【映画】「あみこ」感想・レビュー・解説
さて、狙っていたわけではないのだが、山中瑶子監督の映画『あみこ』をポレポレ東中野で上映中だということに気づいたので観に行ってみた。やはり、映画『ナミビアの砂漠』が衝撃的だったし、これはやはり作家のルーツとして押さえておくべきか、と思ったのだ。
そんな感じで観に行った本作は、メチャクチャ良かったということはないのだが、やはり独特は独特で、気になるタイプの作品ではあった。特に、これは僕のある意味で人生的なテーマでもあるのだけど、「魂の会話」みたいな話は、やはり気になってしまうし、分かるわー、と思う。
女子高生のあみこはある日、隣のクラスのアオミ君に恋をする。それまで話したこともなかったのだが、サッカー部で上手いのに「サッカー嫌いなんだよねぇ」と言いながら身支度をするアオミ君に、「待っててくれる?」と言われたのだ。そうして、一緒に帰る。途中アオミ君が「山に登りたくない?」と言い、恐らく遠回りなのだろう、山を経由しながら帰路についた。
あみこはその日、山から下りた繁華街の信号待ちをしている時に、「今ここで私が倒れたら、アオミ君はもっと私と一緒にいてくれるのだろうか?」と思うほどアオミ君に惚れ込んでしまったのだ。
あみこは、友人のかなこにはこれを「恋」と表現していたが、恐らく本質的には「恋」ではなかったのだろう。嫌な言い方をすると、「かなこの世界に合わせて『恋』と表現した」に過ぎないのだと思う。そう、あみこには、そういういやーな感じがある。もちろん、それは普段は表に出さない。けど、アオミ君には出しても大丈夫だし、通じるし、分かり合えると思える。
だからあみこにとってアオミは、「恋」以上の崇高な存在だったのだと思う。
でも、そう上手くはいかない。あみこにとっては、アオミ君との関係は、どんどんと望んでもいなかった方向へと進んでいってしまうのである。
まあ概ねそんな話なのだが、あみことアオミ君が絡むシーンが少なすぎて、「アオミ君に対するあみこの想い」みたいなものがなかなか見えてこない。もちろんそれは、最後にどわーっという形で放出されるし、だからこそ僕も、「そうか、あみこはそこまでアオミ君のことを想っていたのか」と思えたのだけど、そこに至るまでの過程は正直その辺りのことがよく分からなかった感がある。まあ、あみこのキャラクター的にそれで正解ではあるのだが、物語的には跳ねるのに時間が掛かるなぁ、という印象があった。
とはいえ、66分の映画なので、どうこう言うほどでもない。これが2時間の映画だったら、ちょっと「ラストシーンに至るまでの過程」が長すぎると感じたかもしれないが、1時間ぐらいなら大したことはない。そういう意味では、バランスは良かったと言ってもいいのかもしれない。
しかし、こういう性差の話はあまりしたくないのだが、本作は「女性監督が脚本・監督を担当しているから成立している」みたいなところはあるなと思う。まったく同じ物語でも、男性が脚本・監督を担当していたら、また違った受け取り方になるだろう。何がどうというのは上手く言えないが、「あみこの言動を決しているのが女性である」という事実があるからこそ飲み込めるというか、ギリギリのところでアウトにはなっていない、みたいなところはある。なんとなくニュアンスが伝わるだろうか?
1点分かりやすいところで言うと、「湯船に浸かりながらレモンを齧っているシーン」がある。これは、ビジュアル的には凄くインパクトがあって良かったんだけど、ちょっと意味不明というか、「なんで?」みたいな感じもある。まあそれは僕が男だからかもしれないけど、だからこそ余計に、「女性がこれを考えているのなら呑み込むしかなかろう」みたいな感じもある。なんとなくだが、本作には随所にそういう雰囲気が散りばめられていた感じがあり、それが良いのか悪いのかはまあともかく、作品としては成立するなという感じがあった。
また、これもあまり書くべきではない話かもしれないが(他人の容姿について言及する話なので)、あみこを演じた女優の顔を含めた佇まいがすごく「あみこ」という感じがあって、とても良かった。例えば、あみこの友人・かなこを演じた女優があみこ役を演じても上手くハマらないだろう。春原愛良という役者のようだが、彼女のビジュアルが本作を成立させたという感じもする。
ちなみに、全然知らなかったが、彼女は映画『街の上で』にも出ているようだ。古着屋で試着してるカップルの女性の方だろうか? 人の顔は覚えられないのでちょっと分からないが、ちょっとびっくりした。
ビックリしたと言えば、エンドロールのスクロールが早くてびっくりした。あんなに早く登場人物の名前が動くエンドロール、見たことないよ。
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