【映画】「是枝裕和初期TVドキュメンタリー作品集 『しかし…福祉切り捨ての時代に』『もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~』」感想・レビュー・解説
今日は初めて国立映画アーカイブってところに行ってみた。全然調べていたわけではなかったのだが、ここで是枝裕和監督の様々な作品を特集上映すると知ったのだ。明日も行くのだが、今日は、是枝裕和がテレビマンユニオン時代にプロデューサーとして関わったTVドキュメンタリー2本の上映があったので観に行った。理由はよく分からないが何故か無料(0円)で鑑賞出来たので得した気分である。しかし、無料にしたってドキュメンタリー映画だし、だからかなり広い劇場が満員だったのには驚いた。
今回上映されたのは、「しかし…福祉切り捨ての時代に」と「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」の2作品。それぞれざっくり内容を紹介しよう。
「しかし…福祉切り捨ての時代に」
1990年、環境庁企画調整局長だった山内豊徳が自宅で自殺した。当時、水俣病が社会問題化しており、最高裁(だったと思う)が国に和解を勧告したのだが、国はその和解勧告を拒否した。そしてその拒否の理由を説明しなければならない立場にいたのが山内豊徳だった。
一方彼は、戦争で両親を失う(亡くなったんじゃなかった気がするが)も、東大に入り完了試験を受け、99人中2番目という好成績で合格した。この成績なら当時の大蔵省に確実に入れたのだが、しかし彼は自ら望んで厚労省に入省した。そしてそれ以来ずっと福祉畑を歩み続けてきた人物である。
そんな山内豊徳が何故自ら命を絶ってしまったのか。その背景の物語を、1人の女性の人生を横糸にしながら描き出していく。原島信子、火災で命を落とした女性であり、生活保護受給者でもあった。そして、生活保護の実質的なトップとして関わったこともある山内豊徳の人生が、生活保護に関する考えをテープに残していた原島信子の人生に交錯させる形で描き出されていく。
「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」
長野県にある伊那小学校は、「総合学習」という言葉が広まるずっと以前から総合学習に取り組んできた公立校である。そして少し前、この小学校の春組(1年生)が「はるみ」というホルスタインを飼っているという話が全国的に話題となり、様々に取材が行われていた。そして本作「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」はその後の物語である。
3年生になった春組は、もう一度牛を飼う話し合いをしていた。近くの牧場が、乳牛のジャージーを貸してくれるというのだ。しかしエサ代は学校(というか春組)で用意しなければならない。生徒たちは「エサ代を捻出できるか?」も含め何度も話し合いを重ね、そして全員一致でジャージーのローラを飼うことに決める。
そんな春組の2年間を追ったドキュメンタリーである。
というような内容です。
環境庁の山内豊徳氏の自殺は、出来事自体を知らず(当時僕は7歳だったと思うのでまあ覚えていなくても当然だろう)、まずは「そんなことがあったのか」という感じだった。
いやしかし苦しい立場に置かれたものだなと思う。
山内豊徳自身は、高校時代の同級生曰く「足の関節が悪く、少し足を引きずっていた」とのことで、だから「自分も弱者である」という意識を持っていたはずだという。それで厚労省を選んだのだろう。その後も、直接の担当でもないのにてんかん患者の支援のために動いたりと(家族にてんかん患者がいたとかでもないらしい)、とにかく福祉のために奔走したようだ。先の友人は、彼から「自分は天職に出会った」と聞いたことがあるという。
しかしその後、日本は「福祉切り捨て」の時代へ突入する。昭和50年代とかに社会保障費が急激に増大したとかで、国はその費用を削る方向に動き始めたのだという。そして、その一例として取り上げられていたのが生活保護だった。
それまで生活保護は、そこまで要件が厳しくなかったのだと思うが、国が方針を変え「扶養義務の履行」「資産の活用」「稼働能力の最大化」の3つを求めるように変更されたという。この点に関しては、どこかの行政の福祉課の人が出てきてその実態について話をしていた。「扶養義務の履行」では「別れた夫に養ってもらえ」、「資産の活用」では「家を売れ」、そして「稼働能力の最大化」では「もっと稼げる仕事をしろ」みたいなことを申請者に言うようになったのだそうだ。それにより、それまで年間140万人ほどだった受給者が、一気に120万人程度に減ったという。で、山内豊徳は生活保護に関わっていた(というか、実質的なトップだと紹介されていたはず)なので、この方針転換にも関わっていた(関わらざるを得なかった)のではないかと思う。
そしてさらに、水俣病患者と敵対するような立場(和解勧告を拒否するとはそういうこと)に立たざるを得なくもなったわけで、こういうことが山内豊徳を追い詰めていったのだと思う。
で、「しかし…福祉切り捨ての時代に」は後半ちょっと睡魔に襲われてしまい、飛び飛びでしか記憶がない。なので、結局どういう風に話がまとまったのか記憶がないのが残念だ(結局、原島信子が残したテープの中身も覚えていない)。全然つまらなかったとかではなく、時々抗いがたい睡魔に襲われるのだが、どういう帰結だったのかちゃんと観たかったなと思う。
一方の「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」も興味深かったが、伊那小学校については以前、『夢みる小学校』というドキュメンタリー映画で取り上げられていたのを観たことがあったので、概ね想定通りという感じではあった。「総合学習と言えば伊那小学校」というぐらい有名なところで、しかも公立学校というのが斬新だよなと思う。
さて、「牛を飼う」というのは単に牛の世話をするだけではない。例えば彼らは、「1年間のエサ代がいくら掛かるか?」という計算をする。これが算数の授業になるのだ。エサとしてあげる葉っぱの観察が理科の授業に、牛の絵を描くのが美術の授業に、そして牛小屋の前で歌っているシーンもあり、恐らく「牛に歌を聞かせてあげている」のだと思うが、これが音楽の授業になるのだ。
それだけじゃない。なんと彼ら、牛小屋も自分たちで作るのだ。本作に収められた映像には少なくとも、その牛小屋建設を大人が手伝っている様子はなかった(もちろん、木材を運ぶなど大人の手を借りないといけない場面もあるとは思うが)。基本的には、「牛を飼う」ことに関わるすべてを子どもたちが行うのだ。牛に食べさせる飼料を何にするか議論したり、自分たちで栽培したとうもろこしを売ってエサ代を稼いだりと、とにかくありとあらゆることに関わっていた。
そんな中で一番印象的だったのが、ローラを牧場に返さなければならない期日が近づいてきた頃に行われた話し合いだ。教師と児童が「どうしてローラを牧場に返さなければならないのか?」について話をしているのだが、児童の中から「来年6年生になったら色々忙しくなるので、3月で返さないといけない」みたいな意見が出る。
すると先生が、「お前ら、6年生になったら忙しくなるって、つまり、これまでの2年間は暇だったからローラを飼ってたってことか?」と突きつける。まあ、理屈で言うとそういう話になっちゃうよねぇ。で、児童たち沈黙。そしてそこから、みんな泣きながら色んな意見を出し合って、そうして気持ちを確かめ合った後、最終的に「いつローラを牧場に返すのか?」という日付を児童みんなで決めるのである。
この「児童みんなで」というのは結構徹底されているようで、作中では「総合学習の授業参観」(1000人以上観覧の人がいたらしいから、親だけじゃなく色んな教育関係者もいたのだろう)の様子が映し出されるのだが(ここでローラにあげる飼料の議論が行われた)、児童の1人が「先生はここまでの議論を聞いてどう思ったんですか?」と質問する。で、それに対して先生が「俺の意見、言った方がいい?」みたいに聞くと、また別の児童が「みんなで決めなきゃいけないから」と意見を出して、結局先生は何も言わない、みたいなやり取りがあったのだ。恐らく普段からそういうやり取りが徹底されているのだろうし、徹底的に「児童の自主性に任せる」みたいなスタイルが採られているんだろうなと感じた。
そういう意味で印象的だったのが、「『危ない!』みたいなことを言う大人が映し出されなかった」ことだ。もちろんそれも、使われていない側の映像には映っているのかもしれないが、しかしなんとなく、「大人が子どもの行動を制約しない」みたいなスタンスが徹底されている感じがした。児童たちは、近くの川辺の草を刈ってエサにしたりもしているのだが、小学生の女の子がデカい鎌をブンブン振り回して草を刈ってる姿とか「危な!」って思ったりしたけど、まあそういうのも普通なのだろう。そんな風に大人に制約されない環境も大事だと思うし、それが公教育の中で行われているというのも素晴らしいなと感じた。
というわけで、ドキュメンタリーとしてメチャクチャ良かったというわけではなかったが、「是枝裕和のキャリアはこういうところから始まったんだなぁ」と実感できたのも良かったし、満足出来る鑑賞だった。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートいただけると励みになります!