【映画】「秘顔-ひがん-」感想・レビュー・解説
なかなか面白い映画だった。ストーリー的には「2段階ぐらいストーリーの展開が変転する場所がある」みたいな感じで、そしてその変曲点以外の場所は、「まあまあそうだよね」という感じなので、「ストーリーがメチャクチャ良かった」という感じではない。いや、ストーリーも十分面白かったのだけど、個人的にもっと驚かされたのが、ミジュ役の女優である。パク・ジヒョンという名前らしい。
この記事ではネタバレをするつもりはないので、ちょっとぼやっと書くしかない部分もあるのだが、ミジュというのは、物語の場面場面において、かなり違ったキャラクターとして登場する。そして、それぞれの状況においてパク・ジヒョンは、「存在感そのものが変わっている」みたいな佇まいを見せるのだ。ちょっとそのことに驚かされた。
ミジュの存在感は、大きく分けて「強気」「弱気」「学生時代」に分類できると思うのだけど、そのどれもで「別人が演じているのか?」と感じるほど雰囲気が全然違う。そして、その「雰囲気の違い」は、本作の設定やストーリー展開を成立させるためにはかなり必要不可欠な要素だと言っていいと思う。ミジュの雰囲気が別人レベルでガラッと変わるからこそ、本作のような「イカれ狂った物語」がギリギリ成立していると言える。特に「強気」のミジュは、色んな意味で「あり得ないこと」をしていて、普通には彼女の行動は成立し得ない(成立しているようには観客が受け取れない)と思うのだけど、パク・ジヒョンの演技によって「なるほど、これならあり得るか」みたいな感じになる。
で、本作で描かれる順番通りで言うと、ミジュは最初「強気」バージョンで登場するのだが、その後「弱気」バージョンが描かれる。そして、「強気」バージョンももちろんメチャクチャ良かったのだけど、この「弱気」バージョンがさらに良かった。
というのも、「強気」バージョンの時は「何を考えているのか分からない存在」だったのに対して、「弱気」バージョンのミジュにははっきりとある「想い」があるからだ。彼女にとって最も大事なのだろうその「想い」が、ミジュの言動や佇まいすべてを構築している感じがあって、だからこそ、余計にその「想い」の強さが理解できる、という感じになる。
そしてさらに言えば、「弱気」バージョンのミジュが丁寧に描かれることによって、観客は「『強気』バージョンにはもはや、彼女が大切にしていたはずの『想い』がない」ということが理解できるというわけだ。
「弱気」バージョンのミジュは最も不安定であり、もちろんそこにははっきりとした理由はあるのだが、それでもたぶん、「一筋の可能性」みたいなものを捨てきれていない感じがある。その儚さというか、不用意に触れたら壊れそうな雰囲気みたいなものがメチャクチャ醸し出されていて、ホントに凄く良かったなと思う。
そしてさらに、その後「学生時代」バージョンも登場する。この「学生時代」バージョンは、「弱気」バージョンとある種相似形なのであるが、しかし「弱気ではない」という点が大きく異なる。つまりミジュは、「学生時代から大人になる過程で、『想い』だけは変わらないまま『弱気』になってしまった」というわけだ。
「学生時代」バージョンと「弱気」バージョンは、かなり近い雰囲気を感じさせるが、しかしやはり決定的に異なる。やはり「別人」という感じだ。そしてこの「学生時代」バージョンをしっかり描くことによって、物語のラストの解釈にも深みが出てくるように思う。ある事実が判明してから、物語はずっと狂気的に展開されていくのだが、やはり、ラストのラストが最も狂気的なのではないかという気がする。その「狂気」は、さっきも同じようなことを書いたが、やはり普通には成立するとは思えないようなもので、単にあのシーンをラストに置いただけではちょっと物語全体は成立しないような感じがする。しかし、ミジュが状況によって別人レベルに変貌すること、そして、ある意味ですべての始まりと言っていいだろう「学生時代」バージョンを、「弱気」バージョンとは明確に異なる雰囲気で演じたことによって、この作品の中でしか成立し得ない「狂気」として立ち上がっている感じがした。
凄かったなぁ、ホント。
さて、「強気」バージョンのミジュの話に戻るが、彼女の印象は「予告編を見ているかどうか」によってもまた変わってくるような気がする。
本作の予告編を観た上で映画を鑑賞した人にとっては、「その後の展開」はある程度理解できているわけで、となると、冒頭からしばらくの間のミジュの振る舞いは、良い表現かは何とも言えないが、ある種の「罠」みたいに捉えることが出来ると思う。しかし、仮に予告編を観ずに本作を鑑賞した場合、人によっては全然違う印象、つまり「見えているそのままの人」みたいな印象にもなるんじゃないかという気もする。その辺りも凄く絶妙な振る舞いだったなと思う。
「強気」バージョンのミジュの上手さは、「すべてを相手の決断に委ねていた」みたいなとことだろう。それこそ「罠にかかるまでじっと待つ」みたいなスタイルだ。そして僕は最初の内、ここには「ある種の不確実性を内包させる」というミジュの意思が反映されているのだと思っていた。「未必の故意」みたいな感じで、「罠にかかるならそのまま進めるけど、かからなかったらそれはそれでしょうがない」というような、「絶対に成功させてやる」という意思でやっているわけではないからこその怖さみたいなものがあるのだと思っていた。つまり、相手にとって何か悪い状況になったとしても、「あなたが選んだことですよね?」みたいに思えるし思わせることが出来る、みたいなことに重点を置いていると考えていたのである。
しかし、その後で「弱気」バージョンが描かれることによって、少し印象が変わった。「相手の決断に委ねる」というスタイルは別に、「相手に責任があると自覚させる」ためのものではなく、「ミジュ自身の生来的な性格」によるものなのかもしれないと思えるようになったのだ。というか、そのように捉える方が自然だろう。
そしてそう考えると、ミジュがどの時点から”計画”を考えていたのかという点が気になってくる。僕は、「ミジュが本作に初めて登場した瞬間」(正確に言うなら、そのもう少し前ということになるが)から”計画”の遂行を決意していた、と思いながら映画を観ていたのだけど、「弱気」バージョンのミジュの立ち居振る舞いを見ると、その辺りちょっと分からなくなってくる。つまり、「単に状況の変化に身を委ねているだけであり、そうしている内に”計画”の遂行のための条件がたまたま揃ったので実行に移した」という可能性も十分にあるように思うのだ。「弱気」バージョンのミジュを見ていると、なんとなくそんな感じもしてくるのである。実際にミジュも(これは「強気」バージョンのミジュだが)、「◯◯以外はすべて自分の意思ではなく動いていた」みたいな発言をしていた。それが本心なのかもしれない。
さらにその印象は、「学生時代」バージョンの描写によっても補強される。ミジュが鍵を放り投げるシーンがあるのだが(これもまた、ラストシーンに繋がっていて、なるほどという感じだった)、その行動もまた「相手に選択を委ねるもの」だったからだ。「強気」バージョンのミジュがもの凄く平静を保っているように見えるのも、彼女自身の自覚の中で「自分は別に何もしていない」と本気で思っているからなのかもしれない。
とまあこのように、「別人レベルで変貌するミジュ」という要素が加わることによって、物語の捉え方がもの凄く多様になっていく。ミジュという存在が様々に揺らぎ、その揺らぎが物語全体をも揺らがせている感じがして、凄く魅力的な存在だった。普段そこまで、映画のキャラクターに惚れ込むことはないのだけど、久々に、ミジュ(を演じたパク・ジヒョン)はメチャクチャ良いなと感じた。本当に素晴らしいなと思う。
というわけで、ざっくり内容についても触れておこうと思います。
あるオーケストラの指揮者であるソンジンは、楽団長の娘であり、オーケストラのチェリストであり、さらに婚約者でもあるスヨンが残した動画を見ている。2人は結婚目前だったのだが、スヨンは動画の中で「あなたとの関係に確信が持てなくなった」「すべてにイライラしてしまう」「私は結婚に向いてないんだと思う」「悪いのは私。あなたと別れるわ」と一方的に告げていた。クローゼットから慌ただしげに洋服を取ったような痕跡があり、スヨンはどうやらチェロを残したまま家出をしたようだ。
ソンジンはしばらく、チェリスト不在のまま練習を続けていたのだが、事務長から「楽団員から不満が出ている」と言われ、さらにスヨンの母親である楽団長からも「新しいチェリストの面接をしなさい」と言われたため、応募してきたミジュの面接をすることになった。というか彼女は、スヨンに頼まれてこの面接にやってきたようだ。一度は追い返してしまったソンジンだが、最終的には彼女をチェリストとしてオーケストラに迎えることにした。
その後、そう時間が掛からない内に2人は親しい仲になり、雨の日にソンジンの家で酒を飲んだ日にそのままベッドを共にした。翌日ミジュから「私の過ちのせいで悪いことをしてしまった。もう返信しません」と連絡が来るのだが、ソンジンは電話越しにピアノの演奏を聞かせ、再びやってきたミジュと身体を重ねていく。
しかしなんと、2人のそんな「秘事」を覗いている者がいて……。
というような話です。
しかしまあ、予告編を観ている時には、「状況は理解できるが、これが成り立つ設定なんてあり得るのか?」と思っていたのだが、本作ではその辺りの説明もかなり上手くやっていたなと思う。「普通なら絶対に起こり得ない状況だけど、こういう設定があるならギリギリ成立するか」というところを上手くついているなぁと思う。
また、様々な状況が明らかになって以降の「ソンジンの追い詰められ方」を描く設定もなかなか面白い。これは書いても別にいいと思うが、ソンジンは楽団長の娘に婿入りするのであり、彼が住んでいる家も母親が娘スヨンに買ってやったものである。ソンジン自身は軽食屋の息子だそうで、家は貧乏だったという。だから、「スヨンとの関係が失われれば、住居も仕事も脅かされる可能性がある」という状況にあるのだ。
そしてそれ故に、後半のある時点以降、かなり大きな葛藤に苛まれることになる。ソンジンの頭に浮かんでいるだろう選択肢は、現実レベルで言えば選べるのは1択しかないと思うのだが、ソンジンの特殊な状況を踏まえると、普通なら即排除されるべきもう1択も選択肢に入ってきてしまう。通常であれば悩む必要のない2択を天秤にかけなければならない状況であり、そういう描写もまたかなりイカれていたなという感じがする。
さて、ラストシーンは個人的には良かったと思うのだけど、そのラストシーンに至る少し前の時点で、「ソンジンは一体何をしてるんだ?」と感じたことがあった。これも詳しくは触れないが、「そのままにしてちゃダメじゃない?」ということだ(具体的なことに触れずに書くのが難しい)。
そして、その点に関してソンジンの言動にある種の整合性を付けるとするならば、「もしかしたらソンジンは、ラストシーンの状況を知っているのではないか?」という気にさえなる。というか、そう考える以外に、あの状況が成り立つとはちょっと思えない。そして、関わる全員が賛同しているのであれば、確かにあのラストシーンの状況は、全関係者にとって理想的と言っていいだろう(まさかここで、彼女が語っていたコンプレックスの話が関係してくるとは思わなかったけど。ホントに、伏線的な情報を散らばせ方が上手い)。
あと、この点に少し関係する話ではあるが、ラストシーンで、ソンジンがゴルフに行った後に、スヨンが自分の顔を手で拭っていたのもまた印象的だった。そのシーンを観た瞬間には「ん?」という感じだったが、そのすぐ後で「なるほど」となる展開も上手い。
というわけで、ストーリーもとても良かったのだけど、とにかくパク・ジヒョンの演技(というか佇まい)がとにかく素晴らしく、メチャクチャ惹きつけられてしまった。ミジュという、存在のさせ方がメチャクチャ難しいキャラクターを、別人レベルに変貌するぐらいの勢いで立ち居振る舞いを変える凄まじい演技で成立させている、実に見事な作品だったなと思う。
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