【映画】「ケイコ 目を澄ませて」感想・レビュー・解説

良い映画だった。何が起こるというわけでもない映画なのだが、耳の聴こえない女性の淡々としながらも激しい日常を丁寧に描き出している。ちょっとザラッとした感じの画質で荒川の街を映し出し、幸せとも不幸せとも言い難い、そのあわいのような場所を行ったり来たりしながら生きる女性の姿に、静かに胸打たれる人は多いだろう。

さて、そんなわけで、「観てよかった」と感じる映画だということは間違いない。ただ同時に、感想として特に書くことが思い浮かばないんだよなぁ、とも思う。これは、僕の特殊さと言えるだろう。僕は映画でも本でも人との会話でも、「思考が刺激される」とテンションが上がる。別に、知識とか教養みたいなものだけを求めているわけではなく、想像したこともなかった価値観とか、触れたことのない思考なんかに出会えると嬉しい。

そして、『ケイコ 目を澄ませて』には、そういうものはあまりない。ないから駄目ということはもちろんまったくないのだが、やはりどうしても僕のテンションはそこまで上がらないし、頭から湧き出るような思考もないことになる。そういう意味では、僕にとって少し残念な作品であるとも言える。

映画を観ながらずっと考えていたことは、主演を務めた岸井ゆきのについてだ。以前、『神は見返りを求める』の感想にも同じことを書いたが、彼女は、美人側も不美人側もまったく違和感を抱かせない形で演じられると思っていて、それがとても稀有な存在だと感じられる。あまり容姿のことをあーだこーだ言うのは好きではないのだけど、岸井ゆきのに対してはホント、出演作を観る度にいつも同じようなことを感じる。

だから、と繋げるのが正しいのか分からないが、顔をボコボコに殴られるボクサーの役もしっくりくる。いや、現実の世界では別にどんな人がボクサーになろうがいいのだが、物語の世界では「顔を殴られた感を出すメイク」を美人にすると、なんか凄く「演出感」が出るような気がしてしまう。岸井ゆきのも美人なのだが、「顔を殴られた感を出すメイク」が何故か「演出感」に繋がらない。少なくとも僕はそんな風に感じる。そういうことも、この物語のリアルさに繋がっているのではないかと感じた。

あと、映画の中で印象的だったことが、まあこれは聴覚障害者を描く際には当然の描写と言えばそうなのかもしれないけど、「聴こえていないこと」が強調されるような場面が多かった。ボクシングジムで練習生の一人がコーチからボロクソに怒鳴られている中、ケイコは鏡に向かってシャドーボクシングをする、みたいな。そのような描写が結構多かったこともあり、恐らく、「聞きたくないことを聞かずに済むのは悪くない」みたいな意味が込められているように感じた。ケイコは、耳が聴こえないことでもちろん様々な不便があるし、耳が聴こえるかどうかに関係ない部分でも生きづらさを感じているだろう。その一方で、「聴く必要のないことに気を取られる必要がない」というのは決して悪くはないという描かれ方になっているように感じられた。

障害を持つ人を描く場合、どうしても「大変だ」という方向からしか捉えられないことも多いだろうが、この映画はそのようなスタンスをもって作られたわけではないと明確に示している気がした。僕は病名がつくような障害を診断されたことはないし、だから障害を持つ人がこの映画を観てどう感じるか分からないが、僕の想像では、より実態に近しい形で描かれていると感じるのではないかと思った。

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