【映画】「Ryuichi Sakamoto: Diaries」感想・レビュー・解説
2023年3月28日に亡くなった坂本龍一。その晩年を、彼が記していた日記をベースに振り返るドキュメンタリー映画である。坂本龍一本人にもカメラは密着していたようだが、もちろんずっと張り付いていたわけではないだろうし(さすがに病人にそんなことは出来ないだろう)、だから作中でもそういう映像は少ない。カメラの前でインタビューに答えるシーンも多少はあるが、それも多くはない。
なのでそれ以外は、「イメージ映像のような背景写真に、坂本龍一の日記の文面を表示する」みたいな映像が多かった。ちなみに、作中で日記を朗読しているのは田中泯である。
また、映画冒頭で注意書きが表示されるが、作中では東日本大震災やウクライナ侵攻の映像も使われる。生前、坂本龍一が関わりを持っていたものだからだ。というわけで、「生前の坂本龍一の姿を収めている」という感じの作品ではあまりなく、「このような状況下でこのような日記を記していた」ということを紹介するような作品と言っていいだろう。僕はそういう構成で全然問題ないのだが、「坂本龍一の姿が観たかった」と感じる人もいるかもしれないと思い、一応触れておくことにした。
20201204(年とか月とか書くのがめんどくさいのでこのような表記にする。実際、作中でもこのような表記で日記の日付は提示される)の日記に、「肝臓に3cm大の腫瘍があると言われる。うーん。ちょっと前にはなかったのだが」と書いており、その数日後の20201211の日記に「ステージ4のがん。余命半年」と書かれている。本作はこの辺りから描写が始まっていく。
ちなみに、同じ20201211の日記には、こんな風に書かれていた。
【現実なのか?
現実感がない。
何もせず半年過ごすのか、副作用に耐えながら5年生きるのか。
やり残したことがあると感じるかどうか。】
そしてその翌日20201212には、
【耐えられなければそこで辞めればいいか。
あるいは今安楽死を選ぶか。】
とあり、さらにその翌日の20201213に、予告編でも使われているあのフレーズが出てくる。
【手遅れだという。死刑宣告だ。
しかし何を見てもこれが最後だと思えて悲しい。
俺の人生終わった。】
がんが発覚した時点の坂本龍一はかなり揺れているようだし、どちらかと言えば「生きることに絶望している」みたいな印象にも感じられる。しかし、作中に登場した笠原群生医師は、12月13日に直接電話をもらい、「あと10年は音楽を作りたい」と言われたと話していた。彼が「頑張りますか?」と聞くと、「頑張ります」と答えたそうなので、これで抗がん剤の治療をすることが決まったそうである。
本作を観ながら僕が感じていたことは、ありきたりだけど「天才の孤独」みたいなことだ。彼は「がん」という、割と多くの人が直面する病気を患い、そしてそれによって死に直面することになる。もちろんそれは大変な状況ではあるが、しかし、多くの人が同じ経験をしているわけで、そこで共感なり相互理解なりをする、みたいなことがあってもいいような気がした。
しかし、本作で映し出される坂本龍一には、そんな雰囲気はなかった。まあ、通院はしているだろうが、手術前後以外は入院せずNYの自宅にいたわけで、がん患者と関わる機会がなかったということもあるだろう。しかし、病気になってからも彼は、『日本精神分析』や『純粋理性批判』などの本を読んでいた。「病気になった自分や他者」みたいなものに目を向けるのではなく、「思考」のための行動をしているのだ。
最晩年に坂本龍一のインタビューをしていた鈴木正文は、「話す人がいなかった」「本が無二の親友」みたいな表現を使っていた。勝手な想像ではあるが、概ね誰と喋っていても「つまらない」みたいに感じられてしまったんじゃないだろうか。だから、過去の偉大な人物の本を読む。まさにそれこそ「対話」であり、そして死に際してもなお、彼は「思考と対話」を希求していたということなのだと思う。
そしてそれはやはり、大いなる孤独だよなと思う。
20210131の日記に、こんなことが書かれていた?
【このような状態の時、
俺の感情は? 俺の思想は? 俺の音楽は?
何もない、何も聞こえない、何も言いたいことはない。】
恐らく病気のせいだろう、今までと比べて思考がクリアに出来ない、あるいはそもそも思考が浮かばない、みたいな状態になって、その苛立ち、というか「虚無」と言うべきだろうか、そういうことを訴えているような文章だなと思う。
また、音楽との関わり方も大きく変わったようだ。彼は手術前後の入院中、よく「雨のYouTube」を観ていたそうだ(その実際の映像も流れる)。そのことについて彼が直接語っている音声があった(インタビューとはまた違う形で、音声だけが流れる場面もちょっとある)。
【入院中は音をひたすら聞いてました。音楽というよりは、音ですね。
音楽を聞くのってエネルギーを使うから、自分にエネルギーがない時は音楽を受け止めるだけの体力がないんです。
雨の音は100点です。救われました。】
そしてその後、退院した日の20210303の日記に、
【音楽を聞けない、雨の音しか聞けない感覚を忘れずに作品を作る】
と書いていた。恐らく、人生のほとんどの場面に音楽が存在してきただろう坂本龍一でも、「音楽を聞けない」という状況になることがある。とすれば、他の人も同じようになってもおかしくないだろう。そういう感覚を、がんを患ったことで理解したのだろうし、新たな創作の源泉にしようと考えたのだと思う。
20210722の日記には、
【音楽をやっている時は体の不調を忘れられて楽しい】
と書いている。
しかしやはりそうも言っていられないことの方が多かったようだ。こんな話をしていた場面がある。
【生きるのってめんどくさいですよね。
筋力が落ちちゃうと、どうも主体性も弱まるみたいなんです。
苦しい思いをして延命治療をしたところで、何か楽しいことがある? って、ぶっきらぼうになっちゃって。】
20221105の日記では、「こんなんで生きてるって言えるのか?」みたいにも書いていたが、やはり彼の場合は、「音楽を作る/演奏する」みたいなことが叶わない日常には意味が見いだせないのだろうし、だから、ジャン・リュック・ゴダールがスイスで安楽死したというニュースが流れた時にも「こんな風に死のうかな」みたいに口にしたそうだ(先述の鈴木正文がそう証言していた)。
さて、作曲に関して度々出てきたキーワードが「雲」である。19670420(15歳ぐらいの時の日記)にも「雲」に関する言及があったし、彼の叔父(だったかな?)も、「昔ケニアで、もの凄く静かな中で雲が動いている音が聞こえる感じがした」みたいなことを話していたのを印象的に覚えていると語っていた。その頃から「雲の音楽を作りたい」みたいに思っていたようである。
さらに、20220129の日記にはこんな記述があった。
【夕焼けを観ていたら、雲のゆっくりとした動きに気がついた。
東京でいったい何人がこれを見ているのだろう?
雲の動きは、音のない音楽のようだ。】
2022年11月のインタビューでは、「音楽は時間芸術と言われていて、始まりと終わりがあるとされているけど、そうではないものを作ろうともがいていたここ20年だった」みたいな話の後で、さらにこんな話をしていた。
【雲って形があるようでないですよね。音楽もそれと同じだなと。
雲の形が変わっていくのを見ているだけで十分だなと思うんですけど、
じゃあ自分がそこに何を足せるんだろう、みたいなことを考えている。】
彼は病気になってからも交響曲を作っていたようで、この雲の話とその交響曲と関係あるんだったかちゃんと覚えていないのだけど、最終的に「Untitled/Unfinished」というタイトル(というか、これは別に坂本龍一がつけたタイトルではないのかもしれないけど)の交響曲が作中で流れていた。
結局のところ、「雨の音しか聞けない感覚を忘れずに作曲が出来たのかどうか」はよく分からないし、がんを患ったことが創作に何かプラスをもたらすことがあったのかも何とも言えない。ただ、亡くなる前に子ども4人が彼の病室を囲んだ際のことについて話す中で、次女が「『良い人生だった』って言ってたのが印象的だった」と話していたので、本人としてはそれなりに満足の行く人生だったのだろうと思う。また次男が、「死ぬことに対して何か楽しみなことってある?」と聞いたそうなのだが(こういう、親族にしか聞けない質問とか興味深い)、それに対しては「死に対する恐怖は完全になくなった」みたいな返答をしていたそうだ。なんとなく的外れな返答な感じもするが、坂本龍一はもしかしたら、「自分は死の直前まで恐怖を感じるのか?」みたいな関心を持っていて、「そうではないことが分かった」ということが「楽しい」という感覚に思えていたのかもしれない。
亡くなる2日前には、自身が監督を務める東北ユースオーケストラの定期演奏会があり、その様子をスマホで表示しながら指揮をしていた。また、亡くなる1時間前の映像も流れるのだが(ただし手の部分だけ)、既に意識を失っているにも拘らず、まるでピアノを弾いているかのような手の動きが見られたという。亡くなる直前まで音楽家だったと言っていいだろう。
音楽家なのに「教授」と呼ばれていたその特異な存在感が存分に感じられるドキュメンタリー映画だったなと思うし、実に興味深い作品だった。
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