【映画】「ピアノフォルテ」感想・レビュー・解説

別にピアノに興味があるわけじゃないし、そもそも音楽の素養はないのだが、しかし、「才能」や「才能があった上での努力」みたいなものはやはり興味深いし、そういう世界はかなり狂気的でもあるだろう。実際、本作はなかなか興味深いドキュメンタリー映画だった。

さて、本作の舞台となるショパン国際ピアノコンクールは、1927年から現在に至るまで続く、ピアノコンクールの中で最も権威ある大会で、5年に1度しか開かれない。コンクールは21日間、本選まで4回もの段階を経なければならない過酷な大会でもある。もちろん、そもそもこの大会に出場できるだけでも相当な名誉だと思うのだが、そんな87名の参加者の中で本選に進めるのは12名、そしてその中から入賞と優勝者が決まるという流れである。

本作で映し出されるのは、コロナ禍のために1年延期となった2021年大会(5年に1度なので、これが第18会大会なのだそうだ)。この大会では、反田恭平と小林愛実という2人の日本人が入賞するという快挙があったのだが(この辺りの情報は映画ではなく、公式HPから拾っている)、本作ではそんな参加者の中から6人の男女をピックアップし、密着している。

17歳のエヴァは、若いのに既に40以上もの大会で賞を取っている実力の持ち主で、多くの人が「若手有望株」と評している。しかし舞台裏では不安を覗かせることが多く、ピアノの横にお気に入りのぬいぐるみを置いているシーンも映し出された(実際の大会の時にもぬいぐるみを載せていたかは知らない)。

ミシェルは、かなり陽気に喋っている印象があった。「ピアニストでいたくない。他のものになりたいって思うけど、でもそれが何かは分からない。ただ、演奏が終わると、また『弾きたい』って思うの」と言っていた。

さて、陽気と言えば、レオノーラの方がさらに陽気だっただろう。レオノーラと、次に紹介するアレックスは、バーで一緒に陽気に酒を飲んでいるシーンが映し出されたりしていたが、そんな風に「緊張」とは無縁の存在に見えた。

そんなアレックスは、コンクール中にサインを求める行列が出来ていた。恐らく、元々かなり名の知れた人気のピアニストなのだろう。彼もまたプレッシャーとは無縁の存在に見えた。レオノーラとの会話の中で「サッカー選手になりたかったが、たぶん『下品だ』って理由で許されなかった」みたいなことを言っていたのも印象的だった。

マルチンは、俳優みたいな出で立ちのシュッとした若者である。彼はこのコンクール中ある驚きの決断をすることになる。ある場面で彼が、「数日だけでいいからピアノ以外のこともしたいんだ。ゲームとか。そうすればまた、真剣に練習に取り組める」みたいなことを言っていた。

取り上げられる中で唯一のアジア人(中国人)であるハオは、どうやら高校生のようだ。ごく一般的な家庭で育ったようで、そんな彼を、ピアノの教師であるヴィヴィアンがコンクールまで導いた。ヴィヴィアンとハオは、仲の良い姉妹みたいな感じで、厳しい指導を受けている他の参加者とは一線を画す存在だった。

こんな6人を含む87人がしのぎを削り、5年に1度1人しか選ばれない頂点を目指すのである。

参加者たちは様々な場面で、自身が参加しているコンクールに対する想いなどを語っていた。

確かミシェルだったと思うが、どうしてショパン国際ピアノコンクールに参加するのかについて明確な理由を語っていた。

【他の人は「ピアノで感情を表現したい……」とか言うかもしれないけど、私はそうじゃない。私はキャリアと将来の安定性がほしい。そしてこのコンクールは、それが実現できる数少ない大会なの。他の大会で優勝しても意味なんてない。確かに賞金をもらってお金的には安定するかもしれないけど、それじゃダメ。名前を残すことが大事なの】

一方で、否定的なことを口にしていたのがアレックスである。彼は、ショパン国際ピアノコンクールに対してだけの意見ではないかもしれないが、「音楽で競うなんて誰も望んでいない」と言っていたのだ。

【「己と戦う」という悪を生んだよね。誰も闘いたくなんかないさ、審査員だって出場者だって。でも、やる。その一部が好きだから。】

別の人(上述の6人以外の人だったと思うのだけど)は、コンクールの参加者について、「ここのいる人たちは『間違った音』を出さない。まるで機械だよ。CIAか海兵隊かっていうぐらい、毎日訓練しているからだ」みたいなことを言っていた。ミスをしても人の心に届く演奏はきっとあると思うが、しかし「コンクール」となればやはり、ミスを減点するしかない。そういう部分に対してアレックスは納得できない思いを抱いていたのだろうと思う。

さて、参加者たちはそれぞれ、ショパン国際ピアノコンクールへの挑戦の大変さについても語っていた。ミシェルかエヴァかどっちか忘れたが(ミシェルだった気がするが)、「今日はゾンビの夢を見た」という話から次のようなことを言っていた。

【私が世界を救ったんだけど。大変だった。でも、ゾンビがいるディストピアよりも、今日の方が最悪かもね(笑)】

あるいは、陽気なレオノーラは酒を飲みながら、恐らくショパン国際ピアノコンクールについて知らない人に説明をしているのだろう、「ピアノのオリンピック」「生涯の偉業」と説明した後でこんな話をしていた。

【賞金で4万ユーロ(日本円だと700万円ぐらいみたい)もらっても、全部セラピーに注ぎ込むことになるかも(笑)】

レオノーラがそう言った時の雰囲気からは全然そんな風には感じられなかったが、しかしやはり彼女も、人知れずプレッシャーや葛藤を抱えていたのかもしれない。陽気に見えるレオノーラでさえそうなのだから、とにかく弱気な発言が多かったエヴァなどは、もっとキツかったんじゃないかなという気がする。

またアレックスはまた少し違った角度からこんな話をしていた。

【事の重大さも知らずに、全員が勝ちたがる。全員が優勝出来るわけがないのに。誰も負けることを考えていないんだ。負けてもまた挑むしね】

正直これはどういう意図の発言だったのか上手く捉えきれなかったが、それまでの彼の発言からすればやはり、「こんなコンクールなんかやっても意味なんかないよな」みたいなことなんだろうし、そしてさらに言えば、「とはいえそんなコンクールに自分も出ている」みたいな事実への自虐みたいな要素も含まれていたかもしれない。

本作では、この6名にコンクール開催前から密着しており、そしてコンクール中も含め、指導者との関係性も色々と描かれていた。ヴィヴィアンとハオのように超仲良しみたいな関係もあれば、メチャクチャ厳しいみたいなパターンもあり、その多種多様な感じも面白いなと思う。

そしてその中でも、「ピアノを教わるのも大変だなぁ」と感じたエピソードを2つ紹介しよう。

まずは、これもエヴァだったかレオノーラだったか忘れたが(レオノーラだったかな?)、体型が変わったからドレスを仕立て直してもらう場面がある。そしてその帰り道、指導者(なのか母親なのか)がドレスを腕にかけて持つレオノーラ(かエヴァ)に「ドレス、持つわ」と声を掛ける。それを聞いた時、「ドレスなんて大して重いものでもないだろう」と思ったのだけど、それに続けて指導者(か母親)は、「15分も腕を曲げておく必要はない」と口にしたのだ。なるほど、そんなことにも気を配らなければならないのか、と感じた。ちなみにレオノーラ(かエヴァ)は、「(左右)交代で持つから」と断っていた。

さてもう1つはハオの話。恐らくだがハオは、中国の中心部からは離れた田舎に住んでるんじゃないかと思う。で、母親は、ハオがピアノを習い始めてから取った電車の切符をすべて保管しているようなのだが(どうして切符が手元に残るのか、中国の鉄道事情は知らない)、それを取材班に見せながら、

【レッスンに行って帰ってくる時もそう。その往復で30時間以上も掛かった】

みたいなことを言っていたのだ。コンクール出場時にハオが高校生だったことを考えると、30時間かけて先生(ヴィヴィアンだろう)の元へ通っていたのは小学生とか中学生の頃ということになる。両親はピアノや音楽にはさほど興味がなさそう(勉強しながらタブレットで音楽を聴いていた息子に「音楽を消しなさい」みたいなことを言ってる場面があった)なので、よくもまあピアノの世界に息子を全力で送り出したものだ、と思う。この親の決断が、高校生でショパン国際ピアノコンクールへの出場、かつ、本選に出場した唯一の中国人、という快挙に繋がったと思うと、本当に「親の決断」というのは大事だなと思う。

さて、個人的には、本作を撮るのは大変だっただろうな、という感じがする。密着なわけで、あらゆるところにカメラがいる状況を許容しなければならないわけだが、5年に1度しか開かれない、しかも失敗が許されないコンクールなのだから、「密着される」なんてのは参加者からしたら「ノイズ」でしかないだろう。当然、この6人は事前に密着をOKしているのだろうけど、その交渉も含め大変だったんじゃないかなという気がする。「情熱大陸」なんかを見てても、大事な局面の前には取材陣に「ちょっとここからカメラは無しで」みたいに言ってる場面があったりするが、本作で映し出されている映像のほとんどは、まさにその「大事な局面」の最中であり、普通なら密着なんて断りたいだろう。OKした者も色んな考えから決めたのだとは思うけど、「ドキュメンタリー映画のメイキング」も気になる作品だなと感じた。

あともう1つ気になったのは、「声をどう録ってるんだろう」ということ。本作では、ラスト付近で、「トイレに籠もって指導者と電話をしている際のやり取り」が収録されている。これは普通に考えて「参加者にマイクを付けている」と考えるしかないけど、でもそんなことあり得るかなぁ。一世一代のコンクールに出場するって時に、演奏にはまったく不必要な「マイク」の装着を許可するなんてちょっと考えにくい。でも、そう考えないと絶対に録れない音声だからなぁ、とか思うと、どうなってるんだろうなという感じがした。現代の技術だったら、口元付近にマイクがなくても、例えば靴にマイクを付けたらクリアに音声が録れる、みたいなことになってたりするのかな。そういうことならまだ理解できるんだけど。

まあそんなわけで、やはり「才能を持つ人間が極限まで努力する」という「狂気」に満ち溢れていたし、そのことは、ピアノや音楽には全然興味がない僕を惹きつける要素として十分だった。ホントに、凄い世界だなと思う。


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