【映画】「PLAN75」感想・レビュー・解説
フワッとした感想になるが、ピリッとしたものが足りなかったと感じてしまった。
設定は好きだし、役者の演技も良かったと思う。ただ、ストーリー全体が、「予告編を観て想像した範囲に留まる」という印象で終わってしまった。
ドキュメンタリー映画なら、それでもいいと思う。事実には介入できないし、目の前で起こった出来事を繋ぎ合わせて作品を作るしかない。思っていたような展開にならないこともまた、「物語」であると受け取ることが可能だ。
ただ、フィクションの場合、ちょっとそうはいかないように感じてしまう。
この映画は、とにかく「余白」の多い映画だと思う。役者のセリフも、状況説明も、恐らく意図的に少なくしている。設定はもの凄くシンプルだし、これから日本が直面するだろう未来を捉えているので、誰もが関心を持ち得るものだと思う。説明が無くても、理解が及ぶ部分は多い。だから、セリフや説明が少なくても、作品としては成立している。
ただ、登場人物それぞれの「背景」なり「内面」なり「葛藤」なり、全部でなくても、もう少し具体的に描かないと、観る側に「投げっぱなし」になってしまうように思う。観客に問いを投げかける作品は全然アリだと思っているが、この映画はちょっと、投げっぱなし過ぎるような気がしてしまった。
オペレーターの涙、叔父を運ぶ車中の葛藤、娘の手術代と目の前の現実のギャップ。それらはもちろん、観ていて想像ができる。ただ、「より深く想像するための具体性」がもう少しあっても良いのではないかと感じてしまったのだ。もちろんこれは、人によって感じ方は違うだろう。この映画の描き方で十分想像できるという方もいるだろう。たぶん、僕にはちょっと合わなかったということなのだと思う。
公式HPには、監督・脚本の早川千絵のこんな言葉が載っている。
【物語や主人公の心情を懇切丁寧に説明してくれる昨今の日本映画を見慣れている人がこの作品を見たら、少し戸惑われるかもしれません。しかし、謎を心に留めたまま、様々な想像を膨らませ、他者の心に思いを馳せるということも、映画を見る醍醐味だと思います。私は映画を見る人の感受性を信じています。一人一人異なる感性で、自由に映画を解釈することで、観客にも映画の共作者になってもらいたいのです。『PLAN 75』という映画が自分の手元を離れたあと、無限に形を変えていくことを願っています】
やはり、意図的に描写を抑えているということだろう。もちろん、そういう風に作られていることは十分理解した上で、僕はもう少し「具体性」がほしいと思ってしまった。
あと、ネタバレになるのでぼやっと書くが、作中のある設定が、「叔父を車で運ぶ」というあのシーンのために存在しているように感じられてしまったのが残念だった。その設定を物語に組み込むのであれば、「叔父を車で運ぶ」という展開があってももちろん良いが、それとは別に、「その設定に対する葛藤」みたいなものも描いてほしいと思った。もちろんそれは、映画全体で見れば別の登場人物の描写によって補完されていると言える。ただ、「彼がこの事実を知ったことによる葛藤」が描かれなくていい理由にはならないような気がしてしまった。
僕の感覚では、「叔父を車で運ぶ」という展開は、映画全体の中で若干「ノイズ」っぽくなってしまっている気がした。映画全体が、淡々と静かにゆったりと進んでいき、「PLAN75」という制度そのものに対して翻弄される人々が描かれていたと思う。だから、そこにこの設定が組み込まれることで、それまでの流れが2つに分岐したような印象があって、「この描写は必要だったんだろうか?」と感じてしまった。彼がそう行動することによって、「PLAN75」という制度に対してではなく、「あの設定」に対して”だけ”モヤモヤした気持ちを抱えている、という見え方になってしまうので、そういう意味でも「ブレる」感じがした。
75歳を迎えたら自ら死を選ぶことができる「PLAN75」という制度については、僕は大賛成だ。昔から「安楽死を法制化してほしい」と言っているくらいだ。「死のタイミング」を自分で決められるのであれば、「いつ死ぬか分からない」という不安に付随する様々な問題が解消されると思っている。別に、希望しない人間は「PLAN75」に申し込まなければいいのだから、制度として存在してほしいと僕は思う。
ただ、以前安楽死に関する本を読んだ際に、「日本特有の問題がある」と書かれていた。それは、「家族の負担にならないように死を選ぶ」という動機が当たり前に存在しうるという点だ。その本の著者は、欧米ではそんな判断をする人はまずいない、というように書いていたと思う。日本(あるいはアジア)だけが、「家族の迷惑を回避するために、本当は望んでいない死を選択する」という行動を取る可能性があるというのだ。確かに、この映画の中でも、「孫のためだったら決断できるわ」と口にする人物が登場する。このような判断は「自由意志」と呼べるのか? 難しいところだ。
コロナ禍における「持続化給付金」の詐欺が横行した。「PLAN75」でも同じような状況が生まれるかもしれない。なにせ「PLAN75」に申し込めば、10万円がもらえるのだ。他人を死に追いやって、その10万円をかすめ取ろうとする人間が現れても不思議ではない。
この映画のような世界は実現しないだろう。しかし、「PLAN75」は実現しないが、この映画で描かれる「超高齢化社会」は間違いなくやってくる。
その時日本は、どうなっているだろうか。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートいただけると励みになります!