【映画】「キリエのうた」感想・レビュー・解説

40歳になって、視力が以前より下がった以外は、体調も悪くないし、身体が痛いとかもないし、病気もない。あまり変わらないつもりでいるのだが、昔と比べて明らかに涙もろくなったなとは思う。

しかしそれにしたって、映画の冒頭、キリエ(アイナ・ジ・エンド)が歌い出したその瞬間に泣きそうになったのは、自分でもホント意味が分からない。

アイナ・ジ・エンドの存在はもちろん元から知ってたし、凄い歌手だという認識でいたけど、それにしても凄すぎた。僕は普段、あまり音楽を聴く習慣がないのだけど、「良いな」と思う音楽はそれなりにある。しかし大体それらは、「頭で良いなと感じる音楽」だ。僕は、歌を聴く時に全然歌詞を聞いていないので、「歌詞に打たれてる」みたいなことでもなくて、音楽を聴いて、頭で「良いな」と思っている、みたいな感じだった。

ただ、『キリエのうた』を観て、アイナ・ジ・エンド(というか、キリエというアーティスト名で曲を出していると思うから、キリエと書くべきなのかもだけど)が歌っているシーンではすべて、身体がゾクッと反応した。今まで正直、音楽を聴いてこんな感覚になったことがない。

だからホントに凄いなと思う。音楽を表現する語彙力が無さすぎて「凄い」としか言えないけど。

アイナ・ジ・エンドの歌声は、なんていうか、「楽器が鳴っている」みたいに響く。ギターでもピアノでも何でもいいが、楽器の場合、弦や鍵盤などを複数押すことで、複数の音が同時に出る。アイナ・ジ・エンドも、なんかそんな感じだ。いくつかの音が同時に鳴っているみたいな気がする。人間には無理だが、楽器なら出せる、なんかそんな声な気がする。

映画は全体的にとにかく良かったが、やはり、圧倒的にアイナ・ジ・エンドの歌が良かった。これはホント、何回も映画館に行く人が出てくる映画かもしれない。ストーリーをすべて理解してもなお、「アイナ・ジ・エンドの歌声を聴きたい」という人が、映画館に足を運ぶ可能性がある気がする。

物語は、東京・大阪・北海道・宮城を、様々な地を行ったり来たりする。映画のメインは、キリエが東京で音楽活動をしていくパートだが、その過程で、キリエの過去を描き出しながら、そこに連なる様々な人物の関わりを描き出していく。とりあえずこの記事では、それがどこで展開される物語なのかについては、東京以外は触れないことにしようと思う。

イッコは、友人たちとの飲み会の帰り道、路上でギターを持つ少女を見かける。看板には「Kyrie」の文字。イッコは友人と別れ、キリエというその少女に「何か歌って」とリクエストする。キリエは、イッコのためだけに、ビル街にその歌声を響かせる。

イッコはキリエを家へと連れて帰り、そのままマネージャーをやると宣言する。キリエは、歌うことでしか声を出すことが出来ないため、イッコがあちこち連れ回すようにして、必要なものを揃えたり、路上ライブの様子をネットにアップしたりする。

小学校の教師を務めるフミは、担任を務めるクラスの男児から、ある女の子の噂を耳にする。「イワン」と呼ぶその少女は、何を聞いても何も答えないのだそうだ。いつも古墳の辺りにいるから、そこに住んでるんじゃないの? と男児は言うが、そんなはずがない。というか、そうだとしたら問題だ。フミはちょっと気になって、度々古墳の辺りを覗いてみる。歌声は聴こえるのだが、どうにも人の姿が見えない。

マオリは、スナックで働くシングルマザーの母親を持ち、高校に通っている。学費的に大学進学は無理と言われていたこともあり、勉強も特にせず、高校卒業後はアルバイトをするつもりでいたのだが、ある日状況が大きく変わった。母親が、店のお客さんから、マオリちゃんの学費は出すよ、と言われたというのだ。しかしそうだとしても、問題は学力だ。そこで、そのお客さんに言われて派遣されたのがナツヒコである。マオリの家庭教師をやってくれと頼まれたのだ。そうやって勉強を始めるマオリだったが、しばらくするとナツヒコから「ルカという後輩を知ってるか?」と聞かれ……。

というような話です。

ストーリーがまったく伝わらないように内容紹介したつもりなので、これらの話がどう1つにまとまるのかまったく理解できないだろう。もちろん、物語的な都合の良さや偶然はそれなりにあるものの、絶妙な設定の中で、出会うはずのなかった人たちが関わりを持ち、様々な葛藤や悲しみや苦しさを引き連れながらどうにか前に進んでいく、そんな姿を描き出す作品である。

場所も時系列もかなりシャッフルされるので、もしかしたら苦手という人もいるかもしれない(大分昔の記憶だが、伊坂幸太郎の小説を「時系列があっちこっちに行くから難しい」と年下の女性に言われたことがあり、物語に触れる機会が少ない人ほど、もしかしたらそういうあっちこっち話が飛ぶ話が苦手なのかもしれないと思っている)。しかしその過程で、キリエが背負ってきた過去や、その周辺で関わってきた者たちの葛藤などが、ジワジワと浮かび上がっていく。

1つ1つの出来事は、「仕方ないか」と感じる出来事ばかりである。この物語の中では、真に悪意を持って悪い方向に進ませようとするような人物は、たぶん出てこなかったはずだ。誰もがその人なりの人生を真っ当に生きていて、しかしその中でどうしようもなくダメになってしまうことがある。そういう「仕方ないこと」の積み重ねによって様々な人生が翻弄されていくことになるわけで、その「何とも言えなさ」みたいなものがとにかく切なかった。

映画では、東日本大震災もかなり重要な要素として描かれる。そして、これは僕の曲解かもしれないが、東日本大震災を含め、この映画で描かれるすべての描写が、「仕方ないことは起こるんだ」というメッセージに感じられた。映画の中ではほぼ、「努力したらなんとかなったのに」みたいなシーンはなかったと思う。努力とは無関係のところで「やるせないこと」は起こるものだし、それは結局どうにもならないことなんだ、という描写が丁寧に積み上げられていく、そんな作品に思える。

そしてだからこそ、キリエがその歌一本で世界を生き抜いていこうとする姿がシンプルに響くのだと思う。もちろん、「アイナ・ジ・エンド」としては生まれ持っての才能みたいな部分もあるとは思うのけど、「キリエ」としては、彼女が「歌」に導かれる過程も随所で描かれるので、そこには「努力」も見える。路上ライブのオジサンやギターの先生、ある人物からのプレゼントなど、何か1つでも欠けていたら、「東京の路上で弾き語りをするキリエ」は生まれなかっただろう。そしてそこに、「東京という見知らぬ土地でどうにか奮闘する」というキリエの努力が加わることで、作中で唯一「努力で未来が切り拓かれていく」みたいな要素になっている。その構成も、とても印象的だった。

さて、「仕方ないことは起こるんだ」という描写で埋め尽くされた作品ではあるが、その中で、まあ作品の核となる描写では全然ないのだけど、「これはやっぱり嫌だなぁ」と感じさせるものがあった。児童相談所の対応である。

あまり詳しくは書かないが、もちろん、彼らが「法律に沿って対応している」ことは確かだし、そうするしかないことは理解している。だから、児童相談所が介入することによって生まれた「結果」に対しては、「仕方ない」と思っている。正直、あまり承服したくない現実ではあるが、法治国家に生きている以上、「仕方ない」と受け入れるしかないだろう。

僕が嫌いなのは、「法律に沿って対応していれば正しい」という考えで動く人間のことである。法律と現実は、時に残酷なほどに乖離する。子どもの話で言えば、「とんでもなく虐待を行う母親の元に子どもを戻さなければならない」こともあれば、「非常に良い環境だが血縁が無いため許容されない」こともある。まあそれ自体は仕方ないことだが、ただ、「法律と現実は、時に残酷なほどに乖離する」と、法を執行する側の人間は認識してくれているのだろうか、と疑問に感じてしまう。「法を正しく執行することが正解である」という考えだけで行動しているとしたら、やはり僕は許容出来ないと感じてしまう。この映画の中で、ほぼ唯一と言っていいくらい、「仕方ない」では受け入れがたい描写だった。

アイナ・ジ・エンドは、歌声だけではなく演技もとても上手かったと思うが、個人的にはやはり松村北斗がとても良かったと思う。元々松村北斗のことは好きなのだけど、それとは関係なしに、この人演技上手いなぁと思う。なんというのか、「普通に喋ってる感」がずっとある。なんとなく、「カメラが長期密着したことで、被写体がカメラの存在を気にしなくなったドキュメンタリー」を観ているみたいな喋り方をするなと感じる。あんまりそんな風に感じさせる若手の役者って思いつかないから、凄いなと思う。

広瀬すずは、今回はかなり曲者感を抱かせる役柄で、それもメチャクチャ上手くハマっていたと思う。そこまで広瀬すずを追っているわけではないけど、広瀬すずがこれまで演じてきた役柄とは大分違う雰囲気があって、新たな一面という感じだった。特に、時系列で考えた場合の「前半」と「後半」で全然キャラクターが違うのも良い。その間を埋める描写はほぼ存在しないが、しかし「それぐらいの激変を強いられるぐらい大変だったのだ」ということが伝わるし、そのこともまた、映画のラストシーンのある展開の「謎」に直結するような予感もある。とても良かった。

あと、エンドロールを観て、自分では全然気づかなかったけど、俳優ではない人が結構出ていて驚いた。「大塚愛」とか「石井竜也」なんかは、どこに出てきたのかまったく分からなかったので、公式HPを見て、なるほどこの役だったか、と思った。一番謎だったのは「樋口真嗣」である。なんで出てるんだ?

3時間もあるかなり長い映画だが、僕としてはまったく飽きることなく観れた。やはりそれは、アイナ・ジ・エンドの存在感のお陰だろう。歌唱だけではなく、彼女にはなんというのか、その場にいることで空気がちょっと変わるような、そんな力強さみたいなものがあるように思う。今回は、本職である歌うことがメインの役どころであり、しかもあまり喋れないという設定だったので、もっと「アイナ・ジ・エンド」から離れた役柄で普通に喋る役を演じた時にどうなるのかは分からないが、少なくともこの映画におけるアイナ・ジ・エンドは素晴らしかった。

実に良い映画を観たなぁという感じです。

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