【映画】「ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女」感想・レビュー・解説

実に重苦しい物語だった。

個人的には、ステラが良いか悪いかという話しにはさほど興味がない。ステラは被害者でもあり、加害者でもあり、そして何よりも、時代が違えば被害者にも加害者にもならずに済んだ。それだけの話である。

僕が気になるのは1点のみ。「同胞を裏切ってまで手にした人生は、辛くなかったのか?」である。そしてこの点に関しては、作中で「そうだよなぁ」という描かれ方になっている。それも別に、良いとか悪いとかではないのだが、「そうだよなぁ」と思う。

ステラが置かれた状況を超簡単に要約すると、「ユダヤ人としてゲシュタポに捕まり、アウシュビッツ送りを避けるためにユダヤ人同胞の居場所を密告して生き延びた」である。映画の最後に、「ステラは数百人を密告し、収容所送りにした」と表示された。数百人というのは、かなりの数だ。いや、別に数の問題ではない。1人だって密告したら、罪の意識に苛まれるだろう。いやもしかしたら、「1人殺せば犯罪者だが、100万人殺せば英雄だ」的な感じで、密告の数が多くなればなるほど罪の意識も薄れたりする、かもしれない。

戦後、彼女は訴えられ、法廷で裁きを受けている。ステラの密告を受けて捕まったものの、どうにか生き延びて終戦を迎えたものが、「ステラの密告によって被害を受けた」と訴えたのである。そんなわけで、彼女が密告した数百人全員が命を落としたわけではない。しかし恐らくだが、生き残れた者はごくわずかだっただろう。そのほとんどが、ステラの密告により収容所で命を落としたはずだ。

そんな「過去」を抱えたまま生きる人生はどうだっただろうかと思う。

本作では、終戦後の描写は多くなく、物語全体の中の10分の1ぐらいではないだろうか。個人的には「ステラは戦後どう生きたのか?」の方に興味があったが、しかしその点に興味を抱かせるには、戦時中にステラが何をしていたのかを詳しく描かなければならないわけで、2時間程度の作品に収めるとしたら、こういう構成になって然るべきだろう。

まあそんなわけで、「終戦後のステラの人生」については、想像するしかない。

自分だったらどうだろうなぁ、と思う。生き延びるためだったとはいえ、多くの同胞を、しかも個人的な関わりがあった者たちを密告し、その命を奪っていくのだ。とてもじゃないが、やってられないだろう。

しかし、正直なところ僕は、あまり「生きる気力」みたいなものがないので、ステラと比較するのは適切ではないかもしれない。

ステラは、密告を始めるようになったのが21歳頃、そしてそれまでは、ジャズシンガーとして活躍していた。バンドメンバーを率いており、あるショーにやってきたブロードウェイの男から、「アメリカに来たら連絡して」と言われたこともあるほど高く評価されていた。バンドメンバーはほとんど(あるいは全員?)がユダヤ人であり、当時の状況ではアメリカ行きは現実的ではなかったが(ある場面で母親が、「アメリカ大使館では5万人がビザを待っている」と話していた)、「戦争が終わりさえすれば」と思っていたはずだし、そういう希望を胸に「どうにか生き延びてやる」と思っていたはずだ。

「そういう人間だと仮定したら?」みたいな想像はなかなか僕には難しいので、これ以上ステラの内心を慮るのは難しいが、とはいえステラは、バンドメンバーさえも密告していたわけだから、矛盾していると言えば言える。まあステラはシンガーだったから、「最悪自分だけアメリカに行ければ」みたいに思っていた可能性もなくはないが。

終戦後の彼女の生活はほぼ描かれないのでよく分からないが、「10年間ソ連の収容所で抑留されていた」ようだし、さらに裁判を起こされ評判が悪くなったこともあり、恐らくジャズシンガーとして活動することは難しかっただろうと思う。どんな生活だったのかは分からないが、良い人生ではなかっただろう。

では仮に、終戦後にジャズシンガーとして活躍できて、裁判も起こされず、戦時中のことについては、本人が忘れてさえいれば意識せずに済むような状況だったとして、その場合はどんな風に感じていただろうか?

これについては考える余地はほとんどないが、ただ、全編を通じてステラは「強い女」に見えるような描かれ方になっているので、もしかしたら、「自分さえ忘れていれば戦時中の記憶を意識させられることがない」という状況にいたら、人生を謳歌できたんじゃないか、という気もする。

果たして、それで良いのかはなんとも言えないのだが。ある場面である人物がステラに、「悔いてくれ!」と言い放つ場面があり、「確かにそう感じてしまうよな」と思う。僕も、同じ立場だったら、口に出して言うかどうかはともかく、同じように感じてしまうだろう。

本当に難しい。そして忘れてならないのは、「すべてはナチスドイツが悪い」ということだ。ステラが良いか悪いかの話の前に、とにかく何もかもナチスドイツが悪いわけで、「ステラは被害者なのか?加害者なのか?」みたいな問いに留まっているのは、ナチスドイツにとっては思う壺みたいなところがあるだろう。

映画の最後に、収容所を生き延びたユダヤ人の言葉が2つ紹介されていた。1つは、

【君たちに過去の悲劇の責任はないが、同じことを起こさせない責任はある】

みたいな感じだった。恐らく、戦争から大分時間が経ち、当時の関係者がほとんど鬼籍に入っている中で、戦争を知らない世代に向けて言った言葉なのだろう。

そしてもう1つは、実にシンプルだった。

【人間であれ】

その通りだな、と思う。この言葉を踏まえると、結局ステラの目の前にあった選択肢は、「人間として死ぬ」か「怪物となって生き延びるか」というものだったのだと思う。ステラは、怪物を選んだ。生き延びるためには怪物にならざるを得なかったのだから、その選択を責めることは難しい。だけど僕は、同じ状況に置かれた時にどう判断するか、それは今は分からないが、それでも「最後まで人間のままでありたい」と思う。そう思う人間でありたいと思う。

さて、ここまで書いてきた情報だけだと、「ステラがゲシュタポに捕まったのは運が悪かったからだ」みたいに感じるかもしれないが、実はそうではない。彼女は、バンドメンバーを通じて知り合ったロルフという男と組んで偽造パスポートの製造・販売に関わっていたのだ。ドイツ人将校をたぶらかして身分証に使う用紙を手に入れ、それを仲間にも高値で売る。ステラはロルフに惹かれ付き合っていたこともあり、ロルフに言われるがまま動いていたわけだが、何にせよ、偽造パスポートの販売でお金もあるし、何よりもユダヤ人には見えないその風貌を活かしつつ街中を自由に歩いていたのだ。

つまりステラは、「ナチスドイツに追い詰められている可愛そうなユダヤ人」としてゲシュタポに捕まったのではなく、「恋人と偽造パスポートの製造・販売に加担しており、あくどい商売をしていたユダヤ人」として拘束されたのだ。

そうなってくるとまた、印象が変わってくるだろう。本作では、中盤ちょっと過ぎぐらいから「ステラによる密告」が始まるのだが、それより前は「ジャズシンガーを目指していたステラが、いかにして偽造パスポート製造・販売に関わるようになったのか」を描き出すという構成になっている。全体の半分以上が「密告者になる前の人生」を描き出すのに使われているというわけだ。

もちろん、「偽造パスポートを作って同胞を逃がす手伝いをしている」というのは、ユダヤ人目線で見れば良いことだと思うが、しかしステラは、そういう特権的な立ち位置を利用して日々を謳歌しているように描かれる。「ナチスドイツの影響下でユダヤ人は大変な思いをした」と思っている現代目線では、「まあそれぐらい良いだろう」と考えてしまいがちだが、当然、ステラのその行動は、同じ生活圏にいるユダヤ人には良い印象を与えなかっただろう。そのことは、ステラの両親の反応からも想像できると思う。

「たられば」の話をいくらしても仕方ないのだが、仮にステラが「善意全開で偽造パスポートの製造に関わっていて、ほぼ実費ぐらいでユダヤ人同胞を助けていた」のだったら、その後密告者に転じたとしても、ユダヤ人社会からの批判は苛烈にはならなかった、かもしれない。そして、ステラ自身の気持ち的にも、「多くの人を裏切ったが、多くの人を救いもした」と、ある程度自分を正当化出来たかもしれない。

この辺りもまた、実に難しいポイントだと思うし、それはそのまま「ステラという人物の複雑さ」とも言えるだろうと思う。

さて、内容はこの辺りにして、最後に映像について少し。本作は、普段映画を観ていてあまり感じないのだが、「急なズーム」や「隠し撮りみたいな撮り方」がかなり多く、全体としてはもちろんフィクションなのだが、ところどころドキュメンタリー的に映し出されるシーンもあった。特に、「素人がホームビデオでやっているみたいなズーム」は、商業映画であまり見かけることがなくて、ちょっと新鮮だった。個人的には、良い演出だと思う。

しかし、ナチスドイツやホロコーストに関する映画はいくらでも出てくる。歴史上最悪と言ってもいいだろう所業だし、どのような角度からでもその恐ろしさが実感させられてしまう。日本も過去に色んなことをしていたわけだが、それにしてもドイツはとんでもない歴史を背負っているものだなと思う。同じ人間の所業とは、やはり今でも信じられない。

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