【映画】「シザーハンズ」感想・レビュー・解説
さて、いつもの如く「映画館でしか映画を観ない」と決めているので、本作『シザーハンズ』も初めて観た。「午前十時の映画祭」ですね。「手がハサミの人が主人公」っていうメチャクチャざっくりした知識しか知らなかったけど、メチャクチャ変な話だったなぁ。でも面白かった。
あと、物語がまさか「雪はどうして降ってくるの?」っていう子どもの問いへの回答として始まるとは思ってなかったから驚いた。子どもにそう聞かれたおばあちゃんが、「そうねぇ、まずはハサミの話をしないとね」とか言い始めて、普通の状況なら「ボケたんか?」ってなるだろ、これ。でもちゃんと最後まで観ると(ってか、まあ途中の段階で分かることだけど)、「なるほど、確かに雪の話になるね」って思う。単に「シザーハンズ」の話をするよりも、もう一段階外枠の物語があって、それも上手いなと思った。
というわけで、物語はおばあさんの語りから始まる。
ある町に住むペグという女性は、エイボン化粧品の営業担当であり、一軒一軒家を回っては化粧品を売っている。しかし、自分が住む町ではもう誰も化粧品を買っちゃくれない。そんな時彼女は、車のサイドミラーに映った山の上のお城に行くことに決める。もちろん、営業のためだ。
ティラノサウルスや手の形に刈り込まれた庭木を通り抜けて古びた屋敷の中に入ると、そこには何故か両手がハサミの男がいた。名前を聞くとエドワードと答える。ペグは、最初こそ驚いたものの、すぐに「この人を助けなきゃ」と考え、自宅に連れて帰ることにした。
エドワードは、ある発明家が生み出した。様々な機械を生み出していたが、その発明家がある日、生産ロボットを改良して人造人間を生み出した。その生産ロボットは元々野菜を切る役割を担っており、だから両手がハサミなのである。発明家は少しずつ人造人間を改良し、「後は手だけ替えれば完成だ」というところで、突然命を落としてしまう。こうしてエドワードは、未完成のまま取り残されてしまったのだ。そしてそこにペグがやってきたのである。
ペグはエドワードを着替えさせ、旅行中で不在の娘キムの部屋に寝かせた。エドワードは、フォークもコップも持てず、日常生活には不便が多かったが、ペグの家の庭木をティラノサウルスの形にカットしたことが近所に知れ渡り、あちこちで庭木の刈り込みを頼まれるようになった。さらに、犬のトリミングや女性のヘアカットなどにも才能を発揮し、エドワードは一躍人気者になっていく。
そんな中エドワードは、旅行から帰ってきたキムに惹かれ始める。そしてある日、キムの彼氏が考えた犯罪にエドワードも巻き込まれてしまい、そのせいで信頼を失ってしまう……。
というような話です。
物語の展開のさせ方で凄かったのが、「最初の段階からエドワードは割と受け入れられていた」ということだ。庭木やヘアカットなどの才能が明らかになってから一気に人気者になっていくわけだが、それ以前の、まだエドワードが何者かまったく分からない時点でも、住民たちはエドワードを「ま、そういう人もいるよね」程度の感じで扱う。
凄いのは、ペグがエドワードを勝手に連れ帰った夜の食事シーンだ。ペグからどう説明を受けたのか不明だが、夫も息子も、「エドワードと一緒に食事をする」という状況を違和感もなく受け入れている。後に、旅行から帰ってきたキムが初めてエドワードに会った時には驚愕して叫んでいたが、むしろそれぐらいの反応が普通じゃないかと思う。
というわけで、本作では住民たちがエドワードをあっさり受け入れるのだが、普通に考えたら、「そんな展開、リアリティがない」みたいに受け取られるんじゃないかと思う。けど、本作を観ていても、そんな印象にはならない。これがとても不思議だ。物語のセオリー的にも、「最初は拒絶していたが、次第に受け入れられるようになった」みたいな展開の方が自然な気がするが、全然そうなっていない本作も別に自然に観れる。いや、もちろん最初は「いやいや」と思っていたが、次第に「まあ、別にそれもアリか」みたいな感じになっていくのだ。この辺りは自分でも不思議だなと思う。
で、キムが彼氏からの要望を受けてエドワードを犯罪に巻き込んだ辺りからまた物語が大きく動いていくことになる。ここまでは割と、「エドワードって大変だろうな」「誰かの願いを一生懸命叶えてあげようとして偉いな」みたいにエドワードに注目していた感じなのだけど、後半はキムが気になってくる。何せ、自分のせいでどんどんエドワードの評判が落ちているからだ。とはいえ彼女としても保身があるから周りに言い出せない。でもそのせいでエドワードが苦しい状況に置かれてしまう。そういうしんどさみたいなものがどんどん膨らんでくることもあって、物語が進むに連れてキムのことが気になってくる。
というような感じで、かなり奇妙な設定でありながら、ストーリー展開がメチャクチャシンプルで分かりやすいので、感情移入とか共感とかそういうことをしやすいんだろうなと思う。
あとは、いわゆる「ハリネズミのジレンマ」(の半分)って感じだが、エドワードは「良かれと思ってしたことで相手を傷つけてしまう」みたいな境遇にいる。これは本当にしんどいだろうなぁ。エドワードは雄弁に語るタイプのキャラクターではないが、しかし物語の展開に合わせて、随所で「きっと自分はここにいない方がいいんだろうな」みたいに感じているのだろう雰囲気を醸し出す。
そしてそのことは、作中で町の住民がエドワードを割と素直に受け入れているからこそそう感じる。最初からエドワードが拒絶されていたら、「いやいや、端からエドワードを受け入れないって選択肢は酷くないか?」みたいな感覚にもなるわけだけど、本作ではそうじゃなくて、住民は受け入れ態勢抜群で、全然拒絶もされていない。しかしそういう状況でも、結局エドワードは生きづらさは変わらないよね、というところに残酷さがあるなと思う。
そして、「こういうことって、現実世界でも多々あるよねぇ」って思うし、きっと多くの人がそんな風に感じるからこそ、この物語を単なる「おとぎ話」として捉えるんじゃなくて、「現実を抽象化した世界」みたいに受け取れるんじゃないかなという感じがした。
そんなわけで、なかなか面白い映画だったなぁ。しかしホント、脚本の段階でこの作品が面白くなるとどれぐらいの人が思えただろうか? とも思う。実際、ウィキペディアによると、ティム・バートンは当初この脚本をワーナー・ブラザースに持ち込んだのだが、その2ヶ月後に映画上映権を20世紀FOXに売却したと書かれている。まあそうよな、映像になっているから面白く感じられるわけで、脚本だけだったら「何だこの話?」ってなっても全然おかしくない気がする。ホント、映画ってそういうのも面白いところだなって思う。
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