【映画】「ジョジョ・ラビット」感想・レビュー・解説
僕が何かを信じたりしたくないのは、信じたものが「間違っていた」という状況に直面したくないからだと思う。だから、人間も宗教も信じない。
ただ、もっと怖いのは、間違っていることが分かった後で、その間違いを受け入れられないでいることだ。
有名な研究がある。
南米の方だったと思うが、ある時、ごく普通の主婦が、「◯月◯日に世界は滅びる」と言い出した。理由は分からないが、その主婦の主張はその周辺で広く受け入れられ、短期間の内に新興宗教のような感じになっていったという。
その状況を知ったある心理学者は、これはチャンスとばかりにその新興宗教に入信したフリをして、信者を観察することにした。彼の目的は唯一つ。自分たちが信じていたことが「間違っていた」と分かった時、人はどう反応するか、だ。
さて、その主婦が予言したその日がやってきて、当然、世界は滅亡することなくその日は無事に終わった。さてこの結果を受けて、彼ら信者はどう反応したか?
実は、信仰心がさらに増した、というのだ。どういうことか。彼ら信者は、「自分たちの祈りが通じたから滅亡が回避されたのだ。だから、自分たちが信じていることは正しいんだ」と解釈し、以前よりも熱心に教えを信じるようになったという。
この話を、どう感じるだろうか?
僕は、怖いな、と思う。もちろん、正確な意味で、彼らの信じていたことが「間違っていた」と判明したわけではない。彼らが言うように、本当は滅亡するはずだったが、何らかの理由で回避された、という可能性も確かにゼロではない。しかし、普通に考えれば、その可能性はほぼゼロに近いだろう。
しかしそれでも、「間違っていた」ということが受け入れられない。いや、彼ら信者にとっては、「間違っていたということを受け入れるか否か」という状況にさえ直面していない。彼らは、彼らなりの理屈で、「自分たちは正しいことを信じているのだ」という結論に至っているのだ。
それは、怖い。自分も、そういう状態に陥ってしまっていないだろうかと、怖くなる。
ほぼ明らかに間違っていることでも、信じることから逃れることができない。人間には、そういう側面がある。そういうことを知っている僕は、だからこそ余計に、信じることが怖い。
だから思う。この少年は、勇気があると。
内容に入ろうと思います。
ジョジョ・ベッツラー、10歳。彼は、筋金入りの”ナチス信者”だ。彼には、”空想のヒトラー”がいつも傍にいる。これから、青少年集団「ヒトラーユーゲント」の特別週末キャンプがあるが、ひ弱なジョジョは不安で仕方ない。そんな時、空想のヒトラーが、彼を励ましてくれる。そうやって彼は、自分の中では一人前のナチス党員のつもりでいる。
しかし、現実は厳しい。キャンプでウサギを殺すように命じられたジョジョは、それが出来ず、<ジョジョ・ラビット>という不名誉なあだ名をつけられてしまう。そのせいでむしゃくしゃしていたこともあって、彼はキャンプ中に負傷、離脱することになった。
母親と二人で暮らすジョジョは、ある日屋根裏から物音を聞く。母親はいない。彼は勇気を振り絞って上へと上がり、なんとなく怪しく思えた壁の仕切りを開けてみると、そこにユダヤ人の少女が隠れていた。
ナチス党員のジョジョとしては、一大事だ。早く通報しなければと思うが、エルサと名乗ったその少女に、「通報したら、母親もあなたも協力者として死刑になる」と脅され、様子を見ることにする。
空想のヒトラーとも何度も話し合ったし、エルサとも”交渉”を試みた。しかし、どうしていいのか分からない。母親には、エルサと知り合いになったとは伝えていない。そんな母親は、ジョジョと違って、もうすぐ戦争は終わる、ドイツは負ける、などと言う。ジョジョは、自分ひとりで、どう行動すべきかを考えなければならず…。
というような話です。
面白かったなぁ。正直、観るつもりのない映画でした。予告を観た時点で、なんとなく違うかな、と思って。でもそれから、2人から直接「ジョジョラビット良かった」という話を聞くことになったので、観てみるか、という感じでした。
観る前にどんな予想をしていたのか、明確に言葉に出来るわけじゃないんだけど、でも、思っていたのとは全然違う映画でした。面白いのは、ヒトラーとかユダヤ人とか、明らかに戦争がモチーフになってる映画なのに、あまり戦争感がない、ということ。確かに、劇中で銃撃戦とか爆撃がほとんどない、ということもあるのだけど、そうだとしても、戦争映画の場合、普通の生活をする市民の間でのうんざりするやり取りとか、物資などの困窮による苦しい状況が描かれたりすることで、戦争感が出るものです。
でもこの映画は、まさに戦争真っ只中を舞台にしているのに、そういう、よくイメージされるような戦争感がない。
それなのに、戦争というものを強く意識させる。
その理由が、自称ナチス党員のジョジョと、気高きユダヤ人女性のエルサのやり取りだ。まさにこのやり取りに、よくある戦争感とはまったく違う、「今まさに戦争中なのだ」という雰囲気が現れている。
この映画の冒頭は、ビートルズの曲を背景に、当時のヒトラーの人気を象徴するような古い資料映像が流れる、というものだ。正しい解釈か分からないけど、これは、当時ヒトラーが後のビートルズ並の人気を誇っていた、という暗示なんだろう、と思う。当時の雰囲気というのはまさにそういう感じであって、ジョジョも、人気アイドルを追っかけるかの如く、ヒトラーに心酔している。
その異様さは、現代に生きる僕らには明らかだが、当時の少年にそれを悟れというのは困難だろう。ジョジョは、現代の視点からすれば明らかに間違っていることを、正しいと思い込んで生きている。まさにそういうジョジョの存在が、戦争中であるということを如実に伝える。
そんなジョジョの考えを表に出すための手法として、空想のヒトラーと、ユダヤ人のエルサが登場するわけだが、やはりエルサとのやり取りの方が圧倒的に魅力的だ。
当時のドイツ人たちは、ユダヤ人に対して非常に偏った情報を教わる。ツノが生えているだの、下等な生き物だとかそういうことだ。ジョジョも、もちろんそれを信じ込んでいて、ユダヤ人というのはアーリア人にとって恐ろしい敵だ、と思っている。
そういう中での、エルサとの邂逅だ。ジョジョにとっては、なかなかの試練である。
エルサは、非常に聡明で勇敢だ。厳しい環境の中でそうならざるを得なかった、ということもあるかもしれないが、ジョジョとやり取りをするという、なかなかリスキーな状況の中で、ジョジョに対して下手に出るでも懐柔するでもなく、むしろ挑発していくような関係性を築こうとする。
ジョジョのイメージに合わせて、ユダヤ人をより怖い存在に思わせるためのエピソードを創作したり、ジョジョの持つナイフを取り上げたりと、勇猛果敢だ。そして、自分のことを人間扱いしないジョジョに対して、臆することなく関わっていく。
ホロコースト渦巻く当時のドイツで、ユダヤ人が生き延びることには恐ろしい困難があっただろうし、そこには辛いこともたくさんあるはずだ。映画の中で、そういう苦労に関してはそこまで触れられないが、しかし彼女から、そういう苦労を全部背負ってここにいる、というような雰囲気が凄く滲み出ている感じがした。良かったなぁ、あの女優さん。
エルサは、自分を苦しめるドイツという国やヒトラーを崇拝しているジョジョに対して、もちろん思うことは多々あっただろうと思う。しかし、勝手な推測だが、ジョジョに罪はないということももちろん分かっていたはずだ。複雑な心情の中、それでも、目の前で自分とやり取りを続けようとしている少年を、「ドイツ人」や「ナチス党員」ではなく「一人の少年」として扱おうとしている姿が、素晴らしいと思う。
銃撃も爆撃も、物資の困窮も抑圧もさほどない。戦争中であるということをあまり感じさせないポップな描写で物語が展開していく中、ジョジョとエルサのやり取りこそが、戦争を強く感じさせる。彼らの邂逅は、ボーイ・ミーツ・ガールでありながら、一方で、作品における戦争の象徴でもある。戦争がなければ、そもそも出会わなかったかもしれない二人だし、出会っていたとしても対立する必要の無かった二人だ。彼らが、出会った瞬間から対立せざるを得なかった、という事実が、まさに戦争そのものを感じさせる。
非常にシンプルに言えば、彼らの関係性がどう変わるか、ということが、この映画のメインだ。様々な出来事をきっかけに、二人のやり取りは少しずつ変わっていく。あっと驚くような展開が、予感を抱かせないまま突然立ち上がったりして、「そんな展開になるのか!」と思うようなことも多々あって飽きさせない。
最後にジョジョがしたある選択と、なんとも美しいラストシーンは、印象的でした。
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