【映画】「ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生」感想・レビュー・解説
音楽にもピアノにも別に興味はないのだが、やはり人間に関心があるのでドキュメンタリーは観に行ってしまう。ただ本作は、全体の1/4~1/3ぐらいがピアノの演奏シーンで、個人的にはドキュメンタリーとしての密度は薄いかなと思ってしまった。もちろん、彼の演奏を聞きたい人にとっては良い映画だと思う。
さて、僕はもちろんブーニンのことは知らなかったのだが、どうやら日本でかなり人気のピアニストらしい。もちろん、世界的に人気なのだが、日本でもかつてかなりの熱狂があったようで、ショパン国際ピアノコンクールで1位を獲得した後の来日公演では、あまりに希望が殺到し、国技館での追加の公演が組まれたという。その際の映像も使われているが、観に来ていた女性たちがアイドルに熱狂するかのようにブーニンに興奮していて凄かった。
で、驚いたのが、本作が日本の映画(NHKが制作しているらしい)だということ。絶対に外国の映画だと思っていたので、驚かされた。で、どうして日本が本作を制作しているかというと、彼がかつてドイツと日本を拠点に世界で活動していたからということも関係しているだろう。彼は「初めて”会った”日本人は芥川龍之介だ」と語り、彼の作品を読むことで「神秘の国日本」への思いを高めていた。そしていざ来日すると、日本の魅せられたのだそうだ。結局彼は日本人女性と結婚した。恐らく、ほぼ日本に住んでいるみたいな感じなんじゃないだろうか。
というわけで、僕は全然知らなかったのだが、かなり日本と縁の深いピアニストのようで、だから、ロシア(というかソ連)生まれのピアニストのドキュメンタリー映画を日本が作ったりすることにもなるのだろう。
で、彼はとにかく天才らしいのだが、その天才エピソードで一番凄いなと思ったのが、先述したショパン国際ピアノコンクールでのことである。歴史あることのコンクールでは、どうやら「拍手」が禁じられているらしい。なのだが、彼と同じ大会に出場したある人物が、「拍手が禁じられているにも拘らず、観客は総立ちで拍手喝采だった」「そんなこと、後にも先にもこの時だけだった」みたいに話していたのである。当時19歳だったブーニンは、圧巻の演奏で優勝をかっさらい、一躍世界にその名を轟かせたというわけだ。
そして世界中でコンサートを行う人気のピアニスト(ソリストというのか?)になったのだが、2013年に突如すべてのコンサートをキャンセルし、姿を消したという。
割とこういう場合、「精神的に追い詰められて」観たいなことが多いように思うが、ブーニンの場合は全然違った。むしろ徹底的に身体的な問題だったようだ。まず、長年酷使したせいで左肩に負荷がかかり、左手が麻痺するようになったらしい。石灰沈着性腱炎だそうだ。さらに左足の骨折に端を発し、最終的には左足の一部を切除せざるを得なくなったという。ペダルを踏むだけでなく、演奏中の身体を支える柱としても足は大事だそうで、この不幸な出来事により、シンプルに演奏が困難になってしまったそうだ。
彼は冒頭で、「演奏家は不安を抱くものだ」と言って、3つの不安を挙げていた。「失敗するかも」「作曲家が望んだことを伝えられないかも」「身体的な条件で実現できないかも」の3つだ。そして中でも彼は「作曲家が望んだことを伝えられないこと」を一番恐れているようだ。そのため、「完璧でなければ披露出来ない」みたいに考えていたのだろう。
そんな夫を復帰までアシストしたのが妻だった。彼女は、「夫のことは大好きだが、死んだような夫は嫌だ。ピアノを弾いている夫であってほしい」と言い、彼の背中を押した。ブーニン自身も、「完璧じゃなきゃ」という感覚から、「技術的に完璧じゃなくても、観客を感動させられる演奏をしたいと思えるようになった」みたいなことを言っていた。
ただやはり、「ある程度高レベルに弾けるもの」と自分で決めているようで、あるコンサートでは、事前に演奏すると予告していた曲を披露しなかった。どう練習しても、納得行くレベルの演奏にならなかったからだそうだ。この辺り、奏者としてのプライドみたいなものも絡んでくるだろうから難しいなと思う。
で、それに関連すると思うが、「ブーニンは、自分が『完璧ではない』と考えている演奏をして拍手を受けることを嬉しいと感じるのだろうか?」みたいなことを感じさせられた。いや、本人が「観客の感動を求める」みたいなことを言っているのだから考えは変わったのだと思うけど、ただそれはそれとして、「この程度の演奏で結局みんな満足するんだな」みたいななってしまうような気もして、その辺りの折り合いをどんな風につけているんだろうなと感じたりもした。
恐らくだが、ごく一般的な観客であれば「ブーニンが演奏してくれている」というだけで十分なのだろう。だから、間違いなくそこに「感動」は生まれている。しかしそれは、本質的な意味では「ブーニンの演奏」がもたらしたものとは言えないだろう。むしろ「ブーニンの存在」が生み出した「感動」である。それは、想像するに、かなり残酷な状況だなと思う。「望んだ通りにピアノが弾けなくなったこと」ももちろん大きなダメージだっただろうが、「自身の存在意義」みたいなものを揺るがされるみたいな感覚もあったんじゃないかと思うし、それもかなりのダメージだったような気がする。
というわけで、正直ドキュメンタリー映画としては物足りない感じもあったが、ブーニンのことをまったく知らなかったので、そういう意味では興味深い話は色々あった。60歳を間近に控えたインタビューで、「(20歳からの)40年を振り返ってどうですか?」と言われ、「色々ありすぎて大変だった」みたいなことを言った後で、「だからまた40年後に同じ質問をして下さい」と言っていたのがなかなか面白かった。40年後だとほぼ100歳。絶妙にまだ生きている可能性があるってのも良い返答だった。
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