【映画】「TATAMI」感想・レビュー・解説

いやー、凄い話である。しかも、公式HPを観て驚いたが、本作のベースとなっている実話はなんと、日本武道館で起こっていたそうだ。2019年、日本武道館で行われた世界柔道選手権での出来事がベースになっているのだという。2019年。ホントに、つい最近の出来事だ。本作の舞台は、恐らく撮影の都合だろう、「ジョージアの首都トビリシで開かれた世界柔道選手権」ということになっているが、もし状況が許せば日本武道館で撮影したのではないだろうか。

というのも、これも公式HPを観て知ったことだが、「撮影は全て秘匿状態で行われ、映画に参加したイラン出身者は全員亡命。当然ながらイランでは、上映不可のままとなっている」のだそうだ。「撮影を秘匿状態で行う」ためには、やはり日本には来られないだろう。しかし、本作に参加したイラン出身者が全員亡命とは凄まじい話である。つい最近観た映画『聖なるイチジクの種』でも、同じように監督や役者・スタッフが国外脱出したり、あるいは国外渡航が禁止されたりと色んな制約を受けているわけだが、本当に「イランというのは大変な国なのだな」と思う。

ちなみに、公式HPによると、本作は2人の監督による共同監督で制作されたのだが、その2人がイスラエル出身とイラン出身だという。なんと、「映画史上初めて、イスラエルとイランをルーツに持つ2人が映画で協働し、大きな話題を集めた」のだそうだ。「映画史上初めて」が2025年(撮影はもう少し前だろうが)というのも、驚きである。本当に根深い問題なのだなと思うし、多くの人が酷い現実を生きざるを得ないのだと改めて思い知らされた。

しかし僕には最後まで理解できなかったのが、「イランは何故、イスラエル選手との対戦を避けさせようとするのか?」である。本作の主人公レイラ・ホセイニはイランの国内王者であり、国の期待を背負って世界選手権に出場している。しかしそれにも拘らず、途中でイラン政府は、「イスラエル選手と対戦する可能性があるから棄権しろ」と言ってくるのである。

意味が分からない。結局最後まで意味が分からなかった。

公式HPには、「ここ数十年、人々が実際に感じていることとは無関係に、イラン政府は国際的なイベントでイラン人とイスラエル人が対面しないようにあらゆる手段を講じてきた」と書かれている。これ以上の説明はないのでよく分からないが、想像するに、それがスポーツの試合であれば、実況もイランとイスラエルの関係に触れざるを得ないだろうし、となれば余計な言及をされるかもしれない。あるいは、試合となれば「勝敗」は付き物なわけで、「イスラエルに”負ける”可能性を排除するために、『そもそも闘わせない』という選択をしている」ということなのだろうか。まあ、イランのことはよく分からないが、僕の視点からは、「よくもまあそんなクソどうでもいいことのために、家族を拘束したり出来るものだな」と感じてしまう。本当に、イランを統べる者たちの理屈はちょっと意味不明すぎて理解できないなと思う。

物語は、最初から最後までほぼ世界選手権の会場で展開される。ホセイニはイランチームのエースであり、金メダルの期待も持てるほどの選手だ。さらに代表監督マルヤム・ガンバリは、ソウル大会で良いところまで行きながらも怪我のため棄権した元選手で、2人は二人三脚でここまで成果を積み上げてきた。

しかし、2回戦目が終わった頃のこと。イラン柔道協会のタベリ会長から監督の元へと電話がやってくる。「イスラエルの選手と当たる可能性があるから、棄権しろ」というのだ。最初は突っぱねた監督だったが、その後、実の母親からも説得の電話が掛かって来るようになり、考えを変えざるを得なくなった。

しかし、ホセイニは監督の話に耳を傾けない。それどころか、イラン国内で仲間と共に応援してくれている夫ナデルに電話し、工作員がやってくるはずだから今すぐ国外に脱出してと伝えた。彼女にはアミルという息子がいて、何よりも子どもの安全を確保しなければならない。

ホセイニはその後も、実況が驚くほどの快進撃を続ける。優勝候補や現女王など、強敵をどんどんとなぎ倒しながら順調に勝ち進んでいく。しかしそうなればなるほど、イランからの圧力はどんどんと強まっていった。パスが無ければ入れない会場内に、いるはずのない人物がいたり、ホセイニの元には拘束された父親からの悲痛な動画が送られてきたりする。

しかし彼女は、夫からの「全員ぶっ倒せ!」という言葉を胸に、脅しに屈しない決意を固める。ただ、同じく家族が脅迫されている監督はどうにかホセイニを翻意させようとし、そのため2人の関係はどんどんと悪化していき……。

というような話です。

ストーリーはシンプルで、ただ、状況の深刻さが凄まじいので、臨場感がとても強い。本作の予告では、柔道家の阿部詩が「『自分だったらどうするだろう』と考えずにはいられませんでした」みたいなコメントを寄せていたが、本当にそうだなと思う。自分が同じ状況に置かれていた場合に、どういう決断になるだろうか。本当に、容易ではない問題だなと思う。

ただ、個人的にちょっと理解できなかったのは、「どうして2回戦終了の時点で『棄権しろ』という電話が掛かってきたのか?」である。まあ本作は、実話を基にしてはいるが実話そのものではないので(調べてみると、日本武道館でのエピソードは男性選手だった)、「映画的な演出」なのかもしれないとも思う。「『脅されている』という描写を長く描きつつ、『対戦シーン』も多く映し出す」という映画的な制約から「2回戦終了時点からの脅迫」という設定になったのかもしれない。

しかし、実際的にはちょっとこれは無理がある状況に思えるんだよなぁ。だって、2回戦の時点で「棄権しろ」と言うなら、そもそも出場させなければいいという話になるからだ。これぐらいは書いても問題ないかと思うのだが、本作では、ホセイニとイスラエル選手は対戦しない。それは要するに、「トーナメント表的にも、かなり離れた場所にいた」ということを意味していると思う。2回戦終了時点では、全然まだまだイスラエル選手との対戦は現実的ではなかったはずなのだ(ホセイニの対戦相手には、優勝候補や現女王などもいたのだから、なおさらだろう)。

フィクション的には、「『脅迫されている』という事実を抱えながら試合を戦わなければならない」という状況こそ臨場感を生み出すわけだから、その設定は全然良かったと思うのだけど、リアリティ的な意味でいうとちょっと不備があるなぁ、と感じられてしまった(まあ、日本武道館の時も、2回戦終了時点で連絡が来ていたのかもしれないし、その辺りはよく分からないのだけど)。

あと、予告を観ていた時からずっと不思議だったのが、ホセイニが水泳選手みたいに頭を覆っていること。正直しばらくあれが何なのかよく分からなかったのだけど、「そうか、ヒジャブの代わりなのか」と途中で気付いた。ってかイランって、スポーツの試合でも「髪を隠せ」みたいな感じになるんだなぁ。これ、他のスポーツでもそうなのか?柔道でも結構違和感あったけど、バスケとか新体操みたいな種目だと余計違和感あると思うんだけど。

しかしホントに、イランという国は信じられないなと思う。いや別に、イラン独特の慣習や価値観があるのは全然いいと思う。日本だって、他国から「変わってる」と思われていることなんか山程あるだろう。しかし、それを貫くために脅迫・拘束を当たり前にするような国は、ちょっと終わってるだろ。

まあイスラエルはイスラエルで、最近観たドキュメンタリー映画『ノー・アザー・ランド』でムチャクチャなことをやっているので、どっちもどっちという感じはするのだけど、とにかく、「平和」がすぐに実現はしないにせよ、「不毛なこと」はやらないようにしようよ、と思ってしまう。ちょっとあまりにも不毛すぎる。

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