(中略)
現時点での出遅れ感は、経営論的にはまったくもって致命的ではないのだ』

しかし、日本企業は、こういう現状が苦手であるようだ。なんでも自社で開発しなければならないと思ってしまうのだという(しかもそれが出来る技術力がある)。だから、日本企業は「捨てる」ことをしなければならない。

『そうなると、今、日本企業に問われているのは、割り切れるかどうか、(捨てるべきものを)捨てられるかどうか、そう、日本企業が伝統的にもっとも苦手としてきた「捨てる」経営ができるかどうかなのである。
よそから持ってくれば済むものは、自社開発をやめて外部から調達すると割り切れるかどうか。買収したり、ライセンスを買ってきたり、人材を引き抜いたり、そうした技術を取り込むやり方は様々だ』

日本や日本企業が、今起こっているAI革命の中で真に成果を出していくためにしなければならないことについては本書で様々に触れられている。苦手な部分と得意な部分をうまく住み分けて、日本が得意とする部分にきちんと注力すれば、AI革命の波に乗れる可能性は高い、と主張する。

さらにその上で著者は、「AI開発において日本が優位な理由」も挙げている。

『もう一つ大きいのは、少子高齢化という問題と、日本が結果的に移民政策に消極的なことが重なり、ローカル経済圏(サービス産業を中心とする労働集約的な地域密着型産業群)が人手不足に陥っているからだ』

ここが欧米とは大きく違う点だ。トランプが大統領になり、国内に雇用を増やす、というようなことを日々言っているが、何故そう主張する必要があるかと言えば、アメリカでは移民などにより雇用が足りない状態だからだ。だから、そんな状況の中で、さらに雇用を奪いかねないAI技術は、技術開発の段階では障害がなくても、社会実装段階でつまづく可能性が高いという。

しかし日本では、人手が圧倒的に足りていない。農業や介護などの分野で人手が足りていない現状は多くの人が認識しているだろう。そういう状況だからこそ、AIによって労働の生産性を上げるという発想が、欧米諸国に比べれば圧倒的に受け入れやすい状況にあるのだ。

また、こんな要素もある。

『(日本ではドラえもんや鉄腕アトムが人気なのに対して)欧米では心のあるロボット研究をするのは、宗教的なタブーに触れるおそれもあり、映画などでもヒューマノイド(ヒト型ロボット)というのは、まずは気持ち悪いものとして登場する。映画『ターミネーター』などはその典型だ。だから日本以外でヒト型ロボット開発にここまで熱心な国はあまりないし、AI開発においても、日本の人工知能学者の多くは人間の脳の真理に迫ることに血道を上げがちである』

実はこの文章は、「そういうことを日本の研究者はやってしまうリスクがあるよね」という警鐘を鳴らす一文ではあるのだが、見方を変えれば、AIの開発において社会的な嫌悪感が実に低いとも考えられるし、うまくやればそれは日本のアドバンテージになることだろう。


『それもあって、日本では誰に遠慮することもなく、AIやIoTやロボティクスのテクノロジーをガンガン入れて、ガンガン生産性を上げていける土壌ができつつある。ローカル経済圏から政治的な突き上げを食らっている欧米先進国では考えられない状況で、ほとんど唯一の存在ではないか。発展途上国では人を使ったほうが安いし、新興国でもまだ自動化に対するニーズはそこまで高くない。世界で唯一、日本だけが国の総意としてAIやIoTに積極的にチャレンジできる。だから、チャンスなのだ』

さて、そんな風に、惨敗続きだったこれまでのデジタル革命における日本企業が、これからは主導権を握ることが出来る可能性があると本書は指摘する。しかし、その際にきちんと押さえておかなければならないのが「スマイルカーブ」だ。

『スマイルカーブとは、ある製品のバリューチェーン全体を見たときに、川上(企画・設計・部品)と川下(販売・メンテナンス)側の利幅が厚くなる一方、真ん中の製造工程(組み立て)はほとんど利幅が取れなくなる現象を指す』

AI革命はモジュラー化(交換可能な部品でシステム全体を構成すること)の流れを呼び込むので、結果的に組立自体は誰でも出来るようになる。そこが差別化要因にならないので、利幅がどんどんと減っていく。だからこそ、川上か川下のどちらかを押さえなければならない、ということだ。本書の中では、重機メーカーのコマツの名前がよく登場するが、コマツは川上も川下もどちらもきちんと押さえ、真ん中の部分はあまり手を出さないというスタイルを早くから確立したようで、著者は非常に高く評価している。

さて、そんな風にして、AI革命は企業の経営のあり方を大きく変えていく。では、それが個人の生活をどう変えていくのか。ここで重要なキーワードになるのが「G(グローバル)の世界とL(ローカル)の世界」だ。

『自分の生き方のゴールをどこに設定するのかがすごく大事になってきた。業種や職種による違いもあるが、もう一つ大きな軸として、グローバルなゴールを目指すのか、ローカルな世界の中に生きがいを見出すのか。自分なりに考えて決める必要がある。
ローカルな世界で生きていくと決めてしまえば、高いお金を払ってベルリッツに通う必要はなくなる』

本書の中で僕が最も重要な指摘だと感じるのはこの部分だ。AI革命によって、実はローカルな世界が強くなっていく可能性がある、と著者は指摘する。それは、先程のスマイルカーブの話からもイメージ出来るかもしれない。川上側にいるのが、世の中の一部の超天才が占めるグローバルな世界、そして川下側にいるのがローカルな世界で生きる多くの一般人。AI革命によって、川下側にある無数の中小企業の重要性が増していくという。

『ここ数十年、「グローバル化」がキーワードになってから、この国の教育や人材育成は、「グローバル人材」になれないと生き残れない、あるいは二流の人生しか送れないかのような強迫観念に追い立てられてきた感がある。私もかつては同じような思い込みに取りつかれている部分があった。
しかし、産業再生機構時代に地域のバス会社、物流会社、旅館、スーパーマーケットなど、ローカルな経済圏で活動している企業の再生やそこに生きる人々と深いかかわりをもつようになって、この強迫観念に大きな疑問を持つようになった。ローカルな世界にはローカルな価値観があり、ローカルな一流があり、生きがいや幸福がある。どの国に行っても、いわゆるグローバル化が進展しても、生身の人間は地域に住み、日常の生活基盤はローカルな経済社会圏である。そして、前にも触れたように、先進国ほどローカル型の産業、企業で働いている人はむしろどんどん増えている』

こんな風にも指摘している。

『それぞれの地域でリアルな問題を抱えている産業群にいけば、自分が役に立っている実感を持つことができるだろう。逆に、メガバンクのような巨大組織で働いていて、自分が世の中の役に立っている感を持つのは困難だ』

AI革命は、様々な不安や憶測(20年後には仕事の大半がなくなる、など)が渦巻くが、「経営」という観点からAI革命を捉えた時に、現実的にどんなことが起こりうるのか、について指摘する本書は、AIによって激変するだろう未来をどう生きていくのか、という問いに対して意味のある答えをもたらしてくれる作品だと思う。タイトルのせいで、本書を読むべき人のところまできちんと届かない感じになっているような気がするのがもったいないが、本書は経営者だけではなく、未来を生きるすべての人が読むべき作品だと思う。


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