【映画】「デッドマンズ・ワイヤー」感想・レビュー・解説

これはなかなか凄かったなぁ。映画としてどうこうというより、元になった実話が強烈だ。なにせエンドロールの最中に、当時の実際の映像も流れるのだが、もうちょっと信じがたいというか、「そんな状況が成り立ち得るんだ」という驚きに満ちていた。

で、映画を観ながらずっと考えていたのは、「その後の犯罪者はどうして『デッドマンズ・ワイヤー』を使わないのか?」ということだ。これ、最強じゃないか?

さて、凄い状況は色々とあるのだが、最もあり得ない状況を説明しよう。本作では、トニー・キシリスというおとこが不動産ローン会社の重役を人質にとって立て籠もるのだが、そんなトニーが生放送で記者会見を開く場面がある。もちろん、人質をとっている最中だ。彼は人質にショットガンを向け、カメラがたくさん集まる会見場へとやってくる。もちろんそこには警察もいた。警察は別に、トニーから離れたところにいるわけではない。何なら、トニーとゼロ距離ぐらいのところにいるのだ。ちょっと手を伸ばせば、トニーのショットガンぐらい奪えそうな距離に、複数人の警察官がいる。にも拘らず警察官たちはトニーを拘束しようとせず、トニーは人質に銃を突きつけたまま全国ネットで自身の主張を繰り広げるのだ。

そんなの、小説でも読んだことない気がするし、これまで映画でも見たことのないシーンである。

どうしてそんなことが実現するのか? そこに、本作のタイトルでもある「デッドマンズ・ワイヤー」という装置の存在が関係している。図がない状態でどう説明しても恐らくイメージは難しいと思うので、公式HPに書かれている説明をそのまま抜き出しておこう。

【ソードオフ(先端を金切りのこぎりでカット)したショットガンの先に、人質の首に括り付ける用のワイヤーを輪にして取り付ける。そして、引き金と自分の首を括り付ける用のワイヤーを同じように輪にして取り付ける。人質が離れようとしたり犯人に危害が加えられると、自動で引き金が引かれ発砲される仕組みになっている。】

要するに、「トニーが倒れたりすると自動的にショットガンが発射されてしまうので、警察は手出しできない」ということのようだ。だから、トニーのゼロ距離にいる警察官も、トニーには手が出せないのだ。トニーは重役を彼の会社で拘束したのだが、「デッドマンズ・ワイヤー」を繋いだ状態で会社の建物から出て、パトカーを奪い、そのまま自宅に戻っている。この間ももちろん、たくさんの警察官がトニーを取り囲んでいるのだが、やはり「デッドマンズ・ワイヤー」のせいで何も出来ないのだ。

でだな。僕は本作を観て、「だったら何故、人質を取るような犯罪者はみんな『デッドマンズ・ワイヤー』を使わないんだ?」と思った。ちょっと調べても良く分からなかったのでChatGTPに聞いてみて、大体理解できたように思う。

まずは、「交渉材料である人質を不測の事態で殺してしまう可能性がある」という。確かにこの点に関しては、本作にもそれを示唆する描写があった(さらにこの場面は、エンドロール中に流れた実際の映像でも記録されていた)。それが「トニーが雪で足を滑らせるシーン」である。結果として装置は作動しなかったが、ちょっと何かが違っていれば発射されていただろう。自らの意志で人質を殺すならまだしも、予期せぬ状況で死なせてしまったら交渉もクソもない。そういうリスクを犯人側が避けているのだろう、ということらしい。それに、トニーも手作りで装置を作ったようだが、その場合、やはり信頼性が低くなるので、そういうリスクもある。

さらに、「人質事件の多くは突発的」という理由もあるようだ。「計画的な人質事件」がそもそも少なく、だから「あらかじめ準備しておく」みたいなことは出来ないというわけだ。

他にも色々書かれていたが、ChatGTPはさらに、「何故1977年の事件では使われたのか?」についても説明してくれている。それは丸々コピペしよう。

【トニー・キリツィスの事件は少し特殊でした。
彼の目的は銀行強盗のような逃走ではなく、
●自分の主張を世間に聞かせる
●警察に強制突入させない
●長時間メディアの注目を集める
ことでした。
その目的には、
「私を撃てば人質が死ぬ」
という仕組みが非常に効果的だったのです。結果として63時間もの膠着状態となり、全米の注目を集めました。】

まあそんなような理由から、犯罪史においてもそうそう使われた実例がないのだそうだ。

ただ、僕は今まで結構ミステリ・サスペンス小説を読んできたけど、「デッドマンズ・ワイヤー」って名前を聞いたこともないし、そういう状況設定のものも記憶にありません。念のためChatGTPにも聞いてみただ、やっぱり日本の小説・映画だと「思い当たる有名作品はない」という回答だった。そうだよなぁ。結構興味深い状況設定だから使ってる作品があってもおかしくない気はするんだけど。

というわけで、本作はそんな「犯罪史においても創作においても実例がかなり少ない『デッドマンズ・ワイヤー』を使った作品」であり、そうであるが故の「異様な状況」に満ちた作品だったなと思う。

で、もう1つ本作が面白いのは、これも「デッドマンズ・ワイヤー」を使っているからこそではあるのだが、「トニーが、彼の事件にまさに対処している警察官らと親しげにやり取りを交わすシーンが多い」ということだろう。よく分からないが、トニーは警察の中でも割と知られた人物(犯罪歴はないみたいだが)らしく、だから軽口を叩ける相手が結構いる。で、トニーはまさに犯行の最中にも、会社から車に乗り込むまでとか、生放送の記者会見中など、周囲の警察官といろいろとやり取りをするのだ。

で、ここからは僕の想像だが、「それによって、トニーの『自分は犯罪者ではない』という認知が強化されたのではないか」という気がしている。それが、本作で描かれている事件のもう1つ特異な点ではないかと思う。

僕がそんな風に考えたのは、事件がどう解決したか(人質がいかに解放されたか)の顛末を見たからである。いや正直、ちょっと信じがたい展開だった。で、そういう展開になったという事実を受け入れるためには、「トニーが本当に『自分は犯罪者ではない』と信じ込んでいる」という状況が必要になるように感じられたのだ。

実際に彼は記者会見の中でそんなようなことを言っていた。うろ覚えだが、「こうやって皆に話を聞いてもらえなかったら、俺はただの犯罪者だからな」みたいなことを口にしていた気がする。これは要するに、「『自分は犯罪者ではない』と思っている」ということの裏返しでもあるだろう。

いや、どう考えても犯罪者なんだが、「彼はそう思っていなかった」ということが重要なのであり、「そのお陰で事件は解決した」という風にも考えられるかもしれない。で、その背景として、「こんなゼロ距離にいる警察官が手出ししてこないんだから、俺は悪いことをしてるわけないよな」みたいな無意識の感覚が影響したんじゃないかという気がしたのだ。まあ先述の通りこれは僕の想像にすぎないが、その想像が当たっているとしたら、色んな状況がねじれまくってて面白いなと思う。

また本作で扱われている事件では「トニーと警察の間に、地元のラジオDJが入っていた」という点も大分おかしな点だと言っていいだろう。トニーがフレッド・テンプルというDJのファンだったとかで、それで「警察の言うことは聞かないがフレッドの言うことなら聞く」みたいな状況になっていったのだ。これもまあ、すこぶる変な話だと思う。

さらに、その後の話もちょっと凄い。本作においてはほんの僅か描かれたに過ぎないが、たぶんここだけでも映画一本(は無理かもしれないが、中編ぐらいにはなる?)撮れるんじゃないかというぐらい物語がありそうな気がする。とにかく、元になった実話が結構ぶっ飛んでて、「こんなことが実際にあったんだなぁ」と思いながらずっと観ていた。凄いものだ。

さて、本作は冒頭で「実話を元にした物語」と表記されるが、それでもトニーと人質のやり取りなどはかなりフィクションが混じっているだろう。で、そんな「密室でのやり取り」も面白かった。

トニーと人質の会話ももちろん興味深いのだが、やはり凄かったのが、フロリダに出張中で現場付近にいなかった人質の父親である社長とのやり取りだろう。というかそもそも、トニーは社長を拘束するつもりだったのだが、予期せぬ出来事があって結局その息子を拘束するしかなくなってしまったのだ。「本当は父親の方を拘束していたはずだったのに」とか「あのクソ社長に謝罪させないと気が済まない」とか「成り行きでしんどい目に遭わせてしまっている息子の方には申し訳ない」みたいな色んな感情が渦巻いていてグチャグチャしている感じが面白いなと思う。

そんなわけで、個人的には「実話のイカれっぷり」がベースにあるからこそ随所で異様な、あるいは面白い状況が生まれているように感じられたし、そういう展開が実に興味深かった。しかしホント、世の中では色んなことが起こるものだよなぁ。


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