【映画】「ひとつの机、ふたつの制服」感想・レビュー・解説
これは良かったなぁ。ストーリー的には正直そんなに大した話じゃないんだけど、とにかく主演の陳姸霏(チェン・イェンフェイ)がちょっとイカれてるぐらい可愛くて、なんかずっと見てられる感じがある。普段は見た目がどうのこうのみたいなことはあんまり思わないんだけど、この子はちょっと凄いなと思う。
チェン・イェンフェイを初めて見たのは映画『無聲 The Silent Forest』で、この時もホントにビックリした。普段人の顔とか全然覚えられないんだけど、本作『ひとつの机、ふたつの制服』の予告を初めて観た時に「あ、『無聲』の人か」って分かったぐらい。『無聲』では結構ハードな役柄を演じてて、だから笑ってるシーンはあんまりなかった印象なんだけど、本作では笑ってる場面も多く、『無聲』とはまた違った存在感で良かったなと思う。
しかし、『無聲』でも高校生役だったはずだから、「この人、今何歳なんだ?」と思ったんだけど、2000年生まれらしい。撮影時はともかく、今は25歳。全然高校生役が通用するのが凄いな。
というわけで、正直本作はチェン・イェンフェイの魅力に尽きると言ってもいいのだけど、ただ物語的にもなかなか面白い部分があるので、まずはちょっと内容の紹介をしよう。
シングルマザー(父親は亡くなった)の元で育つ小愛は全日制の高校受験に失敗、そして母の無理やりの勧めで、進学校である第一女子高校の夜間部に入学することになった。台湾もどうやら韓国・中国並に受験戦争が厳しいようで、夜間部ですら合格率6%という狭き門だったようだ。
しかし小愛は、全然夜間部なんかに行きたくなかった。第一女子高校の夜間部は現役で入学する生徒も多いが、やはり一般的に夜間部は社会人のための学びの場であり、「夜間部に通っている」ということに恥ずかしさみたいなものを感じていたからだ。
さてそんな第一女子高校では、全日制も夜間部も制服は同じなのだが、胸のところの刺繍の色が違う。全日制はオレンジ、夜間部は白だ。太陽と月みたいに表現されている。学校側は「全日制も夜間部も同じ」と言うが、だったらこの区別はなんなのか。小愛はやはり自信が持てずにいた。
さて、第一女子高校では、1年生の頃は全日制の生徒と机を共有することになっている。同じ机を共有する者を「机友(きゆう)」と呼ぶのが伝統だ。相手次第ではあるが、仲良くなれれば学校生活をより楽しく過ごせるだろう。
で、小愛の机友が敏敏である。美人で成績優秀で、そして小愛からの手紙にもちゃんと返事を書いてくれる良い人だ。2人はとても仲良くなり、「サボるのに好都合だから」と、お互いの制服を1着交換したぐらいだ。
2人は、小愛が授業をサボる形で一緒に出かけたりするようになる。そしてしばらくして敏敏から、「見てほしい男子がいる」と言われた。野外でバスケをしている路克で、理数系の選抜クラスにいるという。敏敏は彼に好意を抱いているようだ。
そして小愛は、その事実を知って驚いた。というのも、路克とは別の場所で既に会ったことがあるからだ。卓球場でアルバイトしている小愛は、店にやってきた路克と一緒に卓球をしたことがあるのだ。
親友の想い人だけど、小愛も気になっている。そしてどうも、路克が好意を向けているのもまた小愛のようなのだ……。
というような話です。
物語全体としてはやはり「恋愛」がメインになると言っていいのかな。普通なら知り合うはずがない敏敏、路克の2人と関わることになった小愛が、微妙な三角関係の中にいるという物語で、まずはこのストーリーが「ザ・青春」って感じだった。よくある話だけど、まあだから良いとも言えるだろうか。
個人的に面白い描き方だなと思ったのは、「小愛が敏敏に対して特段の葛藤を抱いていないように見える」という点だ。こういう物語の場合、「先に好きだと明かした側(敏敏)に対して『なんか悪いな』的な気持ちになる」みたいな描写が多い気がするんだけど、本作ではそうはならない。小愛と路克は、敏敏に気づかれないように(と思っているのは小愛だけかもしれないけど)仲良くなっていくのだけど、小愛はそのことに敏敏に対する葛藤を特に抱いていないように見える。
その理由は想像するしかないが、本作全体のもう1つの大きなテーマに絡んでくるんだろうなと思う。それが、「劣等感」である。
小愛は、「全日制の高校の試験に失敗した」「第一女子の夜間部に通っている」「家が貧乏」みたいなこと全般的に劣等感を抱いている。特に、作中での比重的に「家が貧乏」みたいな要素は小愛にとって結構大きいようだ。お金がないから夜間部に通わされているし、お金がないから卓球場のアルバイトをしないといけないし、お金がないからパソコンも買えなくて友達とメールも出来ない(本作の舞台は1997年から1999年に掛けてである)。
だから小愛は、せめてもの嘘を積み上げることで虚勢を張っている。第一女子の全日制に通っているフリをしたり、「パソコンでのメールは出来ないけど、ニコール・キッドマンに英語で手紙を書いた」みたいな見せ方をしたりしている。「勉強があまり得意ではない」というのはある程度自分自身の問題だとしても、それ以外の要素は「生家の問題」であり、自分が悪いわけじゃない。そして小愛はそういう、「自分が悪いわけじゃない」みたいな部分をどうにかこうにか取り繕って、「自分が思い描くような自分として周りの人間と関わる」みたいな振る舞いをしているわけだ。
そしてだからこそ、路克の存在もまた、小愛にとっては「虚勢を張る」ための要素として機能しているのである。彼は、数学オリンピックに出場できるぐらいに秀才で、しかもスポーツが出来て背も高い。そして小愛の中には、「そんな人から好意を寄せられている自分は素敵なんじゃないか」みたいに思いたい気持ちがあったんじゃないかなと思う。
そんなわけで、敏敏に対する葛藤も表面化しなかったのだろう。小愛の劣等感は、まず第一に敏敏に対して発動しているはずで(最も身近で親しいからこそ、劣等感も大きくなるのだと思う)、だから「路克が敏敏ではなく自分を選んでくれた」という事実は、「敏敏に対する劣等感」を払拭してくれるものであり、葛藤には繋がらなかったということなのだと思う。
そして本作は、そんな小愛の「劣等感」が様々な出来事を経て少しずつ溶けていく、みたいな物語だと言っていいだろう。そのことは、物語後半の展開を観れば明らかだろう。「あぁ、吹っ切れたんだな」と分かるようなシーンが色々と描かれていたからだ。そして、シンプルに「その方がいいよな」と思う。
虚飾を前面に押し出して生きる生き方も1つかもしれないが、普通にはそんなこと続かないよなって思うし、また、そうやって誰かからの関心を得られたところで、結局「劣等感」が消えたりもしないよなと思う。小愛もある場面で路克に、「卓球をしてる時だけが対等な立場でいられた気がした」みたいなことを言っていた。つまりそれ以外の場面では、対等だとは感じられなかったというわけだ。虚勢を張った上でそう感じられないのだから、虚勢を張ることに意味なんか全然ないように思う。
ただもちろん、小愛の気持ちも分かる。なにせ、ずっと一緒にいる相手が、勉強が出来て美人の親友なのだ(小愛は作中では「人気の的」みたいな扱いにならないが、それは「夜間部の生徒」だからなのか、あるいは「容姿が決して優れているわけではないという設定」なのかはよく分からない)。敏敏はもちろん、小愛が夜間部の生徒だと知っているわけで、敏敏に対して虚勢を張る必然性はないのだが、「敏敏以外の誰か(本作では主に路克)」といる時には、どうにかして「敏敏と比べてそこまで劣っているわけではない」という見え方でいたいと思ってしまうだろう。そういう振る舞いが三角関係を余計に複雑にしていくみたいなところはあって、そういう展開は面白かったなと思う。
あと、個人的には、小愛の母親が結構良いキャラクターだったなという感じだった。一番良かったのは、「貧乏であること」についての憤りが高まりすぎて母親に「そこまでして節約したい? それで幸せ?」みたいに詰め寄った時の返答だ。彼女はこんな風に答えていた。
【えぇ、私は幸せよ。
節約する度に、あなたたちの未来が見えるもの。】
小愛には妹もいるのだが、そんな2人の留学費用が捻出出来る、あるいは年を取った時の薬代があれば娘たちに苦労を掛けずに済む、みたいに考えており、そんなわけで「節約=娘たちの未来」と考えているのである。そして母親は、「私には、これが幸せよ」と力強く断言していた。このシーンはなかなか良かったなぁ。
しかしその一方で、この母親は節約が行き過ぎて結構ぶっ飛んだことをしている。本作では、エンドロールが始まってからもしばらく小さく映像が流れるのだが、その中で小愛、妹、母親の3人での食事のシーンが映し出されていた。そしてこのエンドロールと共に流れる食事シーンでの母親の言動がなかなかにぶっ飛んでいて面白かった。母親は本作の随所で「節約のためなら割と何でもする」みたいな人物として描かれるので、そこまでの彼女の振る舞いを観てきた観客的には「なるほど、彼女ならこれぐらいやりかねない」という印象になると思うのだが、ただこの場面で描かれる状況だけ聞いたら「あり得ないだろ」みたいな感覚になるだろう。しかし脚本家も、よくもまあこんなぶっ飛んだエピソードをしかも最後の最後にぶち込んだものだなと思う。面白かった。
あと個人的にちょっとびっくりしたのが、「統一試験」と呼ばれる試験の様子。日本で言うセンター試験や共通テストみたいなものだと思うのだけど、なんと「試験会場まで親もやってきて、親の待機場所が用意されている」らしく、さらに「どの大学に誰が合格したのか氏名が新聞で公表される」のだそうだ。凄いな。このエピソードだけからも「受験熱」の高さが伝わるのではないかと思う。
さて最後に。本作の邦題である『ひとつの机、ふたつの制服』は「もうちょっと何かなかったかなぁ」みたいに感じてしまう。ただ、原題は『夜校女生』で英題は『The Uniform』らしいので、それよりはマシか、とも思う。っていうか、原題も英題も、そんなんでいいのか? って感じである。もうちょっとタイトルで惹きつけるような要素があるべきだと思うんだけどなぁ。みたいなところは少し気になってしまった。
まあそんなわけで、本作は、この記事の冒頭でも書いた通り、チェン・イェンフェイの魅力だけで全然観れてしまう作品で、ちょっと圧倒的だなと思うのだけど、ストーリー的にも「ザ・青春」という感じで楽しい。恋愛とか青春的な映画を探している人は絶対に観た方がいいんじゃないかなと思う。
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