【映画】「世界で一番美しい少年」感想・レビュー・解説
やはり「幸せ」について考えることは難しい。
世界的映画監督に見いだされ、『ベニスに死す』の主演に大抜擢、「世界で一番美しい少年」ともてはやされ、憧れの存在となったビョルン・アンドレセンの生涯は、なかなか悲惨だ。「有名になれば幸せになれる」というのは、あまりにも解像度の低い考え方であり、ビョルンにしても決してそれを望んでいたわけではないのだが、それにしても、ここまで上手くいかないものなのかと考えさせられる。
僕は割と、「美人は大変だな」と思っている。理由を話すと長くなるのでここでは具体的には触れないが、「美人は大変」について考える時いつも、「『与えられたもの』と『望むもの』が一致するとは限らない」ということについて考える。
背が高いからと言って、バスケやバレーの選手にならなければいけないわけではない。家でゲームをするのが趣味な人生だっていいはずだ。しかしこのような場合、「どうして生まれもったものを活かそうとしないのか」という批判が生まれることがある。
ビョルンは、美しく生まれてしまった。しかし彼は、別に有名になりたいと思っていたわけではない。内気な少年であり、世界的スターになって以降も、周囲の狂乱に対して冷めていた。有名になりたかったのか彼の祖母であり、ビョルンの娘は、「時間を遡って、父の祖母に文句を言ってやりたい」と話していた。
既に世界的に高く評価されていた映画監督ルキノ・ヴィスコンティは、トーマス・マン原作の『ベニスに死す』を映画化するにあたって、世界中を回って「美少年」を探していた。数年間、ハンガリー、ポーランド、ロシアなど様々な国をまわるが、ピンと来る少年は見つからなかった。
ストックホルムでオーディションをしている時、その少年は現れた。『ベニスに死す』にキャスティング・ディレクターを務めていた人物は、その少年が現れた時の監督の様子をこんな風に語っていた。
『ヴィスコンティの全身が一瞬で生き返った』
ヴィスコンティはゲイであることを公表しており、自身の衝動がうずくような体験だったのだろうと思う。
それが、ビョルン・アンドレセンだ。
そのオーディションの様子を映したビデオテープが残っている。ビョルンの娘はこの映像を見て、「父が可愛そうだ」と語っていた。自ら望んでそこにいるわけでもないのに、突然上半身裸になれと命じられ、カメラに向かって笑うように指示される。
そんな風にしてビョルンは、世界的映画監督のお眼鏡に適った。『ベニスに死す』の撮影が行われ、1971年にロンドンでプレミア上映が行われる。
そしてそこで、この映画のタイトルである「世界で一番美しい少年」という表現をヴィスコンティが使い、この言葉は、ビョルンに一生付きまとうことになる。
この映画は、現在のビョルンのありのままの生活や、日本に滞在し関わりのある人と会う場面に、過去の映像が挿入される形で展開されていく。そして、ヒゲモジャの、「美少年」というイメージから大きくかけ離れたビョルンは、プレミア上映以後の狂乱について様々な言い回しで語っていた。
『真の狂乱が始まった』
『自己肯定感を高めることはよくないことだ。
自分が本当に好かれているのを確かめることなどできないのだから』
『こんなのあり得ないと思った』
『孤独だった』
『心の闇は消えなかった』
有名になりチヤホヤされることに喜びを覚える人ももちろんいるだろうが、少なくともこの映画を観ている限りにおいて、ビョルンがそんな感覚を抱いたことは一度も無さそうだった。
『どこか別の場所で、別の人間になりたかった』
とも語っていた。
ビョルンの現在の生活については、彼が「借家人協会」なる場所へと電話をしている場面から始まる。どうやら彼は、立ち退きを強いられているようなのだ。
その理由がなかなか凄い。電話の場面の後、ビョルンの恋人だという女性(20~30代に見える)がやってきて、「部屋の掃除」を始める。「布団を持ち上げたらボロボロになって崩れた」「その布団の下には、恐らく何かの糞らしきものが大量に堆積していた」など、なかなか想像を絶するゴミ部屋であるようだ。
さらに、理由はよく分からないが、部屋にいない時もガスコンロが点けっぱなしだそうだ。昔からそういう習慣だ、みたいなことを話していたけど、シンプルに危ない。
しかし、彼女との10日間に渡る掃除と大家さんとの交渉により、どうやら住み続けられることはきまったようだ。
というように、彼の生活はなかなかに大変だ。どのように収入を得ていて、どんな生活をしているのかなど、あまり具体的には映し出されなかったが、「世界で一番美しい少年」ともてはやされていた時代の対比としては明確なくらいに悲惨な状況ではある。
しかし、彼が現状に不満足を感じているのかは、よく分からなかった。彼の口から出るのは、過去の狂乱の時代への違和感ばかりだったからだ。もしかしたら、注目を浴びるキラキラした世界にいた時より、ボロボロの布団の部屋で生活している現状の方がマシだと考えているかもしれない。
冒頭からしばらくは、ビョルンの綺羅びやかな過去と、くすんでいるような現在がメインで描かれるので分からなかったが、彼は「世界で一番美しい少年」という重荷以外にも、かなりのものを背負っているようだ。
そもそも母親はシングルマザーだったようで、未だに父親が誰なのか知らないという(しかし、ビョルンを預かったのは「父方の祖母」って言ってた気がする。父親は知らないのに、父方の祖母は知ってるなんてことがあり得るだろうか?)。
そしてその母親はある日突然失踪、その後に森で遺体となって発見されたという。これだけでも相当ハードだ。
不幸はまだ続く。結婚して子供をもうけるが、息子の1人が乳幼児突発死症候群で亡くなってしまう。彼はその死を自分のせいだと受け止めうつ病を発症、アルコールにも溺れ、家庭は崩壊してしまう。
恐らくうつ病の余韻みたいなものが今も続いているのだろう。まともな生活を送るのに苦労しているように感じられた。恋人と電話で喧嘩になった場面では、どうしたらいいか分からないという様子で、
『どうすれば解決できる?』
と、力なく呟く場面があり、非常に印象的だった。
この映画には、日本のシーンが結構登場する。祖母の命令もあり、異国の地・日本へやってくることになった彼は、歓待を受ける。もちろんその狂乱にも彼は違和感を覚えるのだが、言われるがままにテレビ番組に出演し、歌でデビューもした。しかも日本語で歌っている。今の時代ではなかなか考えられないだろう。
映画には、漫画家・池田理代子も出てきた。『ベルサイユのばら』のオスカルは、ビョルンがモデルだったという。というか、ビョルンの存在は当時の少女漫画に絶大な影響を与えたそうだ。
映画『ミッドサマー』の撮影風景も映し出される。『ミッドサマー』は公開された時観ようと思ってたのに結局観れなかった作品で、何で観なかったんだろうと今も思う(配信で観ればいいのだけど、基本的には映画は映画館でしか観ないと決めている)。
そこで彼は、
『自分のことを俳優だと思ったことはない。たまたまそうなっただけだ』
と語っていた。
自ら望んで有名になりたいと思って飛び込んでいくのなら、まだ仕方ない。しかしビョルンに限らず、望まずに有名になってしまった人たちというのも、過去から現在に至るまで様々に存在することだろう。
その苦労の一端を垣間見ることが出来る作品だ。
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