【映画】「カウントダウン」感想・レビュー・解説

いやー、これは面白かった! なんでこんなに面白い超ドエンタメ映画が、全国で12館(今日時点)しか公開してないんだろう。不思議だ。

で、本作は、日本人なら観ておいた方がいい映画でもあると思う。というのは、「福島第一原発事故で“幸運にも”起こらなかった事態」が描かれている映画だと言っていいからだ。

本作は冒頭で、「この物語はフィクションです」と表示された。この時点で僕は「珍しい」なと感じた。「この物語は実話を元にしています」なら分かるが、「この物語はフィクションです」なんて、あまり見かけない表示だからだ。

しかしその理由は、映画の最後で理解できた。というのも本作は、フィクションにも拘らず、「主要登場人物の後日談がテロップで表示される」という作りになっているからだ。「◯◯は後に辞任した」「◯◯は起訴され実刑判決を受けた」みたいな表記が、主人公たちの顔写真と共に表示されるというわけだ。

こういう構成は、実話を元にした作品に多い。物語の主要な部分を映画で描き、その後の展開について字幕処理する、みたいなやり方である。だから僕は、映画の最後に後日談が表示されたので、一瞬「あれ? 実話を元にしてるんだっけ?」みたいに思ってしまった。ンなわきゃない。もしも本当にこんなことが起こっていたとしたら、世界中の人間がはっきりと記憶しているはずだからだ。実話なわきゃないのである。

ではどうしてそんな構成にしているのか。それはその後日談の最後(だったか映画の最後)に表示された字幕を知れば納得出来るんじゃないだろうか。

【こんな災害、永遠に起こらないことを祈る】

本作の舞台は2007年ということになっているのだが、描かれている内容的には、いつどの時代にどの国で起こってもおかしくはないように思う。特に本作の場合、「開運ルート上にある国」という香港の地理的特性が比較的重要なポイントだったわけで、そう考えると、日本も無関係とは言えないと思う。

そして日本人は、福島第一原発事故を経験している。本作で描かれているのはまさに、「ぼくらがたまたま経験せずにすんだ最悪の事態」なのである。

知っている人も多いだろうが、2号機(だったか4号機だったか)の原子炉格納容器が爆発しなかったのは、「容器の設計か何かにミスがあり、どこかに亀裂か何かがあったために内部のガスがそこから逃げ爆発するまでの圧力に至らなかった」と報告されていたと思う(細部は覚えていないが、大体そんな話だったはずだ)。つまり、「ミスがなかったら原子炉格納容器は爆発していた」というわけだ。そしてもしも爆発していたら、福島第一原発から半径何キロかの圏内には人が住めなくなっていた。最も最悪な予測では確か、日本の土地の1/3ぐらいが「汚染された土地」になるみたいな感じじゃなかっただろうか。

僕らは本当に、「”運良く”そんな最悪の事態を回避できた」に過ぎない。だからこそ僕は、本作の物語が全然他人事には思えなかった。東日本大震災の時に、日本で起きていてもおかしくなかった「人災」という感じがしたのである。

作中、「あまりに危険な任務だから、無理強いはしない。希望する者がいれば託す」と消防隊員たちが告げられる場面がある。福島第一原発事故の際にも、そういう局面があった(ノンフィクションやドキュメンタリーにそれなりには触れているので)。何かあれば死ぬかもしれないという状況の中で、「それでも、今自分が行かなければ多くの人の命が危険に晒される」という覚悟で現場に向かった者たちの姿は、福島第一原発事故で決死の対応に当たった者たちの姿に重なった。

「こんな災害、永遠に起こらないことを祈る」という言葉をわざわざ表記した理由は、明らかに、「どこで起こってもおかしくない」という気持ちが込められているはずだ。もしかしたら、本作の制作陣は福島第一原発事故のことも念頭に本柵を制作したのかもしれない。まあそれはどうか分からないが、そうであったとしても不思議ではない作品であり、だから日本人は観ておいた方がいいんじゃないかなと思う。

本作には、福島第一原発事故で起こり得た「最悪」が描かれているのだから。

映画冒頭で、「電子廃棄物」に関するデータが表示された。年間で3500万トンも発生しているらしい電子廃棄物は、その処分において世界中で問題が起こっており(たぶん、先進国が発展途上国に押し付けているみたいなことが起こっていたのだろう)、1989年に採択されたバーゼル条約によって規制が行われることになった。それにより、電子廃棄物の処分には1トン700ドルの費用が掛かることになったが、違法な企業が1トン25ドルという破格の値段で請け負っていた。そして香港では、物流の国際企業であるDOE社が裏でその違法な処分に関わっており、「1996年の香港返還を機に物流のハブとして香港を経済成長させよう」という動きに乗っかって税関の規制を緩める法案を通させ、それを利用して電子廃棄物を香港に持ち込んでは第三国へ移送するという違法なやり方を続けていたのである。

という設定の香港が物語の舞台となる。

時は流れて2007年のとある日曜日。朝7:52に火災の通報が入った。大塘村北東部に位置する新界北のイーストヒルにある鴻力回収所である。ゴミ処理場である。多数のコンテナが無造作に置かれ、基本的に入り口は1箇所のみ。炎は高々と上がり辺りを飲み込む勢いだが、消防隊員にはまだまだ余裕があった。これよりも酷い現場はいくらでもあったのだろう。

しかし、燃料車に火が移り爆発した時から状況が変わる。2号放水班の2人の行方が分からなくなり、救助に向かいたいと思っていたのだが、政府の本部から「水の使用」が禁じられた。水なしでこの炎に立ち向かうのは容易じゃない。どうすべきか……。

一方、10年前に官僚を辞め環境汚染の専門家になったファンは、イーストヒルの火災の後で政府から召集された。現場から放射線が検出されたからだ。すぐに本部に来るようにと指示を受けるが、彼はそれを無視して現場へ向かった。そしてそこで驚きの光景を目にする。なんと、急性放射線障害の患者が少なくとも5人はいたのだ。これは想像以上にマズい事態になっている……。

ファンは10年前、葵涌の火災で妻を亡くした。同じように電子廃棄物の火災であり、そしてその遠因には、官僚時代に規制緩和をしたせいなのではないかと自分でも考えていた。その事故があり、彼は官僚を辞めて環境汚染の専門家になった。亡き妻も、そしてその弟も消防隊員であり、弟であるキットは姉を助けられなかった後悔を今でも抱えており、そして、義兄であるファンを今も許せていない。そんなキットはまさに今、イーストヒルの火災現場で消火に当たっているところである。

本部へと向かったファンは、ヨーロッパ外遊中で不在だった行政長官の代理であるセシリアに「水の使用を許可しろ」と詰め寄った。そもそも水の使用は、ラジウム226が検出されたことから禁止されていた。ラジウム226は水に溶ける物質であり、放水によって拡散させれば汚染が広がってしまうからだ。しかしファンは、そのことを理解した上で放水しろと提言する。というのも、現場の状況からは明らかにラジウム226よりも遥かに放射線の強い物質が存在しているはずだからだ。このゴミ処理場では不法労働者が働かされており、急性放射線障害になっていたのはそんな不法労働者だった。ファンの見立てでは、ゴミ処理場のどこかに強力な放射性物質が存在し、彼らはそれを直接手で触ったのだと思われた。そうでなければ、あんな酷い状態にはならない。

さらに最悪の情報がもたらされる。マレーシア沖で発生した熱帯低気圧マーフィーが香港に迫ってきているのだ。直径900キロもある大型で、18時間後には香港に最接近すると予測されていた。熱帯低気圧が雨をもたらせば、どのみちラジウム226は拡散する。だったらすぐに放水して火を消し、その後放射性物質を探し出して密閉するのが最善だ。ファンはそう訴える。

しかしセシリアは、憶測では動けないと突っぱねる。さらに、「雨で汚染が広がるなら住民も納得するが、今水を使用して、『強力な放射性物質はありませんでした』となれば人災だ」と、被害拡大よりも保身を重視するかのような発言までするのだ。

そんな中、現場から最悪の報告が上がってくる。救助した不法労働者が、放射性物質を持っていたというのだ。検査の結果、セシウム137と判明した。全員の顔がこわばる。誰もがゴイアニアの事件を思い浮かべたのだ。史上最悪の医療廃棄物による被爆事故であり、盗み出されたセシウム137はたった93グラム、コップ半分程度だったにも拘らず、甚大な被害は発生したのだ。

このままでは香港は、第2のゴイアニアになる。しかしそれでも、セシリアはファンの忠告を聞かず……。

というような話です。

なかなかに凄まじいスケールの映画だった。最初の最初の火事の時点でかなりの規模であり、「もうこの段階で無理じゃない?」って感じなのだが、そこからどんどんと「不可能状況」が積み上がっていく。火事が鎮火出来ないだけじゃなく放射性物質が見つかるし、仲間の消防隊員はどこかに取り残されたままだし、ファンが専門的な知見でアドバイスしても代理のセシリアがまともな判断をしない。状況は刻一刻と悪くなっていく一方で、良くなる気配さえない。

まあ別に、セシリアを責めたいとは思わない。観客は「ファンの言っていることが正しいんだろう」という確証を持って状況を追えるわけだが、実際にはどうか分からない。確かに、「ラジウム226以上に強力な放射性物質があるかどうか分からない」という状況では、的確な判断が出来なかったのは仕方ないと思う。

しかしやはり、その後はいただけないなと思う。セシリアは、セシウム137が検出されたと報告を受けた後も、ファンの忠告を受け入れなかったのだ。

この時点でファンは、「先ほどまで自分が言っていた対処を実行するだけはもう遅い」と判断したのだろう、その対処と同時並行で「住民の避難」も提案した。しかしセシリアはそれを拒否するのだ。避難が必要な範囲には200万人もの住民がいるが、彼らに避難指示を出せばパニックに陥り、「セシウム137への対処」にも影響が出るからというのがその理由だった。

このやり取りを見ながら僕は、以前読んだ『災害ユートピア』という本の記述を思い出していた。災害時の人々の行動について様々に書かれている本なのだが、その中に、「災害時にパニックになるのはエリートで、一般市民がパニックになったことはない」みたいなことが書かれていた。確かこの本の著者は研究者であり、過去の様々な災害を分析した結果そういう結論を導き出したんだった気がする。

本作では、まさにこの記述を思い起こさせるような状況が描かれていた。その後結局、住民は避難するように指示されるのだが、住民は決してパニックなどには陥らずに、警官などの指示に従いながら慌てることなく避難していたのだ。作中では、「故障か何かでトラックが止まってしまい、その後続にいた救急車が前進出来ないでいたため、多くの人が車から降りトラックを路肩まで押し、救急車を通れるようにしてあげる」なんて場面も描かれる。別に本作は実話を元にしていないわけだから、そんな描写はいくらだって創作できるわけだが、ただ、なんとなくこういう描写はしっくり来るんじゃないかと思う。日本でも、2024年の正月に起こった日本航空の事故で、客室乗務員や乗客が冷静に避難し、無事に全員脱出出来たというニュースが世界中で大きく報じられた。まあこれはまたちょっと違う状況ではあるが、「一般市民はパニックにはならない」という傍証と言っていいんじゃないかと思う。

福島第一原発事故の際も、「放射性物質がどの報告に飛散するか」を予測する「SPEEDI」の情報が住民には伏せられていたなんて話があったりする。その情報を知っていれば、放射性物質が拡散する可能性が高い方面への避難を避けられたにも拘らず、同じように「公表したらパニックになる」みたいな理由から開示されなかったようだ。まさに福島第一原発事故の時のような状況に備えて作られたシステムであるはずなのに、最も威力を発揮すべき時に情報は伏せられてしまったのだ。もちろん、色んな判断はあり得ると思うし、「情報をすべて開示すべきだ」なんて風には思っていないのだが、ただ、「住民がパニックになるから」という意味不明な理由で情報を出さずにおくのはやめてほしいものだなと思う。

まあそんなわけで本作では、ファンとセシリアを中心に、「対策を立てる側」のあれこれも描かれていく。

しかしやはり、映画的には現場で奮闘する消防隊員に注目すべきだろう。最初は単なる火災だと思っていたのだが、徐々に状況は悪化し、仲間の安否も分からない状態になってしまう。彼らは「多くの人の命を救いたい」「仲間を助けたい」という気持ちで、普通なら躊躇するような状況に飛び込んでいくわけで(実際に消防隊員というのはそういう気持ちでいるのだろう)、ホントに凄いものだなと思う。

また、この消防隊員の中に色々と人間ドラマが詰め込まれている。まあこの辺りは「感動させようとしてるな」みたいな見え方にもなっちゃって凄く良かったというわけではないが、「これから付き合おうとしている男女」とか「子どもを持つ持たないで揉めている夫婦」「入隊して1週間しか経っていない隊員」などなど、物語を盛り上げる人間関係が色々詰め込まれている。

ただやはり、作品の中で主軸になっていくのが、環境汚染の専門家であるファンと、彼の義理の弟に当たる消防隊員のキットの関係である。キットは目の前で姉を喪い、ファンは自分が関わった規制緩和によって妻の命を喪わせたのかと葛藤している。そして、ファンとキットもなかなか修復しがたい亀裂が残ったまま関わりが続いている。

ファンにはアイリーンという娘がおり、そのアイリーンは母方の祖母(つまりキットの母親)に懐いている。そんなこともあって、ファンとキットはアイリーンを介して関わりを持つ機会が今もあるのだ。そんなわだかまりがある中でこの最悪の災厄が起こり、ファンは本部で、そしてキットは現場でそれぞれ己の信念をかけて奮闘する。まあ、あまりにも物語的ではあるのだけど、やはりそういうベタな関係性は強いし、様々な場面でこの2人のやり取りが工作する展開は良かったなと思う。

そしてまあやはり、ラストの展開はなかなか圧巻だろう。というのも、環境汚染の専門家であるファンが「もう打つ手はない」と言ってから駆動する作戦なのだ。そりゃあ誰だって、この状況で打てる手はないはずだと思うのだけど、まさかの展開が残っていた。まあこれがどれぐらい現実的な作戦なのかよく分からないが、大事なことは「やれることはもう無い」と思っていたところに、「実現の可能性はともかく、打てる手が見つかった」わけなので、そりゃあその実現に突き進むしかないでしょう。このまま何もしなかったら香港は壊滅なわけだから、何もしないよりはマシだし、上手くいったらラッキーである。最後の展開は本当に、そんなムチャクチャな、普通にはまず成立しないだろう状況である。

熱帯低気圧の接近も含め、「この作戦を『やらなければならない』と思わせる説得力を持つ状況」をよくもまあここまでかき集めてきたなという感じだけど、ホントによく出来てるなぁという感じである。だって、全部全部やり尽くして絞り出してからじゃないと、「あんなことやろう」なんて思わないからね。お見事でした。

あと、火災のシーンはほとんどCGだと思うんだけど、最初の最初だけ本物っぽい気がしたんだけど違うかなぁ。燃料車が爆発する前の火災は、本物の火っぽかったんだけど。まあでも、あんな真っ黒な煙を出してたらいくら撮影でもダメって言われそうだから、真っ黒な煙はCGかな。いや、火もCGかもだけど。

まあそんなわけで、個人的には大満足な映画だった。もっと公開館が多くてもいい気がするんだけどなぁ。まあその辺りは僕には分からん大人の事情があるんだろう。映画も大変だ。


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