【映画】「ギフト 僕がきみに残せるもの」感想・レビュー・解説
死に方の理想はある。
「死ぬ」と思ってから実際に死ぬまでの時間が短ければ短い方がいい。
例えば、交通事故で死ぬのなんか、最高だと思う。脳溢血とか心臓発作とかもいいな。
その次の理想は、自分がいつ頃死ぬのか、大体分かっている死に方。余命を宣告される、というようなものだ。
僕は昔からずっと思っている。人間は誰しもが、どうせいつかは死ぬ。それなら、いつ死ぬのかを知った上で生きたいな、と。そうすれば、余計なお金も貯める必要はないし、死ぬ日まで何をするのか明確に意識しながら生きていけると思う。
とはいえ、だからと言って、ALSは辛いなと思う。身体中の筋肉が動かせなくなり、最終的には肺の筋肉が動かなくなり死に至る。未だに治療法は確立されていない。通常の病気であれば、余命宣告を跳ね除けて長生きする場合もあるだろう。しかし、ALSの場合、それはほとんどあり得ない。確実に、数年以内に死を迎える。その確実さには少し憧れるが(などと書くと、ALSに苦しんでいる方には申し訳ないが)、とはいえやはり、その数年間はあまりに過酷だろう。
自分がALSになったらどうするだろうか?
映画を見ながら、そんなことばかり考えていた。
内容に入ろうと思います。
スティーヴ・グリーソンはかつて、NFLのチームでラインバッカーを務めた選手だった。小柄ながら誰もが認める攻撃力を有していて、「頭のネジが飛んだヤバイプレーをする」と称されるほどだった。彼の名を一躍有名にしたプレーがある。相手が蹴り込んだフットボールに捨て身で飛び込んで阻止する「パントブロック」。現役を引退するまで、スティーヴはこのプレーによって多くの人の記憶に刻まれることになった。
2011年、スティーヴはALSと診断された。そしてその数週間後、妻のミシェル・ヴァリスコの妊娠が分かった。
彼は決めた。未来の子供のために、ビデオ日記を残そうと。
動かなくなる身体、声に出しにくくなっていく言葉。日々出来ないことが増えていく中で、彼は病気に負けない意思を強く持ち、妻とともに走り抜けていく―。
というような話です。
なんとなく観る前から予想していたことではあったんだけど、やっぱり僕はこういうハートフルな映画を観ても、あまり心が動かない。スティーヴの不屈の闘志、ミシェルの献身的な介護、息子の愛らしさ、そういうものを観ても、ふーんとしか思えない。人間的な感情が欠如していることは自覚しているので別にいいんだけど、映画を観ながら、やっぱりな、と思いました。
映像的に面白いと思ったのは、家族の恥部まできちんと映画として組み込まれている点。夫婦喧嘩の場面や、スティーヴが浣腸されるシーンなど、かなり広い範囲に渡って家族の細部が切り取られていく。その意味でなんというのか、この映画は、ただALS患者の映画として観るべきではないな、という感じはした。もちろん、スティーヴがALSを発症したからこその家族の有り様なのだけど、しかし同時に、家族に降り掛かってくる困難といかに関わるのかという普遍さを持っている。彼らが、家族の恥部を余す所なく見せることで、この映画はそういう性質を獲得できていると僕は感じた。そういう意味では悪くないと思う。
映画を観ながら頭の片隅で考えていたことは、自分がALSになったらどうするか、ということだ。選択肢はいくつかある。まずは、診断された時点で自殺すること。これは、選択肢としては悩ましいが、やはり誰かに迷惑を掛けてまで生きていたくはないなという気持ちが強くあるから、選ばないとは言い切れない。あるいは、僕は結婚するつもりがないので、ALSを発症した時点で独身だという想定で考えるが、自分が楽に一緒にいられる相手に頼み込んで、しばらくの間生活の補助をしてもらう、というもの。最終的には実家に帰って看病してもらわざるを得ないだろうけど、そうなるまでの間、この人と思う人に頼み込んでみたい気はする。まあこれは、なかなか勇気がいることだから、実行に移せなそうだけど。
ALS患者は、人工呼吸器を装着する手術をすれば延命できる。現実的には、24時間の介護と高額な医療費が掛かるので、95%の人がこの処置を拒むという。僕も、そうまでして生きていたくないという感覚が強いので、きっと拒否するだろう。
死に方は、そう簡単には選べない。自分がどんな死に方に直面しようとも、人として真っ当にありたいと思うけど、どうだろうな。
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