【映画】「この夏の星を見る」感想・レビュー・解説

とにかく超絶良かった。これはメチャクチャ良かったなぁ。観て良かった。

「コロナ禍の青春」というクソゲロ難しいテーマに対して、「まさにこれしかないんじゃないか」と感じさせるような完璧な設定で、まずは原作の辻村深月に脱帽という感じだった。もちろん僕が知らないだけで、「コロナ禍の青春」を様々な形で描き出した物語というのはあると思うのだけど、本作は「離れているのに繋がっている」という、「コロナ禍の青春」を描く上で避けては通れない難題を完璧にクリアしている。

そして本作では、その「繋がっている」の演出がとにかく素晴らしかった。もちろん本作にも「オンラインで日本中を繋ぐ」みたいな状況は出てくる。コロナ禍を描くとしたら、オンラインは避けて通れないだろう。

しかし本作では、単に「離れた場所にいる人をオンラインで繋ぎました」みたいなことではない。本作における「オンライン」は、「『空という物理的空間で繋がっている』という状況を、より明確に実感させるためのツール」でしかないからだ。

つまり彼らは、リアルの世界でちゃんと繋がっているのである。そこが決定的に違う。普段は広すぎて「空間」とさえ認識されないだろう「空」が、本作では「人々を繋ぐ物理的空間」としてはっきりと認識され、そしてそんな「空」を通じて「皆が繋がっている」と実感できている状況を描き出すのである。

この設定が、ちょっと完璧過ぎたなと思う。「スターキャッチコンテスト」っていうのは本作を観て初めてしったけど、どうやら実在するコンテストらしい。「手作りの望遠鏡で、いかに指定された星を早く望遠鏡内に『導入』するか」を競う競技であり、2015年に茨城の高校で始まったそうだ。2015年というのが本当に絶妙なタイミングだなと思う。本作は、コロナ禍の最初の年である2020年を主な舞台としているが、そこに至るまでに5年間の活動実績があったからこそ、「オンラインでスターキャッチコンテストを開こう」なんて状況が(実際に行われたのかは知らないが)リアルに感じられるわけだ。

作中では、スターキャッチコンテストに参加した女子高生が、「無課金でこんなに楽しめる星、推せるよね」と言っていて「なるほど」という感じだったのだけど、本作においては単にそれだけに留まらず、「何かしたいのに、何かすることすべてを制約され続けた若者」にとって、「手応えのある青春」として成立し得るだけの強度を持つ競技でもあったというわけだ。

あるシーンで主人公の1人が、「今この瞬間に◯◯が観れたら、酷かったこの1年をギリギリ良かったって思えるかもしれない」みたいに言っていて、その切実さみたいなものが少し伝わってくる感じはあった。予告でも使われている、「これ以上、私たちからもう、なんにも奪わないでほしい」という言葉も印象的だったが、そんな彼らの「青春」を、何十億年も昔から存在しているだろう星々が照らすというのも、また印象的な構図だなと思う。

ホントちょっと良すぎて、割と冒頭の辺りからずっと泣いてた感じもする。予告にも公式HPにも(作中には出てこなかったはずだけど)、「最高で、二度と来ないでほしい夏」というフレーズが使われているのだが、ホントそうだなと思う。ただ、「コロナ禍じゃなかったら、他の地域に住む人と(スターキャッチを通じて)知り合うこともなかった」みたいなセリフも出てきて、そりゃあ全体としては「最悪」でしかないわけだけど、その中にも僅かに「良かった」と感じられる部分があるというのは何となく救いだなとも思う。

というわけで内容の紹介を。

亜紗は子どもの頃から、ラジオで天文の話を聞くのが好きで、「月はどうしていつもついてくるの?」という質問が読み上げられたこともあった。その時はラジオスタジオから直接電話が来て、高校で天文部の顧問をしているという綿引先生から「紙を42回折ったら月までの距離に届くんだよ」と興味深い話を色々と教えてもらった。

そして亜紗は、まさに綿引先生がいる茨城の高校に入学し、もちろん天文部に入部した。彼女は女性宇宙飛行士である花井うみかに憧れており、入部した直後、「天文部ノート」には「卒業までに達成すること」として「花井うみかに追いつく」と書いた。

同じく新入部員として入ったのが凛久である。彼は「天文部ノート」に「ナスミス式望遠鏡を作る」と書いた。「座って星が観れるのがいい」と彼は言っていた。

そして翌年。コロナウイルスが直撃。2年生になった亜紗と凛久は、天文部としての活動がほぼ行えない状況に陥ってしまう。ナスミス式望遠鏡も、フレームの制作を頼んでいた工場から「いつ再開出来るか分からない」と連絡が来て、こちらも進みそうにない。この高校では毎年、合宿とスターキャッチコンテストを夏に行っているのだが、その開催も絶望的である。

五島列島のある島では、旅館の娘である佐々野さんが、コロナ禍以降苦しんでいた。島民から「外からコロナを持ち込むな」と批判されているのである。そしてそのせいで、佐々野さんまでも敬遠されるようになってしまったのだ。

特に、幼馴染である小春からも距離を置かれたのがきつかった。小春は、姉が介護施設で働いており、さらに祖父母と同居しているため、家族から「佐々野さんの娘とあまり仲良くするな」と言われてしまったのだ。2人は吹奏楽部なのだが、小春からそんな風に言われた佐々野さんは、吹奏楽部にも顔を出しづらくなり、泣くために自転車をかっ飛ばして海岸へとやってきた。

そこにやってきた野球部の武藤から、「来週、天文台で星を観る会があるから来いよ」と誘われた。「島内で悪者扱いされている」と考えている佐々野さんはフードで顔を隠しながら恐る恐る向かい……。

東京のある中学では、その年の唯一の男子新入生である安藤が暇を持て余していた(男子新入生が1人だった理由はよく分からない)。この中学では、恐らく男子生徒が少ないからだろう、サッカー部がなくなってしまい、ずっとサッカーを続けてきた安藤は空き地で壁相手にボールを蹴って放課後の時間を過ごしていた。そんな安藤に「理科部に入らない?」と執拗に声をかけ続けたのが中井である。彼女は天体や宇宙に興味があるらしく、しかし理科部に入る新入生は今のところ自分しかいないからと、どうにか安藤を引き入れようとしているのだ。

ちょっときっかけがあって理科部に入ることにしたものの、元々興味があったとかではないから何をしたらいいか分からない。そんな時、顧問の教師から色んなチラシを見せられて、何か興味のあるものがないかと尋ねられたのだ。そしてその中に、「スターキャッチコンテスト」のチラシもあった。安藤は「中井が興味ありそうだなと思って」とそのチラシを手に取った理由を話していたのだが、中井から「安藤がやるなら私もやる」と言われ、そのチラシに書かれた電話番号に電話してみることにしたのだが……。

というような話です。

茨城・長崎(五島列島)・東京の3つの場所で展開される物語で、そして「コロナ禍の青春」を描いているのだから当然だが、個々の物語は直接的には交わらない。もちろん、彼らが皆スターキャッチコンテストに参加し競うわけだが、ルール説明や望遠鏡の組み立て方はすべてオンラインでの説明だし(まあそれは、コロナ禍じゃなくても、これだけ距離が離れた学校同士で行う場合はオンラインになるだろうが)、あとはスターキャッチの本番以外の時にそれぞれの話が交わったりはしない。茨城は茨城、長崎は長崎、東京は東京で独立に物語が展開されていくというわけだ。

東京の物語は、安藤と中井が中学生ということもあり、重たすぎる話もなければ恋愛的な感じもあまりない。そしてなんとなくそれがいい。「男女っていう性差をあまり感じずに関われる最後の年代」って感じがするし、安藤と中井の関係性はそういうシンプルなものとして提示されていた気がする。

あと、「東京である」ということが不利になるというのも面白い。東京は明るすぎるから、星が見えにくいのだ。星には明るさの基準があって、1等級から順に数字が大きくなるにつれて暗くなる(1等級が一番明るい)。スターキャッチコンテストでは、暗い星を見つけるほど点数が高くなるのだが、そういう意味では東京は不利になるのだ。

しかしそういう中で、中井が図鑑で見つけたある星(名前は忘れてしまった)を絶対に「導入」したいと、気合いを入れて練習していたのが印象的だった。その星は暗い星で、東京からは見つけにくい。しかしだからこそ彼女は、茨城・長崎に負けないようにその星を見つけてやるんだと猛練習を重ねるのだ。安藤と中井はとにかく、「純粋に競技者としてスターキャッチに向き合っている」という存在で、そのシンプルさ、ピュアさが光る物語だった。

茨城の物語は、亜紗と凛久がなんとなく恋愛っぽい感じの雰囲気がありつつ、しかし決してそこははっきり描かれない。それよりも2人とも天文部での目標が明確にあって、それに突き進む毎日である。スターキャッチコンテストを生み出した高校でもあり、だから本作の物語の起点でもある。

そしてそういう中で、少しずつ、「凛久には何かあるな」という描写が積み重なっていく。しかしそれが何かはよく分からない。亜紗は何かしら違和感を覚えていたと思うが、しかし、凛久の置かれた状況を知らなかった彼女は彼にちょっと辛い当たり方をしてしまう場面もあった。そのことを後悔し、「私に何が出来ますか?」とずぶ濡れで訴えている彼女の姿は、実に印象的だった。

で、この高校の物語では、顧問の綿引先生も凄くいいんだよなぁ。っていうか、岡部たかしってメチャクチャいいよなぁ。岡部たかしはドラマで見ることが多くて、ちょっと前の『エルピス』とか少し前の『キャスター』なんかでもメチャクチャ良い雰囲気を醸し出していたけど、本作でもとにかくメチャクチャ良かった。

別に出番が多いわけではないんだけど、画面の中にいる時の「メッチャ存在感は強いんだけど、でも空気にもなれる」みたいな謎の佇まいがホントに凄いなと思う。凄く失礼な言い方になるかもしれないけど、「いてもいなくてもいいのに、いたらその場の印象が大きく変わる」みたいな不思議な存在感で、似たようなタイプがパッとは思いつけない役者な気がする。

で、個人的に一番好きだったのが、長崎(五島列島)の物語だ。「コロナ禍」という描写が最もふんだんに盛り込まれているのが長崎の話で、いやこれはホントに嫌な状況だなと思う。

佐々野さん(彼女は作中で男子から名前を呼ばれることが多く、そのため「苗字+さん」という表記にしている)は、島で民宿を営む家に生まれ、コロナ禍では苦労させられることになる。旅館には島民によるものだろう「いつまで営業を続けるつもりだ」みたいな貼り紙がびっしりされ、母親と2人で剥がしたりしていた。

ただ、さっきも書いた通り、佐々野さんにとって最もしんどかったのは恐らく、幼馴染も小春から「No」を突きつけられたことだろう。これはホントに辛い状況だなと思う。

もちろん、小春の主張も理解できる。それはやはり、僕もあの2020年を経験したからだろう(もし本作を、2020年の記憶をはっきりとは持たない未来の人が観た時に、どこまで状況をリアルに受け取れるのかはちょっと分からないなと思う)。僕は、コロナ禍において何が最も怖かったかって、「自分が感染する」ことではない。「自分のせいで誰かが感染すること」、そしてさらに言えば「そのせいでその人が命を落としてしまうこと」だ。これが一番怖かった。もちろん、自分だって感染したくはない。しかしそれ以上に、自分のせいで感染が広がるとか、それによって死者が出るみたいな状況がとにかく怖かったのだ。

同じようなことは同時代を生きた多くの人が感じたはずだし、そして小春もそんな風に考えている。もしも自分が幼馴染と仲良くすることで祖父母に移してしまったら、あるいは姉に移して姉から介護施設に広がりでもしたら。それは最悪の想像で、何よりも恐ろしいことだった。

小春は最初、「家族がダメって言うから」みたいな言い方をした。学校の前で話しかけた佐々野さんに「家族にダメって言われて」みたいな話をして、「だから学校ではいつも通りね」と言っていたのだけど、結局学校でもいつも通りにはならなかった。それはやっぱり、もちろん「家族に言われた」という理由もあっただろうけど、それ以上に小春自身が「自分のせいで誰かが……」みたいな状況を恐れたからなのだと思う。

で、天文台でのイベントの後で、佐々野さんと、あと離島留学制度で県外から島に来ている男子2人の3人でスターキャッチコンテストへの参加を決めるのだけど、その後、茨城の高校が開いたオンラインでの説明会に、何故か小春もログインしていた。彼女も参加するのだろうか。しかし長崎チームは、野球部の練習で忙しい男子2人はなかなか集まれず、また佐々野さんと小春の関係も修復されずで、全然前に進まない。

というように、茨城・東京では「コロナ禍という外的変化によって日常が大きく変わってしまった」という描写を描くのに対して、長崎では「コロナ禍というのが内的変化であるような日常の変化」が描かれていて、本作の中で最も「コロナ禍であること」に焦点が当てられていたなと思う。

個人的に最も好きなセリフは、「夏休みが終わったら、一緒に部活戻ろうね」である。これは泣いた。ここでは状況を詳しく説明しないので何がどう良かったのか伝わらないと思うが、メチャクチャ良かった。

ここシーンに効いてくる前段として、客席からかなり笑いが上がった「佐々野さんと興のオンラインでの会話」が重要になってくるだろう。興は元々佐々野さんと同じ高校に通っていた離島留学生だったのだが、休校中に東京の実家に戻った後、県外からの受け入れ制限に引っかかって五島列島に戻れなくなってしまったのだ。そのため彼は、東京のあるチームに合流する形でスターキャッチコンテストに参加することになった。

で、そんな興が、長崎チームの準備が進んでいない状況を心配して佐々野さんに電話してきたのだが、その中で興が佐々野さんについて、「グループ分けで1人余っちゃったみたいな時にもすぐに自分で動いてグループを代わったりする」みたいな話をしていたのだ。元からそういう性格だったからこそ、その場面であのセリフが出てきたのだろうなと思う。あー、メッチャ良かった!

ちなみに、小春を演じていた女優、どっかで観たことあるなと思っていたのだけど、エンドロールで「早瀬憩」って名前を観て、「『異国日記』の人か!」ってなった。あとそれでいうと、東京の中学生の中井を演じた星乃あんなも何かで見覚えがあるんだけど、思い出せなかった。安藤は、『怪物』『国宝』に出てたな。

42歳の僕は、「コロナ禍に学生生活を送らざるを得なかった気持ち」はやっぱりちゃんとは分からない。けど、コロナ禍を過ごさざるを得なかった者として共感できる部分はあるし、そういう中でも「ギリギリ青春を思える日々」を送ろうと奮闘し続ける姿はとても素晴らしかったなと思う。ホント、メチャクチャ良かった。

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