【映画】「わたしの聖なるインド/我が理想の国」感想・レビュー・解説
なかなか面白かった。やはりドキュメンタリー映画は良い。ただ、背景的な説明がほとんどなされないままどんどん状況が進んでいくので、特に最初の内は状況把握がなかなか難しかった。
本作で描かれているのは、インドに住むムスリム(イスラム教徒)の女性たちが主導するような形で、道路を封鎖するデモを敢行し、最初こそ一部の地域で始まった出来事が、国中を動かすような大きな流れへと変わっていったその様を描き出している。
そのきっかけとなったのが、「市民権改正法」と「国民登録簿」である。これらは作中に何度も話題として出てくるが、ちゃんと説明はされないので、色んな場面で出てくる断片的な情報から全体を想像するしかない。ちなみに、公式HPにはどちらも説明が載っているので、これから観る予定の人は先にこの説明だけでも読んでおいた方がいいかもしれない。
さて、インドでは「市民権法」は何度か改正されてきたようだが、本作で描かれるデモのきっかけとなった改正は、インド全体としては恐らく良かったのだと思う。周辺国から入国した宗教的少数派の難民に対して、インド市民権の申請手続きを緩和するというものだったからだ。しかし改正案に記載された「宗教的少数派」の中に、イスラム教だけが書かれていなかった。理由は結局本作を見ても良くわからなかったが、恐らくモディ首相(や彼が所属するインド人民党)がイスラム教を毛嫌いしているということなのだろう。作中では何度も「イスラムフォビア」(「フォビア」は「恐怖症」という意味)と叫ぶ人たちの姿が映し出されていた。たぶんそういう、感情的な判断なのだろう。
これに関しては、「そりゃあムスリムの人も激おこだよね」って感じがする。
さて、もう1つの「国民登録簿」は、「不法移民を選別するために、インド市民であることを証明する登録を行う」という新たな施策である。公式HPには詳しい仕組みが書かれているが、作中ではこの「国民登録簿」について、「祖先の名簿を探さなきゃいけないんでしょ?」という話が何度か出てきた。要するに、「ある時点の名簿に自分の親族が載っていることを確認し、その親族との姻戚関係を証明する書類を提出する」みたいなことのようだ。そして、ムスリムの女性たちが怒っていたのは主にこちらなんじゃないかなと思う。インドでは未だに女性の立場がかなり低いため、「公的な書類」を用意するハードルは、男性以上に女性の方が圧倒的に高いからだ。
この2つの施策を2019年にモディ首相が打ち出し、そしてそれにムスリムの人たちが声を上げたことが本作のきっかけになっているのである。
で、本作の監督はジャミア・ミリア・イスラミア大学(作中では「ジャミア」と呼ばれていた)出身で、そしてムスリムたちの抗議はまさにこのジャミアから始まった。何故なら、このジャミアは、学生の大半がムスリムだからである。学生たちは当初、穏当なデモ活動を行っていたのだが、そこに警察が介入、大学構内にまで入り、監督の印象では「過剰」でしかない暴力で学生を鎮圧した。その振る舞いは酷かったようで、学生の中には片目を失明する者もいたのだそうだ。
ジャミアは、教育機関がイギリスの支配下にあった状況を打破すべく、知性による抵抗を目的に作られた大学なのだそうだ。インド国内でもかなり歴史のある大学だと言っていいだろう。そしてそんな大学に公権力が入り込み、自治など無視して寮生を追い出したり、「計画者」として多くの学生(や活動家)を逮捕したりしたのである。
さて、これだけだったらもしかしたら、「学生の抵抗」ということで話は終わっていたかもしれない。しかし、ジャミアがあるシャヒーン・バーグ地区で、道路を封鎖するという動きが始まった。僕の記憶では確か、最初は活動家の呼びかけで始まったものだったと思うが、次第に母親たちがそれに賛同し道路の封鎖に参加するようになる。
監督は初期の頃、道路に座り込んでいる母親の集団にインタビューしていたが、その中で彼女たちは「(大学で)娘が警察から暴力を受けた母親も多くいる。次は自分の子どもの番なんじゃないかと不安だ」みたいなことを言っていた。ジャミア(とネルー大学かな?)での警察の横暴が、ムスリムの女性たちに火をつけたようだ。
さて、状況はあまり詳しく説明されないので憶測も混じるが、恐らく「市民権改正法」と「国民登録簿」の発表は当初インド全体の問題とは捉えられてはいなかったんじゃないかと思う。だから最初の内は、「市民権改正法」でイスラム教だけ外されたことに怒っている、みたいな捉えられ方だったような気がする。ただ、シャヒーン・バーグでの道路封鎖がメディアで報じられることで、インド国内の国民の関心が高まっていったようだ。そして、インドにいる他の様々なマイノリティたちも「自分たちの問題だ」と認識するようになり、シャヒーン・バーグで座り込みを続けるムスリムの女性たちに賛同するようになっていくのである。
で、これも正直良くわからなかったのだが、インド国内ではどうもムスリムの人たちは差別的な扱いを受けているようだ。ある人がデリー市内で部屋を借りようと考え不動産業者に相談したところ、「予算内の部屋はあるけど、”君には”ないんだ」という言い方をされたという話をしていた。また別の場面では、活動家の男性が、「一番悲しいのは、独立から72年も経っているのに、我々の愛国心が信用されていないことだ」と演説をぶっていた。
しかし、シャヒーン・バーグでの道路封鎖が話題になると、あらゆる少数派集団が支持を表明するようになったのだから面白い。みんな都合がいいな。シャヒーン・バーグにわざわざやってきて、「『私たちはあなたたちの味方です』と伝えるために今日は来ました」とかヒゲモジャのオッサンが言ってたりするのはなかなか滑稽だった。しかも、その道路封鎖のデモの期間中にデリー議会選挙もあったとかで、このデモの知名度や影響力を利用しようと政党が近づいてきたりもしていた。ほんとウザいね。そういう手のひら返しをするなら、普段から受け入れてあげなよ。
さて、個人的に面白いなと感じたのが、この道路封鎖デモがムスリムの女性たちを取り巻く状況を少し変えたという話だ。
(ムスリムに限らないと思うのだが)インドでは女性が夜出歩くのは慣習として良くないとされ、なかなか認められない風潮があったという。しかしシャヒーン・バーグでは、夜を徹して座り込みが行われており、それによってなし崩し的に長年根付いた規律が壊れていったというのだ。それがデモ終了後も継続しているのかはよく分からなかったが、大きな変化を望むための行動が、まずは足元の小さな変化を呼び込んでいたというのはなかなか面白い話だなと思う。
さて、本作は「ムスリム女性たちによる道路封鎖と、それに絡む様々な現状」を捉える一方で、「監督自身の個人的な感覚・変化」についても様々に言及されている点も興味深かった。
彼女もまたムスリムだそうで、さらに、具体的にはイメージ出来ないが、彼女の名前から「ムスリムであること」が明白なのだそうだ(だから、「ムスリムであることを隠す手法」が自分には上手く当てはまらない、みたいなことを言っていた)。
彼女の両親は、そう豊かではないながらも教育にはお金をかけてくれたようで、彼女は良いところの学校に通っていたという。しかしそういう学校には、ムスリムの生徒はあまりいなかった。それで彼女は、「自分の宗教と距離を置く」ようなスタンスを取るようになってしまったのだそうだ。「早くみんなに馴染めるようにしなきゃ」という感覚が強かったのだという。
しかし、道路封鎖デモが起こったことで、彼女自身にも色んな変化が訪れる。まず、「幼馴染からSNSをブロックされたことに気づいた」のだそうだ。24年も仲良くしていたのに、である。理由について監督は、「彼女の母親が与党支持だからだろう」と言っていた。「そんなことで?」と思うような話だが、「24年の仲である幼馴染をブロックせざるを得ないような状況だった」ということなのだろう。
そしてそのことも1つのきっかけだったのだろう、彼女は「自分の宗教と距離を置くことで、私自身が偏見を助長していた」という認識に至ったようである。彼女は「学校で上手く溶け込まなくちゃ」という感覚が強かったが故にムスリムの世界には上手く馴染めなかったのだが、「やはり居場所はほしい」と言っていたし、さらに、シャヒーン・バーグでの道路封鎖デモの空間にいると「自分がムスリムであることに引け目を感じずに済む」とも話していた。名前に刻まれた「ムスリムである」という自身のアイデンティティと、否応なしに向き合わざるを得なくなったというわけだ。そんなわけで彼女は、「自分が与えられる唯一の慰め」であるカメラで人々の様子を撮影し続けたのである。
そんな監督自身の心情も随所に挿入されており、単なる「デモを記録した映像」というだけではない作品に仕上がっているのも良かったと思う。
ちなみに、2019年12月に始まった道路封鎖デモは、年を超えて2020年3月まで続いたのだが、この時世の中はコロナパンデミックの最中であり、インドも都市封鎖が行われ、それに伴ってデモも終了となったそうだ。また「市民権改正法」は2024年に施工が決まったそうで、ネットで調べると、結局イスラム教徒は対象に含まれないままのようである。施工されるまでの間、この「市民権改正法」はあらゆる選挙で争点となったという。
映画の最後に、字幕で様々な情報が示された。「デモの際に警察からの暴力で命を落とした人の一覧」や「逮捕され、未だに釈放されていない人の一覧」なんかが表示された。またデリー警察は、「コロナによるロックダウン中に70名の学生、活動家を尋問、2615名を逮捕、そしてその中の18名を殺人罪などで起訴した」そうである。香港のデモでも公権力の対応は酷かったが、インドもなかなか酷い。まったく酷い現実だなと感じた。
前情報なしで観るとかなり状況把握がハードだが、映し出されているのはなかなか興味深い現実であり、知っておくべき状況だなと思う。
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