【映画】「ある男」感想・レビュー・解説

映画館で映画を観終えた後、スマホを開いたら、面白い通知メールが届いていた。Facebookから「パスワードを変更しましたか?」と連絡が来ていた。その後も、「メールアドレスを追加しましたか?」「メールアドレスを削除しましたか?」と通知が。まあ、乗っ取られたのだろう。

そもそもFacebookは、アカウントを作っただけでほぼ使用していないし、確か誰も友達申請をしていないはずなので、乗っ取られたところで問題はない。パスワードも、ある時期一気に変更したので、Facebookで使っていたパスワードで他の何かに侵入されることもない。だからまあ放っておこうと思うのだけど、まさに「なりすまし」を描く映画を観終えた直後にそんなメールが届いていたので、とても印象的だった。

映画『ある男』は、結婚し、子どもをもうけ、幸せな家庭を気づきながら、仕事中の事故で命を失ってしまった夫が、戸籍上の人物とはまったく関係がないことが判明する、という物語だ。平野啓一郎の原作小説は読んでいないが、出版された当時かなり話題になっていた記憶がある。

原作がどうなっているのか分からないが、この物語の面白いポイントは、メインとなる人物が「まったくの別人だった男の妻」ではなく、「この調査を依頼された弁護士」だという点だと思う。映画は冒頭からしばらく、後に「X」と呼ばれることになる男と、文具店で働くバツイチの女性が出会い、結婚し、幸せな生活を送る過程が描かれていく。そして夫の死後、戸籍上の人物とは関係ないことが判明し、当然、妻自身も様々な葛藤に揺れる。

しかし、それ以上に揺れるのが、本来的にはまったく関係ないはずの、調査を依頼された弁護士である。

初めの内、その理由はよく分からないのだが、次第にその弁護士が「在日朝鮮人3世」であることが分かる。映画では、「義理の父親が、生活保護受給者は日本人ではなく朝鮮人などの外国人だと口にする」「テレビでヘイトスピーチに関する特集が流れる」「獄中にいる囚人から『在日だろう』と指摘される」など、彼のアイデンティティの揺らぎを描くシーンがところどころで描かれていく。

そして彼のそんな心情が、「過去をすべて消し去りたい」と考え実行に移した者たちに重なるというわけだ。

自分に否応なしに付随する「何か」を振り払いたいと感じることはある。僕は別に、この映画で描かれるような大変さを抱えているわけでは決してないが、それでも、生まれながらに決まっていることとか、過去に自分がしたことなど、剥がそうと思っても剥がれないものに、なんとなくイライラしてしまうことはある。

ただ、映画を観ながら、「結局、自分の『記憶』は消せないんだよなぁ」とも感じた。戸籍を変えることで、確かに、「他人からの見られ方」を変えられる可能性はある。映画の中で弁護士が、「こうまでしないと、生き直せない人が、世の中にはいるんです」と声を荒らげる場面があるが、確かにその通りだろう。自分が何か間違いを犯したのであれば、そのまま生きて償いべきだと思ってしまうが、自分のせいではないのに何かを背負わされてしまっている場合、そこから逃れるために「戸籍を変える」という選択肢は、決して良いとは思わないが仕方ない場合もあると思う。

ただそれでも、「記憶」は消せない。劇中でも、「『記憶』を消すことだけはできない」ことを示唆する場面が何度か描かれる。鏡に写った自分を見て震えるのだ。まさにそれは「記憶」に苛まれているのである。

結局、そのことが一番辛いように思う。自分の記憶から逃れられず、自分の記憶が自分を苦しめ続ける状況が。

そんなことを考えさせられた。

内容に入ろうと思います。
離婚し、宮崎の実家の文具店を手伝う武本里枝は、度々店を訪れる男性に「友達になってください」と声を掛けられる。谷口大祐と名乗ったその男性は、絵を描くのが好きで、その絵を見せに来てくれた。市役所で、彼のついての噂が耳に入ったことがある。伊香保温泉にある旅館の次男で、林業をしているそうだ。里枝は、かつて子どもを喪った経験を話し、一層気持ちが通じ合った2人は結婚、幸せな家庭を築く。
しかし、木の伐採中の事故により、谷口は命を落としてしまった。その死から1年後、葬式の時には声を掛けられずにいた谷口の実家に連絡を取り、彼の兄だという人物に一周忌に足を運んでもらった。彼は線香をあげるため仏壇へと向かうが、そこに置かれている遺影を見て「大祐じゃない」と口にする。
ここでようやく、里枝の夫が「谷口大祐」ではないことが判明することとなった。
里枝は、夫の身元調査のために、離婚調停の際にお世話になった弁護士・木戸に連絡を取った。夫は本当に谷口大祐ではないのか、そしてそうだとするなら一体誰なのか。木戸は、群馬、大阪、そして刑務所と、様々な場所を辿りながら、谷口大祐と名乗っていた男の正体を突き止めようとするが……。
というような話です。

物語はかなり淡々と展開していく感じで、ストーリーテリングよりは事実の重みに焦点を当てた作品という感じだった。ただ、個人的には、「明らかにされる真実」に対しては、あまり「おっ」となる感じがなく、もう少し何かあると良かったという感じがした。全体的には物足りなさの残る作品に感じられた。

妻の里枝ではなく、弁護士の木戸が抱える葛藤をメインに追っていくという構成はなかなか興味深いのだが、それをそこまで活かせていなかったようにも思う。木戸もある場面で、「自分がどうして彼らに引き込まれるのかわかんない」と、自身の捉えようのない感覚について吐露していたが、まあその通りなのだと思う。ただ、もう少しそこに説得力がほしかったと感じてしまった。もちろん、理解はできる。弁護士という肩書や、裕福な妻の実家など、かなり恵まれていると言える木戸だが、一方、彼がそんな「恵まれた環境」に馴染めずにいることも分かる。そしてその一方で彼は、恐らく過去の記憶や経験と重なるのだろう、谷口大祐の人生に自分を重ね合わせてしまう。そういう感覚は分かるのだけど、頭でそう理解するのではなく、観ていてズバーンとそんな風に感じさせられるような感覚がなく、もうちょっと何かあったらなぁ、と感じてしまう部分だった。

一番印象に残っているのが、柄本明だ。何の役かは一応書かないでおくが、やはり凄まじい存在感だと思う。全体として、「真っ当に生きようとする人間」が多く描かれる中、クセモノ中のクセモノとして描かれる彼の姿は、映画の中で良いアクセントになっていると思う。

まあ、この柄本明のクセモノ演技があったらこそ、「もっと何かあるかも」と感じてしまいもしたのだけど。そういう意味では、作品に見合わない期待を煽る存在でもあったと言えるかもしれない。まあでも、柄本明はとても良かった。

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