【映画】「蒸発」感想・レビュー・解説
予告編を観て鑑賞を決めた映画の中で、最も面白そうで期待していた作品。正直、期待ほどではなかったのだが、とはいえ、なかなかに面白い作品だった。ってか、よく撮れたなぁ、この映画。
なにせ、本作で扱われているものの一部は、「夜逃げ屋を使って”蒸発”した人」だからだ。よくもまあ、そんな人にアプローチし、さらに取材するところまで持っていけたものだなと思う。
日本では、年間8万人ほどが行方不明になるという。その大半は帰宅するのだが、数千人はそのまま姿を消す。日本ではそういう人を「蒸発者」と呼ぶ。で、本作は、ドイツ人監督と日本人監督の共作なのだが、公式HPには次のように書かれていた。
【ドキュメンタリー映画祭の最高峰の一つ、コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭では連日超満員を記録し、ミュンヘン国際ドキュメンタリー映画祭では最優秀作品賞を受賞。さらに40以上もの国際映画祭で注目を集め、ドイツ国内50館以上のアートハウスで上映され「JOHATSU」という言葉を世界に知らしめた。】
少し前に観た映画『小学校~それは小さな社会~』で、「TOKKATSU(特別活動)」が海外で知られるようになったみたいに書かれているが(「特別活動」とは、「給食の配膳」や「教室の掃除」などのことである)、もしかしたら「JOHATSU」もその内外国で通じる日本語になるのかもしれない。
そんな本作『蒸発』は、主に3つのパートに分かれて進行していく。1つが、「息子が失踪してしまった母親」の物語である。他県の寮で暮らしていたはずの息子がある日突然いなくなり、それからまったくの音信不通なのだという。探偵なのか弁護士なのか分からなかったが、彼女は人を雇って息子の行方を探してもらっているのだが、まったく見つからない。携帯電話会社や警察に相談しても、「個人情報保護のため、本人と連絡が取れない限り情報の開示は出来ない」と言われてしまうそうだ。まさにその「本人と連絡を取ること」が出来ないから助けを求めているのに、である。
2つ目は、「大阪府・西成区に暮らすある男性」の物語だ。彼は貧しい家に生まれ育ち、そのこともあってヤクザの事務所で働くことになったそうだが、「ちょっと借りていた金が返せなくなった」とかなんとか(ごにょごにょしていてよく分からなかった)で逃げ出し、西成に行き着いたのだそうだ。彼は、
【西成は、仕事がなくても、身なりが汚くても、本名でも偽名でも、たとえ犯罪に手を染めていても生きていける場所。言い方は悪いかもしれないけど、今はパラダイスみたいに感じている】みたいなことを言っていた。
そして3つ目が、これがボリュームとしてはメインになるのだが、「TSCという夜逃げ屋の女社長と、彼女が逃がした元依頼者たち」の物語である。映画の冒頭は、女社長とスタッフが、まさに今夜逃げをしてきたノダという男性(ただ、人名や地名は実際のものとは変えているそうだ)を車に乗せるシーンから始まる。彼は彼女から軟禁に近いような扱いを受けているとかで、その彼女が風呂に入っている僅かな隙に抜け出してきたようである。女社長がノダ氏に「もう戻れないからね」と言っていた。
さて、このノダ氏の顔にはモザイクが掛かっていた。と書くと、「他の人にはモザイクがないのか?」と感じるかもしれない。答えは、あったりなかったりする。同じ人物でも、場面によってモザイクがかかっていたりいなかったりするのだ。
しかし普通に考えて、そんなことあり得ないだろう。蒸発者が顔出しで取材に応じるはずがない。もちろんここにはカラクリがあり、本作では映画冒頭でこんな表記がなされる。
【個人情報を守るために、AIを使って一部顔や声に加工を施しています】
さて、本作を観た人でも、正直、この表記の意味が理解できなかった人もいるかもしれない。作中では突然モザイクが外れ、蒸発者が顔丸出しで話している場面が映し出される。「ん? どこに加工が?」と感じた人もいたんじゃないだろうか。
これ、「その丸出しの顔が本人とは別人のものがはめ込まれている」のだ。フェイクニュースなどでよく「ディープフェイク」という名前を耳にするが、これがその技術だ。フェイクニュースでは、「一般人の顔に有名人の顔をはめ込む」みたいな形で使われることが多いだろうが、本作では、本人の顔の代わりに、恐らくAIで作った架空の人物の顔がはめ込まれているのだろう。
僕は以前、『チェチェンへようこそ』というドキュメンタリー映画でこの技術が使われているのを観たことがあり、マジで驚いた。この映画では、主人公的な人物の顔がディープフェイクで隠されていたのだが、最後にそのディープフェイクが解かれ、本人の顔が明らかになるのだ。まだ「ディープフェイク」なんて技術が広く知られる前に観たはずで、「こんなことが出来るのか」と衝撃を受けた。
モザイクで顔を隠してしまうと、どうしても表情なんかも隠れてしまう。「この言葉を、どんな顔をしながら喋っているのか」みたいなことも1つの情報として重要だと思うのだが、モザイクはどうしてもその情報を覆い隠してしまうのだ。
しかしディープフェイクを使えば、本人の顔は隠したまま、表情は見せることが出来る。僕がドキュメンタリー映画でディープフェイクに触れるのは本作が2度目のはずだが、この手法は今後多用されてもおかしくないなと思う。非常に画期的である。
TSCで夜逃げした人も何人か映し出されるのだが、メインで描かれるのは「元会社経営者」と「カップル?で夜逃げした男女」の2組計3人である。
元会社経営者は、祖父の代から続く会社を父から引き継いだのだが、経営が悪化してしまったようだ。「5億円を借りる時はもう『無』でした」「生命保険も入ってたんで、もちろん自殺も考えましたけど、その勇気がなかったです」みたいなことを言っていた。
さて、あまり詳しい事情には触れないが、彼は夜逃げしたにも拘らず、結果的に家族とのやり取り(主に電話のようだ)は復活しているようだ。かなり稀なケースではないかと思う(ただ、だからこそ取材を受ける決断も出来たと言えるだろうか)。
そしてもう1組が、「ラブホテルでの住み込みの仕事を斡旋してもらったカップル?」だ。正直、この男女の関係はよく分からなかったのだが、男性は「崇拝していた先輩が経営していたブラック企業」から、そして女性は「ボス(何のボスなのかは不明)」から逃げてきたそうだ。ラブホテルの使われていない1室(そもそもそんなのがあるのか?と思うのだが)に2人一緒に住んでいるらしく、だからカップルなんだと思っていたのだが、その辺りの説明はあまりなくよく分からなかった。
彼らが住んでいる(働いている)ラブホテルの外観が映し出されたし(もしかしたら彼らが実際にいる場所ではないかもしれないが)、今も追われている身であることに変わりはないはずなので、取材を受けることはかなりリスキーなように思える。彼らがどうして本作の取材を受けたのかはよく分からないが、TSCへの恩義からか、あるいは隠れ続ける人生の中で何か自分たちの人生を記録として残しておきたくなったのか。その辺りの動機も聞いてみたいなと思ったりした。
さて、本作では最後の最後に分かるのだが、TSCの女社長もまた夜逃げして人生を立て直した人物のようだ。恐らく父親か母親のどちらかからDVを受けていたようだ。「死に顔は、見るつもりはない」「骨になったら会おうかな。その時にどう感じるのかは楽しみ」と言っていた。そんな彼女は、26歳で独立して夜逃げ屋の仕事を始めてから「丸一日休み」みたいな日はほぼなかったという(今は40~50代だろうから、20年ぐらい無休ということだろう)。「脚の怪我をした時と、気を失ってた1日半以外は休んだことがない」と言っていた。自分も辛い経験をしたから、可能な限り多くの人を救いたいという一心なのだろう。無理のない範囲で頑張ってほしいものだなと思う。
ちなみに、TSCのスタッフには元依頼者もいる。「正社員として働ける場所がない」という切実な理由もあるみたいだが、「自分と同じような状況にいる人を救いたい」という想いもやはり持っているのだと思う。作中では「夜逃げ屋の仕事は合法だが、その一部はグレーゾーンだ」と表記された。もちろん、危ない橋を渡ることもあるのだろう。
恐らく、夜逃げ屋の稼業に関わっている人が一番そう感じているはずだが、「夜逃げ屋なんて仕事がなくなる世界になってほしいな」と思う。
正直、「ドキュメンタリー映画」としてはもう少し何かあってほしいと思ってしまったが、とはいえ、このテーマでは出来ないことの方が多すぎるし、本作は「マジでどうやったんだ?」と思うぐらいかなり深入りしていると思うので文句はない。日本という国は世界全体で見てもメチャクチャ平和で安全な国だと思うが、それでも、「すべてを捨てて蒸発しなければならない」みたいな状況に追い込まれている人がいるというのが事実としてあるし、嫌な現実だなと感じさせられた。
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