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【本】ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福」感想・レビュー・解説

メッチャ面白かった!
とにかく、色んな記述が面白くて充実しているんだけど、そのいちいちに反応するわけにはいかないので、今回の感想では、本書の大きな流れにのみ触れていこうと思う。

本書は、「ホモ・サピエンス(賢いヒト)」である現生人類が、いかにして現在のような繁栄を築き上げてきたのかという、歴史の壮大な概略を描く作品だ。

「ホモ属」と呼ばれる種には、「ホモ・サピエンス(本書を通じて著者は「サピエンス」と表記している)」以外にも色んな種がいた。ネアンデルタールやアウストラロピテクスなどだ。ある時期には、そういう人類が同じ時代を過ごしていたこともある。では、何故サピエンスだけがこうなったのか。

そもそも人類は、他の生物と比べて脳が大きくなり、また火も扱えるようになった。それでも、【火の恩恵にあずかってはいたものの、十五万年前の人類は、依然として取るに足らない生き物だった】という。

そんな中で人類は言語を獲得するようになる。しかし、ある種の「言語」は、人類以外の生き物も使っている。では、人類が、というかサピエンスが獲得した言語は、一体何が凄かったのか?

それが、架空のことについて話せる力だ。

【とはいえ、私たちの言語が持つ真に比類ない特徴は、人間やライオンについての情報を伝達する能力ではない。むしろそれは、まったく存在しないものについての情報を伝達する能力だ。見たことも、触れたことも、匂いを嗅いだこともない、ありとあらゆる種類の存在について話す能力があるのは、私たちの知る限りではサピエンスだけだ】

このようにして、サピエンスにとっての第一の革命である「認知革命」が起こった。

認知革命がもたらしたものは、「神話」だ。例えば僕らは、「日本」という国があると思っている。しかしそれは、想像上の存在でしかない。木になっているリンゴは、人類が絶滅しても存在するが、「日本」という国は、人類が絶滅したらなくなってしまう。こういう、想像上の存在を大多数と共有する物語を「神話」と呼んでいる。こういう「神話」を共有することで、サピエンスは、大勢の見知らぬ人同士が協力出来るようになった。

「神話」による大規模な協力は、ある一つの大きな達成をもたらした。

【言葉を使って想像上の現実を生み出す能力のおかげで、大勢の見知らぬ人どうしが効果的に協力できるようになった。だが、その恩恵はそれにとどまらなかった。人間どうすしの大規模な協力は神話に基づいているので、人々の協力の仕方は、その神話を変えること、つまり別の物語を語ることによって、変更可能なのだ。適切な条件下では、神話はあっという間に現実を変えることができる。例えば、1789年にフランスの人々は、ほぼ一夜にして、王権神授説の神話を信じるのをやめ、国民主権の神話を信じ始めた。このように、認知革命以降、ホモ・サピエンスは必要性の変化に応じて迅速に振る舞いを改めることが可能になった】

これが、人類が大規模な協力を生み出せるようになった要因の一つだ。

もう一つの要因のきっかけは、第二の革命である農業革命から始まった。

【農業革命は歴史上、最も物議を醸す部類の出来事だ。この革命で人類は繁栄と進歩への道を歩みだしたと主張する熱心な支持者がいる。一方、地獄行きにつながったと言い張る人もいる。】

なぜ「地獄行き」と主張する人がいるのか。それは、農業革命とは実のところ、【私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が私たちを家畜化した】と言えるからだ。

狩猟採取の生活から農耕に移行したことで、個人が得た恩恵はほとんどない、と言う。狩猟採取の方が様々な栄養と摂取することが出来た。ヘルニアや関節炎などの病気が増えた。小麦の傍に定住せざるを得なくなった。農業革命は少しずつ広がり、ある個人の一生で見れば、変化はひと世代前と比べてごく僅かだった。また、近視的な視点では、農耕の方が狩猟採取よりも有利に思えた。だからサピエンスは農耕を始めたのだが、しかし、結果的には【農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ】。

農業革命がもたらしたものはまだある。例えば、農耕によって人々は、それまでの狩猟採取の生活では考えることのなかった「未来」に思いを馳せるようになった。農耕は季節ごとに様々な作業があり、また不作やトラブルなどもあった。農耕を始めることで、人々は「未来への不安」を抱くようになった。そして、農耕生活では、その不安に対処することが出来た。がむしゃらに働いたり、節制して食料を蓄えたり出来たのだ。

しかしそれによって、農耕民は益々苦しい生活を強いられるようになった。何故ならば、余剰に生産した食糧をエリート層が収奪するからだ。【こうして没収された食糧の余剰が、政治や戦争、芸術、哲学の原動力となった】。

農業革命がもたらしたもう一つが、「書記」である。農耕生活では、膨大な数理データを管理しなければならなかった。そのために開発されたのが「書記」であり、シュメール人がその先鞭をつけた。彼らはまた、記録した文書などを保管するシステムも生み出し、効率の良い文書管理を行ったのだ。

この書記システムこそ、人類が大規模な協力を生み出せるようになったもう一つの要因なのだ。

人類はこうして、想像上の秩序によって多数の人々との大規模なネットワークを構築することが出来るようになったが、それは常にヒエラルキーや差別を生んだ。「想像上の秩序」は、「自由人と奴隷」「白人と黒人」「男性と女性」というような区別を生み出し、それらがいかに差別を生み出していったのかという歴史をフリ勝っていく。

さて、ここで話は少し変わって、現在サピエンスは、巨視的な視点で見れば統一の方向へと向かっている。ずっと以前と比べれば、社会の仕組みや価値観や文化などは、地球全体で一つにまとまりつつあるという。

そしてその統一の方向を生み出したのが、「貨幣」「帝国」「宗教」の三つだ。それぞれがどんな風に生み出され、いかに人類の統一に寄与してきたのか、ということが描かれる。また、僕がそもそも知識がなかったからだが、一神教は多神教から生まれ(多神教では様々な神がいるが、自分が気に入った守護神のみを信じるようになるのが一神教だという)、また一神教は、二元論というまったく無関係の宗教(善と悪が別々に存在している、という考え)を取り込んできた、という話は面白かった。また本書では、有神論の宗教だけではなく、ナチスや共産主義なども宗教と捉えて論じている。


そしてそこからサピエンスは、第三の革命へと進んでいく。「科学革命」だ。これが何故革命であるのかは、こんな理由がある。

【これが革命であるのには、理由がある。西暦1500年ごろまでは、世界中の人類は、医学や軍事、経済の分野で新たな力を獲得する能力が自らにあるとは思えなかったのだ。政府や裕福な後援者が教育や学問に資金を割り当てはしたものの、その目的は一般に、新たな能力の獲得ではなく、既存の能力の維持だった。近代以前の典型的な支配者は、自分の支配を正当化して社会秩序を維持してもらうことを願って、聖職者や哲学者、詩人にお金を与えた。そして、彼らが新しい医薬品を発見したり、新しい武器を発明したり、経済成長を促したりすることは期待していなかった】

また、人々はこんな風にも考えていた。

【科学革命以前は、人類の文化のほとんどは進歩というものを信じていなかった。人々は、黄金時代は過去にあり、世界は仮に衰退していないまでも停滞していると考えていた。長年積み重ねてきた叡智を厳しく固守すれば、古き良き時代を取り戻せるかもしれず、人間の創意工夫は日常生活のあちこちの面を向上させられるかもしれない。だが、人類の実際的な知識を使って、この世の根本的な諸問題を克服するのは不可能だと思われていた。知るべきことをすべて知っていたムハンマドやイエス、ブッダ、孔子さえもが飢饉や疫病、貧困、戦争をこの世からなくせなかったのだから、私たちにそんなことがどうしてできるだろう?】

そう、宗教と科学の最大の違いは、「無知」であるかどうかだ。

キリスト教や仏教など、近代以前の知識の伝統は、この世について知るべき重大な出来事はもう知られていると主張していた。しかし宗教は、人類にとって重要な疑問の数々の応えを知らない、というところから始まっている。

そしてそれは、19世紀・20世紀のヨーロッパの帝国主義の特異さと同じだった。

【ヨーロッパの帝国主義は、それまでの歴史で行われた諸帝国のどの事業とも完全に異なっていた。それ以前の帝国における探求者は、自分はすでにこの世界を理解していると考えがちだった。征服とはたんに自分たちの世界観を利用し、それを広めることだった。一例を挙げると、アラビア人は、自分たちにとって何か未知のものを発見するためにエジプトやスペインやインドを征服したわけではなかった。ローマ人やモンゴル人やアステカ族は、知識はではなく、富や権力を求めて新天地を貪欲に征服した。それとは対照的に、ヨーロッパの帝国主義者は、新たな領土とともに新たな知識を獲得することを望み、遠く離れた土地を目指して海へ乗り出していった。】

そして、こういう考え方をいち早く取り入れたからこそ、【ユーラシア大陸の管領な末端に暮らすヨーロッパの人々は、どのようにして世界の中心からほど遠いこの片隅から抜け出し、全世界を征服しえたのだろう?】という大きな疑問に答えることが出来るようになる。軍事・産業・科学複合体が、インドではなくヨーロッパで発展したのも、イギリスが飛躍したとき、フランスやドイツやアメリカはすぐに追いつけたけど中国が遅れたのも、ヨーロッパ式の考え方を取り入れるのに時間がかかったからだ。

この、「自分はまだ何も知らない」という、それまでの価値観とは真逆の発想が、「科学革命」を推し進めていくことになる。

しかし「科学革命」に決定的に必要な要素がもう一つある。それが「お金」だ。「科学革命」は、資本主義と産業革命によってさらに加速した。本書では、資本主義がどんな仕組みで成り立っているのかを解き明かしていくが、資本主義の根底には「科学者が何かとんでもない価値ある発見をしてくれるはずだ」という期待が常にあるという話は全然知らなかったので驚いた。資本主義は「成長し続けること」というのが組み込まれた仕組みだが、その「成長」の原動力は科学が生み出してきたのだという。そういう意味で、資本主義と資本主義は両輪なのだ(また本書では、その二つにさらに「政治」という要素が不可欠だと書かれている)。

これ以降は、「科学革命」や「資本主義」によって人々の生活がどう変わったか、そして今後変わりうるのかが描かれる。面白かったのは、「資本主義」が「個人」を生み出した、という話だ。産業革命が、「市場」に力を与えた。それまでは、家族やコミュニティによって生活のありとあらゆることが享受されてきたが、「市場」が力を持ち、誰もが「市場」を通じて様々なサービスを得られるようになったことで、「国家」が家族やコミュニティの力を弱体化させようとして、「家族やコミュニティに依存しないで、もっと自由に生きればいい」というと言い始めた。こうして「個人」が生まれたのだ、という話はなるほどなぁ、という感じだった。

という感じで、ザザザっと本書の流れをかいつまんで書いてみた。実際には、もっともっと面白い話はいっぱいあって、多少の難しさはあるものの、平易な文章で分かりやすく、そして一般的なモノの見方とは違った方向から人類の歴史を見渡していて非常に面白い。知的興奮に満ちた一冊です。


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