【映画】「ネタニヤフ調書 汚職と戦争」感想・レビュー・解説
本日2本目の映画。いやー、これはメチャクチャ面白かった。もちろんこれはFunではなくInterestingの意味だが、実に興味深い。少し前に観た映画『非常戒厳前夜』も、韓国の政治について全然知らなかった視点を与えてくれたが、本作『ネタニヤフ調書』もまた、イスラエルに関するまったく知らなかった視点を与えてくれる作品だった。
さて、本作は副題にもある通り「ネタニヤフ首相の汚職」についてかなり細かく語られる作品なのだが、さらにそれが「戦争」を含めた「現在の混乱した状況」にどのように関係しているのかも明らかにしている。というわけでまずは、本作が主張する内容についてざっとまとめてみたいと思う。
●ネタニヤフは「テロ対策の専門家」として名を馳せ、さらに「テレビの天才」と言われるほどのパフォーマンスによって政界に進出、1996年に40代の若さで首相に選出された。
●2015年に、敗北確実と言われていながらも圧勝したネタニヤフは、この頃から「自分を止められる者は誰もいない」と慢心し始めたのだろう
●ネタニヤフ首相には、収賄や詐欺など様々な疑惑があり、警察が2016年から捜査を開始。富豪や政府要人を含む数百人の関係者全員から話を聞いた(なんと、その尋問の様子を映した映像が流出したそうで、本作でも多く使われている)
●数年掛けて関係者の尋問を行い、ついに警察はネタニヤフ首相の尋問にも踏み切る(この尋問の映像も作中でふんだんに流れる)
●2019年、ネタニヤフ首相は3件の容疑で起訴された。しかし、刑事被告人となってからも辞任せず(これまで刑事被告人となった政治家は全員辞任してきた)、「法に基づき職務を全うする」と宣言する(ちなみにイスラエルでは、首相であっても有罪となれば当然収監される。元首相のオルメルトも、ネタニヤフよりも遥かに軽い罪だが有罪となり、刑務所に入れられた)
●起訴を受け、イスラエルの中道左派はネタニヤフを引きずり下ろそうとする。そこでネタニヤフは、元々そこまで過激な右派ではなかったのだが(彼の長男のヤイルの方が遥かに右寄りらしい)、「極右と手を組まなければ政権を維持できない」と判断し、右派過激派と連立政権を組む
●その過激派に属するスモトリッチとベングヴィルは、「数年前なら、ネタニヤフは一緒に写真に映ることも避けていた」という程過激な極右なのだが、ネタニヤフは自身の権力の維持のため、彼らをそれぞれ大臣に据えた
●スモトリッチとベングヴィルはパレスチナ人の排斥、ガザやヨルダン川西岸地区の併合などを推し進めるために様々な行動を起こす。
●さらに、「併合のためには最高裁が障害になると考えるスモトリッチ・ベングヴィル」と、「司法改革をすれば自身の裁判に有利な状況を作れると考えるネタニヤフ」の思惑が一致し、連立政権樹立から1週間も経たない内に「強気な司法改革案」を提出する。
●この司法改革案に抗議するデモがイスラエル国内で起こり、過去最大、39週にもわたる巨大なデモとなる。これにより国内は大混乱に陥った。
●しかしネタニヤフは、「戦争中だから」と審理延期を何度も要求した。映画冒頭では「戦争も権力維持の道具にしている」「戦争と政情不安を頼りに生き延びている」と紹介される
●さらにネタニヤフは、「ガザをハマスに、ヨルダン川西岸地区をファタハに支配させ、両者が繋がることを防ぐ」という目的のために、カタールを通じてハマスに10億ドル以上の資金援助をし、ハマスを延命させてきた
●そして2023年10月7日、ハマスがイスラエル南部を襲撃。多くの人を殺し、人質を取るという大事件が起こる。本作には、ネゲブにあるキブツという共同体で生活していた女性が登場したが、彼女の知り合いが90人以上も殺されたと語っていた。イスラエルでは、10月7日の惨劇の責任がネタニヤフにあると非難が起こる。作中でも、「彼が獣を養った」「ハマスを作ってはいないが、彼が養った」と強い言葉で非難していた。
●しかし、スモトリッチとベングヴィルはそんなこと意に介さず、ネタニヤフの信任を受ける形で戦争を継続している。ネタニヤフも「完全な勝利」という言葉を使いハマスとの戦闘の継続を主張し続けている。
というのが、本作の大まかな流れである。
本作で描かれていることが事実なら(僕は事実なんだろうと思っているが)、イスラエルの見え方がより変わっていくのではないかと思う。元々別に良い印象ではなかったと思うが、しかしなんとなくのイメージとして、「ハマスが悪者で、そんなハマスとネタニヤフは戦っている」みたいな見え方もあるように思う。僕は以前、映画『戦場記者』だったと思うけど、「ハマスは悪者だとされているけど、実は見方次第ではそうではない」みたいな描写を目にしたことがあり、「ハマスが一方的に悪い」みたいな見方はしていなかったが、ただやはり、世界中で大きく報じられた2023年10月7日の惨劇はどうしたって許容出来るものではないし、そして「そんなハマスとネタニヤフは戦っている」みたいな印象になるのもまあ自然な気もする。
しかし、そもそもハマスに資金援助をしてまで延命させていたのはネタニヤフのようだし、さらに遡れば「自分が刑務所に行きたくないからというだけの理由で極右と手を組み、そのせいで中東を大混乱に落とし入れている」わけで、ちょっと信じがたい話だなと思う。
映画では特に触れられなかったが、ネタニヤフが有罪になったらどうなるのだろう? 過去の事例では、自ら辞任していたらしいが、ネタニヤフは刑事被告人になっても首相を続けている。有罪になったら刑務所行きは間違いないだろうが、しかしもし「刑事被告人になった現状でも首相を辞めさせられていない」のであれば、「刑務所に収監されたとしても、任期が来るまでは首相であり続ける」なんてことになるんだろうか?(さすがに、有罪が決まったら自動的に首相の職を奪われる、みたいな法律はありそうだが) ちなみに、映画公開時点でも裁判は未だ継続中のようだ。
本作を観る限り、「ネタニヤフが起訴されなければ(つまり、ネタニヤフが汚職なんかに手を染めなければ)、中東は今のような混乱状態には陥っていなかった」と言えるように思うし、そうだとすればちょっとあまりにも罪が重すぎるだろうと思う。信じがたい人物である。
さて、本作はもちろん、元々イスラエル国内でも上映するつもりだったのだろうし(ただ結局、本国では上映禁止だそうだ。まあ、そうなるのも仕方ないが)、だとすれば、「起訴されていこうの出来事」はむしろイスラエル国民にとって周知の事実という感じがする。だから本作は、冒頭からしばらくの間ずっと、「ネタニヤフ首相がどのような汚職に手を染めたのか」という話が続く。
もちろん、その話もとても興味深い。ただ、イスラエル国民以外の観客にはやはり、「起訴されて以降のネタニヤフの狂気的な判断・行動」の方が興味深く映るんじゃないかと思う。本作では最初、「ネタニヤフとその妻サラが、葉巻やシャンパンを受け取ったかどうか」みたいな、言ってしまえば「せせこましい話」を長々とやっているので、正直あまり面白くなかったのだが、汚職の話にもいくつか段階があるし、葉巻やらシャンパンやらの話が終わってからの汚職の話は結構面白くなっていく。そしてさらに、繰り返しになるが、起訴されてからの異次元の展開には、ちょっと開いた口が塞がらないのではないかと思う。
さて、後半で映し出される内容で興味深い話についてもう少し触れておくことにしよう。
まず本作には、ネタニヤフの子ども時代の友人ウズィ・ベラーが登場する。彼は、「私は彼が2人いると認識している。1人はビビ(愛称なのか何なのか分からないが、ネタニヤフはこう呼ばれている)、そしてもう1人はネタニヤフだ。そう考えないと、理解できない」みたいに言っていた。そして作中では度々彼の発言が使われるのだが、その中でも印象的だったのが、「強気な司法改革案」を提出した後の行動についてだ。彼は、「私の国に対して彼がしたことは許せない」とはっきり口にしていたのだ。そしてその上で、デモの際に人々に、「ネタニヤフは国を引き裂いた破壊者として記憶されるだろう。法的に裁く意思と勇気を持って戦おう」と人々に連帯を呼びかけていた。ネタニヤフは友人が少ないらしく、「ネタニヤフの友人」となるとウズィの名前が必ず挙がるそうなのだが、そんな人物からも見限られてしまったというわけだ。この場面はとても印象的だった。
また、スモトリッチとベングヴィルの紹介もなかなか凄かった。スモトリッチは2005年8月にテロを企てたとして逮捕されている。また、ベングヴィルは1995年にオスロ合意の立役者であるラビン首相の暗殺を企てたという。実際には車のエンブレムを盗んだだけだったようだが、彼はカメラの前で「彼にダメージを与えることはいつでも出来ると思う」と話していた。そしてその3週間後に、首相は実際に暗殺された。それでなんと、ベングヴィルは徴兵を免れたそうなのだが、その理由が「裁判所がテロへの関与を認めたから」なのだそうだ。なんとも言えない話である。
また、本作では前半で妻サラについても色々語られるのだが、そんなサラについて後半でも言及がある。10月7日の襲撃で多くの人が人質に取られたのだが、その家族に対してサラが「助けてほしければ、首相について良く言うように」と発言したと報じられたのだ。ムチャクチャである。ネタニヤフは実は、30年前に性的スキャンダルを起こしており、この時を境に夫婦のパワーバランスが変わったそうだ。多くの人が、「ネタニヤフは妻を恐れている」というような主旨の発言をしていた。サラは積極的に政治判断に介入するようで、ある人物は「ネタニヤフが認めた人物・事案でも、サラの承認がなければ進まない」と話していた。ネタニヤフもヤバいが、サラは更に輪をかけてヤバいかもしれない。
というわけで、ここからようやく、前半で語られる汚職の話に触れたいと思う。
扱われる疑惑は主に3つ。1つ目は「高額な贈り物」、2つ目は「アーノン・ミルチャンに対する優遇と核関連設備購入の依頼」、そして3つ目が「シャウル・エロヴィッチへの2億5000万ドルの資金援助と、その見返りとしてのニュースサイトの掌握」だ。
1つ目の話はシンプルだ。政治家は金も物も受け取ってはいけないのだが、ネタニヤフやサラは、高価な葉巻やシャンパン、ネックレス、指輪などを富豪などから受け取っている。ネタニヤフはそれらを「友人からのプレゼント」だと主張しているが、さすがにそれは無理があるだろうという金額だ。作中では「25万ドルが絡む」みたいな表現が出てきた。2015年からそういう行為が始まっていたとすれば、捜査が始まった2016年時点なら1年間、起訴された2019年時点なら4年間で25万ドルということになる。いずれにせよ、かなりの大金と言っていいだろう。
この疑惑に関しては、ハリウッドのプロデューサーとして名を馳せたアーノン・ミルチャンの元アシスタントがかなり詳細な証言をしており、「葉巻は『緑の草』、シャンパンは『ピンク』と隠語があった」と言っていた。別の人物も「贈り物を渡すシステムが出来上がっていた」みたいに言っていて、かなりシステマティックに贈答品が届けられる仕組みになっていたようだ。
さて、これももちろん犯罪だが、まあどうでもいいと言えばどうでもいい。そして、2つ目のアーノン・ミルチャンに対する優遇も、「ミルチャンが得する節税のための法律が存在し、その期限延長をミルチャンが求めていて、それを受けてネタニヤフが財務相に相談した」という話で、まあどうでもいいと言えばどうでもいい。
ただ、ミルチャンに対しては、30~40年前らしいが、「核関連設備の購入」というミッションがネタニヤフから与えられたらしく、アメリカもこれを問題視していたそうだ。しかし当のミルチャンは後にこの仕事を自慢げに話していたそうで(ジェームズ・ボンドのような仕事を20代で任された、と自慢していた)、それがアメリカの逆鱗に触れ、アメリカでビザ停止と国外追放になりかけたのだそうだ。ハリウッドで活躍する彼には致命的な措置である。それでネタニヤフに頼んでどうにか回避してもらった、らしい。ただまあ、この辺も「勝手にやってくれ」的な話である。
個人的に「うぉっ!」と感じたのが、シャウル・エロヴィッチに関する疑惑である。イスラエル最大手の通信事業者である彼は、ノキアの輸入販売で財を成し、その後銀行から大金を借り事業拡大を狙ったそうだが、2016年の終わり頃には深刻な状況に陥っていた。数十億ドルの返済期限が迫っていたのだ。そこでネタニヤフを頼り、2億5000万ドルの資金援助を得たという。
しかしネタニヤフは、何を見返りにそんなことをしたのか? 実はエロヴィッチは、「Walla!」というニュースサイトを持っていたのだ。若者が多く閲覧し、1日で数十万アクセスを有する人気サイトであり、そしてネタニヤフはこのサイトに、自身に友好的な記事を載せるように求めたというのだ。
本作には「Walla!」の元編集長だという人物も登場し、「突然解雇された」と話していた。言われた時には理由がさっぱり分からなかったが、後でメールを見て状況を理解したという。ちなみに、「Walla!」の経営者2人は共に「スマホが壊れた/池に落とした」と主張したが(もちろん、証拠になるやり取りを見られないためである)、「Walla!」のある人物がすべてのメール等の記録を警察に提出し、どのようなやり取りがあったのかは明らかになっている。ネタニヤフから圧力があったことを証明する、かなり客観的な証拠となるだろう。
というわけでこんな感じかな。中東の混乱については正直「意味が分からん」という感じだったし、もちろん「数千年に渡る宗教的な争い」があることも間違いないのだが、実は「ネタニヤフ首相の個人的な動機」がこの混乱を引き起こしているのだと知れて、非常に有益だった。まあ実際にはそう単純に捉えるのも違うんだろうなと思うが、1つの視点としては持っておいていいと思うし、こういう認識を元に色々考えていくべきなんだろうなとも思う。
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