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【本】ヨネダコウ「囀る鳥は羽ばたかない」感想・レビュー・解説

『自分を不幸だとも、他人に同情されるなんてことも、考えてもいないように見えた。そのくせ自己中で、自分を客観的に見れなくて、他人には一切共感できない奴だった』

歪んだ人間に、凄く興味がある。


たぶんそれは、僕自身が、自分も属している「はず」の「世界」を、外から眺めている気分でいるからだろうと思う。


アントクアリウムのような、外からアリの生態を観察出来るようなものの、その外側に自分はいて、そこからアクアリウムの中のアリを眺めている。そうやって、内と外で遮断されているような気分でいるから、内の中のものが外に滲み出てくることはないはずと楽観しているから、歪んだ人間に興味を持っていられるような気がする。

『お前、基本どーでもいい奴としかヤれねぇからな』

BLマンガでありながら、本書の場合、「厳密にホモ(男性が好き)である男」は一人しかいないのではないかと思う。しかも、冒頭で出てきたきり、しばらく出てこない。基本的に、ホモではないはずの人間たちが織りなす物語なのだ。


その奇妙な状況を生み出しているのが、八代という男だ。

【ドMで変態】【淫乱ネコ】【幹部の公衆便所】

八代はそう呼ばれている。そのことを、本人も知っている。そんな八代は、真誠会の若頭であり、真誠興業の社長。つまり、ヤクザだ。なろうと思ってヤクザになったわけではない。『そこにしか道が残されてないだけだ』。そう言ってヤクザとなり、その特異な性癖もあって、のし上がっていく。しかし、ヤクザの世界でのし上がっていくことに関心があるわけではない。


八代の頭の中にあるのは、常にシモことだけだ。いつだって、誰かにブチこまれたいと思っている。犯されたいと思っている。殴られたり、罵倒されたり、タバコを押し付けられたりされたいと思っている。そんな歪んだ欲求に始終駆られている男である。


物語は、「今」から始まり、「今」の八代から描かれていく。「今」の八代は、相変わらずセックスの時だけはドMだが、普段はヤクザの若頭としてクールで、時に凶暴な雰囲気を醸し出す。しかし、読むにつれ、八代の過去が明らかになっていくと、そこにはまるで違った面が現れることになる。


この八代が、物語の中心軸にいる。八代がいなければ、この物語は起こりようがない。それぐらい、八代の存在感は圧倒的だ。


しかし、八代は決してホモというわけではない。男女限らず、人間自体に関心が持てない、というだけのことだ。じゃあ何故男に抱かれているのかと言えば、それは、男の方が乱暴に扱ってくれるからである。その乱暴さの分、八代は満足出来る。相手がヤクザであればあるほど、八代は手荒に扱われる。そんな風にして八代は、男に犯され続ける人生を歩んできた。


これが、本書の特異点だ。


僕がこれまで読んできたBL(数は少ないけど)の場合、必ず「男が好きな主要登場人物」が出てくる。そうじゃなければ、BLの物語は進みようがないからだ。僕は、お互いが共にホモという物語はあんまり好きではないので、一方がホモで、もう一方はノンケという感じのものばっかり読んできたけど、どんなパターンであれ、そこに、「自分が持っている男へのどうしようもない愛情・情欲によって物語を動かしていく登場人物」が配置される。


しかし本書の場合、その役割を担う存在は当然八代になるのだが、八代には「男へのどうしようもない愛情・情欲」はない(「ない」と断言するのはウソなのだけど、とりあえずないものとして話を進める)。八代にあるのは、「自らを痛めつけてくれる存在への希求」だけだ。八代の場合、それは、凶暴で、自分が男なんか好きになるわけがないと確信しているヤクザによって満たされてきたから、結果的に男に抱かれてきたというだけだ(もちろんこれも、幼少期の話とかあるんだけど、まあそれは置いといて)。

この世界の作り方が凄いなと思いました。僕はこれまでも、ホモとノンケがそこまで強い違和感なくくっついて行く、という過程を描くBLを結構読んできて、そういう「ホモとノンケがギリギリ違和感なく関係を持つ世界」の作り込み方が凄くうまいと思ってきたんだけど、この作品の場合は、もう根底から違う感じがしてちょっとびっくりした。

本書の場合、ホモ的な世界観は、結果的に生み出されていく。その発信源である八代はホモなわけではなく、彼の周りで彼に取り込まれていく人間たちも元々ホモの素質があったわけではない。それなのに、八代を同心円の中心として、男同士の関係性が湧き出るようにしてそこに出現するという感じだ。


僕は男なので、BLを恐らく女子と同じような目線では読めていないと思う。だから、僕がBLを読む時、「リアルかどうか」という視点は結構重視してしまう(話を聞いていると、女性の側は、リアルかどうかという部分は一旦脇に置いておくことができる人が多い気がする)。これまで読んできたBLの場合、リアルさをどう判断してきたかと言えば、当然「二人の関係性」だ。その発端や過程が、実際にありえるだろうか、自分がその立場にいたら同じ風になる可能性が少しでもあるだろうか、という風に考える。


しかし本書の場合、リアルさの判断はすべて、八代という存在に掛かっている。八代と誰かの関係性とか、そういう部分にあるのではなく、八代という存在がリアルかどうかによってすべて判断されるように思う。何故なら、本作で生み出される世界観は、八代がいなければ成り立たないからだ。八代の存在をリアルだと感じられれば全体をリアルだと感じられるだろうし、その逆もまたそうである。


そして僕は、歪んだ人間が好きだ。


もし八代が、「今」の部分しか描かれないままだったら、あまりリアルさを感じることはなかったかもしれない。無茶苦茶なヤクザ、しかも若頭がいるな、という印象で終わっていたかもしれない。しかし、八代の過去が描かれれば描かれるほど、少しずつ僕の中で、八代という人間のリアルが増していくような感じがしたのだ。

『ただ、他人に興味がない分、人の弱いところやおかしいところを知っても、馬鹿にしないし同情もしない。あっそって感じで右から左だ。俺はあいつのそういうとこが気に入ってた。』

八代の高校時代の友人で、かつ今でも友人である唯一の男・影山が八代のことをそんな風に語る。

『お前はまだ、俺を可哀想だと思ったままなんだな』

八代がそう述懐する場面がある。

八代という男は、かなり異常で、狂っていると言っても言い過ぎではないと思うが、だからこそ、その背景が少し語られると途端に輪郭が濃くなっていく印象もある。「今」の八代を作り出したあらゆる物事は、八代にとって、「そうせざるを得なかった」「そうならざるを得なかった」ことだ。八代にとって、そうやって生きていく以外になかった。それが、少しずつ伝わっていく。

無茶苦茶で、異常者で、どうにもならないような人間だし、ほとんどの人間は八代をそんな風に見るけれども、読者は八代の裏側を垣間見ることが出来るし、作中人物の中にも、八代のそんな、奥の奥を見透かしているような人間が少し出て来る。


歪んだ人間が好きな僕にとっては、八代はとても興味深い人間だし、実に惹かれる対象である。彼が抱えているものをもっとみたい、という気にさせる。なんとなく2巻で終わってる話なのかと思ってたらまだまだ続くようなので、八代がどうなっていくのか楽しみである。


本書は、八代が中心となる物語ではあるのだけど、決して八代だけの物語ではない。これも、他のBLと比べて珍しいような気がする。僕が読んできたBLの場合、やはりメインのカップルがいて、その二人の描写が7~8割を占めるという印象がある。でも本書の場合、「関係性」という意味での中心軸がないような気がする。八代の体が向いてる相手もいれば、八代の心が向いてる相手もいるし、また八代が無作為にオープンである相手もいる。八代が間を取り持ったカップルの話も出てくれば、BLの部分とは直接関係のない、ヤクザ的な展開も描かれていく。


その中でも、結構変わってるなと感じるのが、ある人物の妹の存在だ。「ライバル」的な意味ではない形で、BLの中に「女性」が出て来るのは、僕が読んできた中では凄く珍しいと感じた。


そういうことも含めて本書は、BLという要素が脇役なのだと思う。本書の場合、八代という造形が先にあって、それを突き詰めていった時、必然的にBL的な要素が出てこざるを得ない、なんかそんな風な印象を受ける(もちろん著者は、BLの漫画家なわけで、当然BLを描こうと思ってこの作品を描いたのだと思うのだけど)。

だから、物語がどんな風に展開していくのか、結構読めない(よくあるBLの場合は、行きつく先はなんとなく見えてて、そこへ向かうルートに複数選択肢がある、みたいな印象がある)。八代の周りにいる様々な人間のことが描かれていて、この先誰が物語に深く絡んできてもおかしくないと思うし、それぞれの関係性がどう変化していくのか(そもそも描かれていくのかも含めて)が読めない。BLであるということは置いといて、物語としてなかなか惹きつける要素を持った物語であるように思いました。


もう少し、この作品の雰囲気を伝えられるようなことが書けたら良かったんだけど、なんとなくあんまり内容に踏み込みすぎないで感想を書こうと思ったんで、ちょっと書ききれてない部分もあると思うけど、なんかBLへのイメージがさらに変わった感じがします。八代がこれからどんな風に生きていくのか、周りの人間がどう八代にコミットしていくのか。その辺を楽しみにしたいなと思います。


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