見出し画像

【本】竹田真太郎「イカロスレポート」感想・レビュー・解説

私は大学を途中で辞めているので、各教授陣からレポートの指導を受けることもなかったのだけれど、一応理系の端くれでもあるし、本書に倣って、この感想も結論を頭に述べさせていただきたいと思う。


結論から言おう。


この作品、メチャクチャ面白い。


新宿区の大学に通う、化学科の学生・坂崎基樹は、大学に入ってから「サイクリング同好会」に入り、そこでロードバイクに魅せられた。ありとあらゆることに優先してロードバイクにのめり込む日々を送っていた坂崎は、自転車乗りの宿命としてあることを諦めざるを得なかった。


恋愛である。


坂崎は、自転車乗りと恋愛はベクトルが逆で、恐ろしいぐらい相性が悪いと悟る。恋愛をしたければ自転車を諦めるしかないが、しかしそれは出来ない。そんなモヤモヤした感情を抱えたまま、とにかくひたすら自転車に乗る日々を過ごしていた。


そんなある日のこと。


高校時代の悪友から久々に連絡があった。萩山は、電話では具体的な要件は言わず、坂崎の心をくすぐるかのように「モテたくないか?」とだけ囁き、坂崎を交渉のテーブルへとつかせた。そこで坂崎は、予想もしなかった言葉を聞かされることになる。


「人力飛行機を漕がないか?」


「航空機研究会」に所属する萩山は、いわゆる「鳥人間コンテスト」への出場のためのパイロットを探していたのだ。様々な事情から予定していたパイロットがダメになり、ロードバイクで鍛えた実績を見込まれてのスカウトだった。


正直そこまで乗り気なわけではなかった坂崎だったが、航空機研究会に顔見せに行った時にすべてが変わった。


そこには、天使がいたのだ。


天使は、児島さんという名前を持っていた。坂崎にとって児島さんは、もうありとあらゆる点がドストライクという、超絶好みの女性だったのだ。


パイロットになる。


高校時代、ひょんなことから「イカロス坂崎」と呼ばれていた坂崎基樹にとっての、鳥人間コンテストに至るまでの、これは記録である。


というような話です。


繰り返す。もう、メチャクチャいい作品でした!250ページぐらいの、長編小説としてはちょっと短いかなと思わせる分量ではあるんだけど、ポイントポイントで涙腺が緩む。別にあからさまに泣かせようとしてくるような描写ではないんだけど、なんだか、じんわり広がってくるものがある。ストーリーは単純。鳥人間コンテストを目指す、っていうだけのことなんだけど、そこに坂崎だけではない様々な人間のドラマを盛り込んでいる。そして、そのひとつひとつがとてもいい。

正直、新人の作品だしなと、読む前にそれほど期待していなかったという部分も、読後の僕の高評価に繋がっている、という部分ももしかしたらあるかもしれない。僕のこの絶賛の文章を読んでから、ハードルがちょっと上がった状態で読む場合には、またちょっと受け取り方が変わるのかもしれない。それでも僕は、本書の素晴らしさを全力で書きますぜ。


理系の人間らしく、またロードマップらしいきものを先に提示しておこう。僕はこれから本書について、「理系的な視点」と「僕自身の大学時代」について大いに語ろうと思っている。


しかし、誤解を招く恐れがあると判断して、先に書いておく。


本書は、「理系的な視点」が僕に合っていて、さらに描かれている状況が「僕自身の大学時代」と被る「から」面白い、のではない。そうではない。本書はともかく、まず青春小説として素晴らしい出来になっていると思う。

理系的な理屈っぽさは時々顔を出すけど、理系の人間じゃないと楽しめない作品なんてことはまったくないし、本書で描かれる大学時代と自分の大学時代が僕ほどに重ならなくても、本書のように何かに打ち込んだり失敗したり恥をかいたりという経験は誰しもがしているだろう。そういう誰もが共感できるような青春らしさに溢れているし、何よりも、登場人物がみんなカッコイイ全員が全員、初めからカッコイイわけじゃないし、最初カッコ良かったはずの人が途中一旦かっこ悪くなったりもするんだけど、でも、最終的にはみんなカッコイイ。

しかも、漫画的な、ちょっとそれ超絶的すぎね?みたいな、自分では追いつけないようなかっこよさではなくて、自分でもちょっと意識を変えたらこんなカッコイイ人になれるかも、と思わせるような、手の届くかっこよさだと思うのだ。それがまたいい。超絶的なカッコよさは、思い切り飛躍させてやれば描けるかもしれない。でも本書のような、日常の連続の中で生み出されるようなさりげないカッコよさは、なかなかスマートに描けるものじゃないと思う。


そんなわけで、ちょっと何を言っているのかを見失わない内にもう一回言っておくと、そんなわけで本書は、決して「理系だから」「僕の大学時代と重なるから」面白い、というわけではない。純粋に青春小説として面白くて、さらにそこに積みあげるようにして「理系」「僕自身の大学時代」という要素が加わってさらに僕にとってはグッと来る物語になっている、ということだ。


もう少し先に、「理系」「僕の大学時代」以外のことを書こう。


先ほどの続きになるが、本書の登場人物は本当に皆カッコイイ。坂崎を航空機研究会に引き込んだ萩山、航空機研究会のOBであるハジメさん、ハジメさんの奥さん、坂崎が一目惚れした児島さん、とある理由から共闘することになる篠崎。みんなそれぞれに個性が違って、それぞれの個性の中でカッコよさを体現していく。特に女性の描かれ方が印象的な気がする。篠崎の手際の良さや時には自分をかなぐり捨てることが出来るところ、児島さんがラスト坂崎に叩きこむ、坂崎をしゃんとさせるために放った言葉(これは痺れた)、そしてハジメさんの奥さんのダメな夫への包容力と操縦力。ハジメさんの奥さんの「よく分かってる感じ」は、惚れるわぁって感じしますね。ハジメさんはホントに、この奥さんと結婚して良かった。


しかし、本書の中で誰よりもカッコイイのは、緒方教授だと思う。


正直、オイシイ場面は全部緒方教授がごっそり持っていってる。ちょっとズルすぎるだろ、これは(笑)。


僕自身はまだ、そもそも「大人」にさえなれていない、という自覚があるんだけど、もしちゃんと「大人」になれるのであれば、緒方教授のような大人になりたい。すべてを見透かしているかのような理解力、羽の折れた鳥を庇うような包容力、豊富な知識、自らの恥をさらすことが出来る勇気、先を見越すことが出来る想像力。どれをとっても完璧過ぎる。


緒方教授は、坂崎を車に同乗させながら、「ロードバイクと人力飛行機は全く違うぞ」という。当然、坂崎にも読者にも、その意味はわからない。


しかし、まさにこの問いこそが、本書の重大なテーマであり、「僕自身の大学時代」とも重ね合わせた部分だ。緒方教授と坂崎の関係は、この「ロードバイクと人力飛行機は全く違うぞ」という部分に大半が割かれている。坂崎は己の身を持って、どんな違いをそこに見出すのか。この問いが、現実のものとなって坂崎に突きつけられた時から、物語は急転する。ただ空を飛ぶコンテストに出場する、というだけの物語が、こんなに波瀾万丈になるとは。これは、「主人公がロードバイク乗り」「物語全体が鳥人間コンテスト」という、モチーフのセレクトも見事だったと思います。


さて、本書は、坂崎基樹が実際に書いたレポート、という体裁を取っているのだけど、僕がそうしたように(というか、本書の真似をしただけなんだけど)、本書(というレポート)にも、冒頭に結論が書かれている。それをここに書こう。

『男は皆、イカロスである』

意味が分からないだろう。「イカロス坂崎」という渾名の由来をここで説明してないんだからわかるはずがない。でも、読めば、なるほど確かに、本書はその一点について全力で書き記したレポートだな、と実感することでしょう。


で、ここからが本題である(前置きが長い 笑)


本書は僕にとって、「理系っぽい」「僕自身の大学時代を彷彿とさせる」という二点が加わって、さらに印象深い作品になっている。というわけでまず、理系的な部分から書いてみよう。


「理系っぽい」と言っても、理系的な難しい学問の話が出てくるわけではない。ごくたまーに、エンジンがなんちゃら動力機構がうんちゃら、という話が出てくるけど、わからなかったとしても物語を理解する上では支障はない。ではどんな部分が理系的なのか。


とにかく、理屈っぽいのだ。


そして僕は、そういう思考や会話が好きだ。


どこがどう、ということを説明するのはどうも難しいのだけど、理系ってこういう発想するうよなぁ、とか、理系ってこういう喋り方するよなぁ、という部分が、なんか凄く分かるのだ。自分の内側に何かモヤモヤしたものがあった時、どうにかそれに理屈をつけて納得しないと気持ち悪いとか、目の前の情況を理詰めで捉えて結論を出すとか(ただし、考えたからと言ってそこから行動に直結させないので、外側から見ているだけだと普通に見えるだろう)、合理的に判断を下すとか(そして、時々合理的な判断を下せない自分を見出して不思議に思ったりとか)、というような部分が、なんか凄く分かる。


また、緒方教授の博識に触れた坂崎が、「なぜ理系の人間は、無駄な知識を無駄に多く持っているのだろうか」と述懐する場面がある。実は僕もそうで、どうでもいい、人生には役に立たない知識はそこそこ持っていると思う。自分のそういう部分を「理系」と結びつけて考えたことは今までなかったんだけど、そうか、これも理系だからなのか、と感じた。

本書を読んでいると、なんとなく、理系の人間ってそもそもオタクなんだろうな、という気がしてくる。「高校時代も、映写機に使われるジェネバ機構とやらの素晴らしさについて延々と語り倒していた気がする。私は理系ではあるがもっぱら興味の対象は化学だったので、話をされても今一つピンと来なかった。私がフラーレンの分子構造の美しさに言葉を尽くした時に、萩山が全く理解できていなかったように」なんていう文章がある。好きなことにのめりこむついでに、その周辺の情報も片っ端から頭に入れてしまうのだろう。坂崎が初めて空を飛んだ時の感覚には、笑ってしまったし、なるほど理系の人間らしい感想だなとも感じた。


「理系男子」という言葉には、どうも一定のイメージがつきまとうと思う。主に、マイナスの方向のイメージが。確かに坂崎にも、そういう面はないではないが、「理系男子」という世間のイメージをそっくり体現させるようなキャラクターではないと僕は感じる。しかし、外側から見て分かるわけではない部分で、坂崎はとても理系っぽいと感じる。なんだかそういう部分に、共感してしまうんだろうなぁ、と思う。


さてもう一つ。「僕自身の大学時代」の話を書こう。


僕は大学時代、演劇をやっていたことがある。


演劇サークルだったわけではない。演劇サークルだったら、入らなかっただろう。入ったサークルが、演劇「も」やっていたのだ。しかも、相当な規模で。


これは、本書の状況にちょっと似ている。児島さんが、何故「航空機研究会」に入ったのかという動機を語る中で、「誰だってみんな、パイロットに憧れて入ってくる」というようなことを言っていた。つまり、翼や風防を作りたくて「航空機研究会」に入る人間などほとんどいない、ということだ。


僕自身も、やり始めるまで、演劇のことなんか何も知らなかった。僕は小道具を作るところにいたんだけど、やっていく内にモノを作るのがすげぇ面白くなっていって、色々大変だったけどなかなかいい経験をしたなと思う。
そう、とても大変だったことがあったのだ。


僕が大学三年の時(というか、この時はもう大学に行ってなかったから、なんと呼んだらいいのか分からない時期だけど)、僕らの代は今年で最後、運営の中心は三年生、という時だった。三年の中でも、さらにメインで運営を進めていくメンバーが、残りのメンバーから吊るしあげられたことがある。もの凄い勢いで。


この出来事は僕の中で、この状況を僕がどうにか収めた、という記憶として残っている。そういう物々しい場で発言できるタイプの人間は、ことごとくメインの人間を追及する側に回っていて、どう考えても僕ぐらいしかその場を収められる人間がいなかった。僕も別にそういう場で発現するタイプではないんだけど、僕自身は特に賛成も反対もないようなフラフラしてる人間だし、まあ役割を果たそうかなという感じで色々言ってみたらなんかうまく言った、という程度の話なんだけど。


あの時、僕は大した意見も覚悟もなく、まあみんながそっちなら僕はこっち、ぐらいの軽い気持ちで自分の立ち位置を決めただけなんだけど、本書を読み終わった今こんな風に思う。


プロジェクトを運営するって大変なんだな、と。


いや、すげー当たり前だっていうことは分かるんだけど、僕は正直、実感としてそういう感覚を持てていたわけではない。三年間、なかなかの規模の演劇に関わっていたけど、それを動かしている人間のことは想像しなかった。「大変だろうなぁ」ぐらいの、他人事程度の距離感でしか考えたことがなかったな、と。


萩山の描かれ方を見て、そうか、そうだよな、と感じる部分がたくさんあった。この「そうか、そうだよな」の中身はあんまり書かないけど、「大変だろうなぁ」という漠然とした想像が、十数年経ってようやく像を結んだみたいな感覚を覚えました。


そしてもう一つ。


演者のことをキャストと呼んでいたのだけど、坂崎がパイロットになるために乗り越えなければならなかったものを、キャスト達も乗り越えなくてはならなかったんだな、と感じて、キャスト達の大変さも、十数年経ってようやく実感できた気がします。


僕らがやっていたのは英語の演劇だったので、僕は単純に、「英語のセリフを覚えるのって大変そうやねぇ」ぐらいのことしか、正直考えたことがなかったです。ここでも、「大変だよなぁ」という、あまり自分に引き寄せて考えてみない、無責任な立ち位置にいたと思います。


でも、本書を読んで、坂崎が置かれている状況を理解して、ようやく僕は、キャストの大変さを理解することが出来たような気がします。


実は、さっき書いたメインの運営が吊るしあげられた件の底流には、坂崎が直面したものと同じような問題が横たわっていたのだと思う。坂崎は、ある瞬間、全力で逃げ出す。その行為は、周囲の人間を困惑させる。理由が分からないからだ。しかし、緒方教授は、坂崎のことをきちんと理解している。緒方教授が、坂崎が逃げ出した理由を説明してくれる。


そして、その描写を読んで僕は、そりゃそうだ、と思ったのだ。そりゃあ逃げるわな、と。っていうか、今までよく逃げないで頑張ってこれたな、と。凄い、と思った。逃げた人間が「ダメ」なんじゃない、とようやく理解できた。そうではなくて、「逃げなかった人間が凄い」のだ。正直、そんな風に考えたことはなかった。僕もどこかできっと、「逃げるなんて」と思っていたと思う。でも、本書を読んで、その印象は一変した。そうか。そうだよな。いや、あの当時、このことに気づいていたって、別に何が出来たわけでもないだろう。まあだからこそ、今更だけれども、理解できて良かった。「逃げなかったこと」が凄まじく凄いことだ、と。


坂崎に緒方教授がいたように、あの当時、緒方教授のような誰かはいただろうか?僕には、全然分からない。寄り添ってくれる人はいたかもしれないけど、緒方教授のような人はいなかったんじゃないか、と思う。坂崎は、緒方教授がいたからこそ、パイロットとして飛ぶことが出来た。それは、坂崎にとっても、とても大きな経験だっただろう。


そんな風に、僕は僕自身の大学時代のことを思い返していた。なんというか、やっていることは演劇と鳥人間コンテストと全然違うんだけど、そこで描かれていることが自分の経験ととても重なるような感じがして、色々揺さぶられるものがあった。そういう意味でも本書は、とても印象深い作品だと感じました。


本当は、作中の文章を色々抜き出して、こんなにカッコイイんだ!みたいなことを見せたかったけど、うまく組み込めなかったなぁ。緒方教授のセリフは大体どれもズルいぐらいカッコイイとして、他にも色んな場面でグッと来るセリフがたくさんある。学生らしい熱さと、大人の優しさに溢れ、空を飛ぶという、考えようによってはただそれだけでしかないような目標に向かって全力を尽くす彼らの、心が洗われるような清々しさとドギマギとした恋模様が描かれる作品です。僕自身の思い入れ差っ引いても、素晴らしい作品だと思います。是非読んでみてください。


いいなと思ったら応援しよう!

長江貴士 サポートいただけると励みになります!