【映画】「能登デモクラシー」感想・レビュー・解説

これはなかなか面白い。基本的には、人口減少がゴリゴリに進んでいる田舎町での政治の話なのだが、そこに様々な要素が乗っかってきて、非常に魅力的な作品に仕上がっている。特に、メインで映し出される、「手書き新聞の発行人・滝井元之さん」は非常に魅力的な人物であり、奥さんのあり方も含めて実に素敵だったなと思う。

さて、本作の舞台になっているのは石川県の能登地方にある穴水町なのだが、私はたまたまつい先週まで金沢を旅行していた。というか、たまたまなんてことはなく、旅行の調べで金沢について色々調べてたから、スマホのオススメに本作の紹介記事が出てきただけだと思うのだけど。旅行で能登の方にも行こうかと考えたこともあったのだけど、さすがに遠くて、移動だけで結構な時間を使ってしまいそうなので(あと、生涯車の運転をしないと決めているので)、それで行かないことにした。

さて、能登というと、やはり地震のことが思い起こされるだろう。本作は、震災前からカメラが回っている。本作の監督である五百旗頭幸男がどうして穴水町に密着することに決めたのかは分からないが(HPに「能登で最も小さな自治体」という表記があったのでそれで選ばれたのか、あるいは、滝井さんの存在を知って密着を決めたのか)、いずれにせよ、震災とは関係ない時点から穴水町を追っていたというわけだ。

そしてだからこそ、震災を前後に変わっていく様子が捉えられてもいて、その点も興味深いポイントではないかと思う。

誤解を恐れずに言えば、「震災のお陰で穴水町は変わった」と言えるかもしれない。もちろん、そういう言い方はよくはない。穴水町だけでも33人が亡くなり、1900棟もの建物が全半壊したからだ。それを「お陰で」なんて表現していいわけはないのだが、ただ、そんな風に見えたことも確かである。

そしてそれは、「地方政治の変革がいかに難しいか」を示しているとも言えるだろう。

穴水町には「ボラ待ちやぐら」と呼ばれる、海から突き出たところに組まれた櫓がある。その名の通り、「ボラの群れがやってくるのをその櫓の上でじっと待ち、網に入ったらたぐる」という伝統的な漁法で使われているそうだ。そして、「紡ぐ」という名の手書き新聞の中で滝井さんは、「この『ボラ待ちやぐら』に代表されるように、穴水町には『待ち』の文化がある。それは、時間がゆっくり流れているとも捉えられるが、『流れに身を任せる消極的な行き方』とも言えるだろう」と指摘していた。もちろん自戒を込めてだとは思うが、「何か問題や悪条件があっても目を瞑り何もしないのは正しいのか?」と、読者に突きつけているのである。

そんな土地柄で、監督の五百旗頭幸男はまず、町議会議員選挙を取材する。13人の立候補者の中に、39年勤めた町役場を止めて60歳にして初めて立候補した宮本浩司がいる。現町長の吉村光輝と前町長の石川宣雄の2人から応援を受けているそうだ。

手書き新聞の中で滝井さんは、「穴水町の町議会議員の平均年齢は石川県で最も高い72.9歳で、石川県最高齢の議員もいる」と書いていた。「老人ばかりだからダメ」とは一概には言えないが、それにしても平均年齢が73歳というのはなかなかのものだろう。そしてそういう中では、60歳の宮本浩司は「若手」というわけだ。

そして、この選挙の際のある行動が最後の最後に再び取り上げられるわけで、「なるほどそんな展開になるのか」という感じだった。

町議会議員選挙に関して興味深かったのは、浜崎という最高齢の議員についてだ。彼について、前町長の石川宜雄は、「議員を辞めてほしいんだけど、でも議会を抑えられる人は彼しかいない。だから頼んで出てもらったんだ」みたいなことを言っていた。続けて、「現町長は、ちょっと若いのもあって、言ったらナメられてるみたいなところもある」みたいな話をしており、これで、町長と議会の関係がなんとなく分かる感じがする。

ただそれはそれとして、本作では「地元紙2社とケーブルテレビしか取材に来ない」という町議会の様子も映し出されるのだが、そこでは、議員が右へ倣えと言わんばかりに、あらゆる決定事項に対して全会一致で賛成していく。あらかじめ裏で根回しをしているのか、あるいは「町長の主張には全面的にYESで行く」と決めているのかよく分からないが、「なあなあ」と言えるような関係に思えた。

この点に関しては滝井さんが新聞で、「恐らく、二元代表制を理解していない議員もいるだろうと思う」みたいに書いていた。二元代表制とは、首長と議会議員を共に住民が直接選挙で選ぶ制度であり、これはつまり「首長と議会とが緊張感のある関係性を保ちながら議論すべき」という理由から設けられている。しかし穴水町では(穴水町に限らないかもしれないが)、町長と議会は結託しているかのように議会が進んでいく。これではまともな政治は機能しないだろう。

五百旗頭幸男は、選挙運動中の浜崎議員に「是々非々はないんですか?」みたいなことを聞いていた。たぶん、「町長の主張にNOを突きつけることはないんですか?」みたいな意味だろう。これに対して浜崎議員は、なんかごにょごにょ言っていたが、結論としては、「まあ是だわな」みたいな返答だったと思う。

またこの浜崎議員は、37年間の議員生活の中で一般質問をしたのはたった9回、ここ20年間は一度も一般質問をしていないようで、五百旗頭幸男はその点についても別の場面で突っ込んでいた。ここでも浜崎議員はごにょごにょ言っていたのだが、「まあ、分かるでしょ」みたいなことを言って去っていってしまう。僕にはなんのこっちゃ分からなかったが、たぶん「どうせ質問したって意味ないでしょ」みたいなことを言っていたのかなと思う。

まずはそんな、穴水町のちょっとダメダメな町議会の様子が映し出されていく。

そしてそれとは別に、本作の主人公と言っていいだろう滝井元之も映し出される。彼は37年間数学教師として勤めた後に退職し、それから日々様々なボランティアに忙しくしている。ボランティアのメインとなるのが、地元テニススクールのコーチだろう。週5回教えているそうで、なんと石川県内に存在するテニススクールの中で最も生徒の数が多く、小学生は16回、中学生は2回全国大会に導いたことがあるそうだ。

また彼は3世帯7人しか生活していない限界集落・滝又地区に住んでおり、その生活を維持するためのボランティアもしている。例えば、滝又地区には上水道が引かれていないそうで、川の水を貯水タンクに溜めるなどして使っているのだが、その調整をしたりする。あるいは、集落に繋がる唯一の県道は土砂崩れの危険が常にあり、その写真を撮って行政に報告したりしているが、なかなか動いてくれないそうだ。実際に、2024年1月の震災の直前に12月に、土砂崩れによって倒れた気が電柱をなぎ倒してしまい、集落は停電してしまったそうだ。

さらに彼は、2007年の能登半島地震を機に「紡ぐ」という名の手書きの新聞の発行を始めた。月に1~2回発行しているそうで、11年間で137号も出したという。基本的には、穴水町の政治について厳しい目を向ける内容になっていて、新聞なんかでもほとんど取り上げられない穴水町の政治の状況を唯一伝えるメディアとして機能しているのだ。当初は180部ほどだったが、現在は500部まで増えている。2025年1月時点の人口が6888人だった穴水町では、14人に1人が彼の新聞を読んでいるという計算になるだろう。

特に村社会においては、政治の話はしない方がいいと言われるだろうが、滝井さんは自分や家族が攻撃されたりといった状況にはなっていないそうだ。色んな人から応援の手紙や寄付金などを受け取っていて、それらの支援を元に活動を続けているそうだ。

本作では滝井さんの奥さん・順子さんも映し出されており、実に魅力的なキャラクターだった。旦那さんのことが凄く好きなようで、いつも忙しくボランティアに飛び回っているのを寂しく思っているみたいだった。しかし同時に、「あと10年は添い遂げたいけど、贅沢かな?恩返ししなきゃ」「私が入院すると足手まといになることが分かってる」など、夫の活動を応援したい気持ちも持ち合わせていることが伝わってくる。実に素敵な人だなと思う。

さて、前半ではもう1つ指摘されていることがある。それは、現町長である吉村光輝が社会福祉法人の理事長も務めていることだ。それ自体はたぶん問題はないはずなのだが、問題は、彼が理事長を務める「牧羊福祉会」が所有する3施設を統合し、穴水町の事業として多世代交流センターを作るという計画である。現在国は、地方自治体がコンパクトな町作りを行うことに補助金を出すようにしているようで、それで、施設を統合して中心部に新たに建設するという計画に、国と穴水町が半分ずつお金を出すことが決まったのだ。しかしその事業主体は、吉村光輝が理事長を務める社会福祉法人であり、「それはいいのか?」という懐疑的な目が向けられているのだ。

さらに奇妙な話なのだが、その多世代交流センターの建設予定地の多くは、前町長の石川宜雄の土地なのだ。たまたまだと言えばそうなのかもしれないが、五百旗頭幸男はある場面で吉村光輝に、「前町長が所有する土地に現町長が理事長を務める社会福祉法人が町のお金で建物を建てるなんて話、他の自治体では議会で通りませんよ」みたいに言っていたので、やはり普通じゃないのだろう(「普通じゃない」とは一般的な感覚でも思うわけだが)。滝井さんは「穴水町の最大のタブーは何か?」と聞かれて「現町長に対する批判だ」と答えていた。何がどう「タブー」なのかよく分からないが、とにかく、「誰も町長がやっていることを指摘しない」ということは確かなのだろうと思う。

そして、そのような穴水町の現状をカメラに収めている中、能登地方を地震が襲ったのである。本作では、それ以降の人々や町の変化も追いかけていく。

滝井さんは、自身も被災者でありながら、震災2日目からボランティアとして活動していた。震災ボランティアに専念するために「紡ぐ」の発行は一時中断し、家屋から壊れたものを外に運び出したり、仮設住宅を回って安否確認をしたりしていた。

そしてそんな滝井さんの様子を見て、恐らく今でそんなことをしたことがないだろう議員(名前は忘れてしまった)も仮設住宅を回るようになっていった。この頃石川テレビで、その頃までの取材映像をまとめた「能登デモクラシー」が放送されており、滝井さんはさらによく知られる存在になっていた。

そしてそのことも影響しているのだろう、穴水町の町議会も変わり始める。震災と石川テレビでの放送以前は、予算委員会の審議を議長権限で秘密会にしており、五百旗頭幸男が問い質してもその理由は明らかにされなかったのだが、テレビで「能登デモクラシー」が放送された後は全面公開されるようになったのだ。

また町長を始め穴水町は、復興計画の策定のために市民から公募で33人を選び、今後のグランドデザインのためのミーティングを何度も繰り返した。住民の意見を取り入れようというわけだ。完成した復興計画にどの程度それが持ち込まれたのか、そしてそれらがどの程度実現するのかはなんとも分からないが、震災前とは大きく異なっていることは確かだろう。

震災はもちろん起こらない方が良かったに決まっているが、しかしそういうある種の「外圧」がなければ穴水町の政治が変わらなかったこともまた確かだろう。あくまでも結果論ではあるが、「震災」を前後にした変化が分かりやすく記録されており、そういう意味でも興味深い作品だと思う。

本作は何にしても、メインで映し出される滝井元之さんが非常に素敵な人物で、「穴水町の良心」という感じがする。彼のような人物がいるお陰で成り立っていること、救われている人というのはたくさんいると思うし、そういうものが、町議会の「醜さ」みたいなものと対比される形で興味深く映し出されていたと思う。なかなか面白い作品だった。

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