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「コロナワクチンなんて打つわけない」と考えるのは何故か?について考えた

コロナワクチンについて、日々考えている。というのも、自分の周りに、「えっ、なんでワクチン打つの?」みたいな奴(Aさんと呼ぼう)がいるからだ。そいつとは歯に衣着せぬ感じで議論できるのであれこれ言うのだが、全然話が通じない。

そこで、伝わらないのは何故なのかを日々考えている。

その考えた内容をここに書こうと思うのだが、まず僕の基本スタンスを書いておこう。

僕は、「ワクチンを絶対に打て」とは思っていない。「ワクチンを打つのは不安だ」という感覚は真っ当だと思う。デマを信じている人はともかく、色々考えた結果、「コロナも怖いけど、ワクチンも怖いから、自分は打たない」と結論するのは、正しいと思う。

そういう意味で、「ワクチン接種の義務化」には反対だ。最近ニュースで、フランスが実質的にワクチン接種義務化に踏み切った、と知った。ワクチンパスポートがなければ行動に制限が掛かる政策を取っているようだ。ちょっと、それは問題だと思っている。

では僕は何を問題視しているのか? それは、「ワクチンなんか打つはずないでしょ」という態度だ。

ワクチン接種に”悩んでいる人”のほとんどは、「コロナも怖い、でもワクチンも怖い」と考えているはずだ。”悩んでいる”というのは、どちらもリスクがある選択だと考えている中で、どちらを選ぶか、という状態だと思うからだ。

しかし中には、そういう”悩んでいる”という状態を経ずに、「打たない」と考える人がいる。つまり、「ワクチンは怖い、でもコロナは怖くない」と考えている、としか考えられないということだ。先述したAさんも、そういうタイプだと、僕は考えている。

そして、何故そんな判断になるのか? について、僕なりに考えてみた。


Aさんとの議論で、

◯ワクチン打って死んでる人もいるしな

という発言が出てきた。ここから、

◯Aさんは、死ぬのは怖いし、避けたいと思っている

ということが分かる。そこで、コロナの死亡率と、ワクチンの死亡率を比較してみよう。

https://news.yahoo.co.jp/pages/article/20200207
このサイトを、8/10の22時に見ている現在においては、

累計感染者数:1,055,093人
死亡者数:15,315人

ということなので、

コロナによる死亡率:約1.45%

である。

また、
https://news.yahoo.co.jp/pages/20210122
このサイトを同時刻に見ている現在においては、

ワクチン累計接種人数:6,269,246人(1回でも接種した人)

であり、
https://news.yahoo.co.jp/articles/fbb6509bbd3ee0d71d7a33525212bce14767bea3
この記事によれば、

コロナワクチンの接種後の死亡者数:751人(2021年2月17日~7月21日)

だという。期間の設定が感染者数の方と合わないので、とりあえず倍の1500人ということにしよう(この「死亡者数」は、ワクチンの副作用で死んだと認められたわけではなく、ワクチン接種後に死亡した事例なので、実際にワクチンの副作用で死んだ人はもっと少ないだろうが、とりあえずこの数字で計算する)

この場合、

コロナワクチンによる死亡率:約0.024%

となる。

ならべると、

コロナによる死亡率:約1.45%
コロナワクチンによる死亡率:約0.024%

となり、どう考えてもコロナで死ぬ確率の方が高い。

(改めて注意喚起するが、「コロナワクチンによる死亡率」は、実際にはもっと低いはずだ。何故なら、現在発表されている「コロナワクチン接種後の死亡者数」は、「ワクチンを打った後に亡くなった人」の合計であり、その中にはコロナワクチンとは無関係に死亡した人も含まれているからだ。つまり、この「約0.024%」という数字は、最大値だと考えればいい)

(あと、これも触れておかなければフェアではないだろうから書くが、「コロナによる死亡率」も最大値だと考えるべきだろう。何故なら、この計算で使用している「累計感染者数」というのは、「検査で陽性と判明した人の数」だからだ。恐らく、無症状でコロナに感染していると気づかない人もいるだろうから、そういう人も含めるなら、死亡率はもっと低くなると考えられる)

しかし、ワクチンを打たないと考える人にこの数字を見せても、恐らく考えが変わらないだろう。Aさんとの議論においても、どうもそういう話ではないという雰囲気を感じた。


さて、厳密に「確率」のことを考える場合、「コロナによる死亡率」の計算には、実は足りない要素がある。

それは、「自分がどれぐらいの確率で感染すると考えているか」である。この確率を「X%」とすると、

コロナによる死亡率:約1.45×(X/100)%

ということになる。

そして僕は、この「X」の数字をどう考えているかの違いではないか、という結論に至った。

例えば僕は、「いつコロナに感染してもおかしくない」と思っている。それを確率の数字に変換するとすれば、例えば「50%」ぐらいになるだろうか。この場合、

僕が思う「コロナによる死亡率」:0.725%

となる。もちろんこれでも、ワクチン接種より全然死亡率は高い。

しかし人によっては、「自分はコロナに罹らない」と楽観視している人もいるだろう。そういう人の感覚を確率の数字として「0.01%」としてみると、

コロナに掛かる可能性をかなり低く見積もっている人の「コロナによる死亡率」:0.000145%

となる。

一方ワクチンの方は、「自分の判断で打つ(確率100%)」か、「自分の判断で打たない(確率0%)」のどちらかしかない。つまり、死亡率は「0.024%」か「0%」のどちらか、ということだ。

となると、「ワクチンの方が危険」という主張が成り立つことになってしまうのだ。

もちろん、こんな風に実際に数字を調べて確率を計算しているわけではないだろうが、肌感覚としてこんな計算をざっとしていて、だから「ワクチンの方が危険だ」と判断している人は結構いるんだろうと思う。

そうじゃないと、合理的には理解できない判断だと感じるからだ。

そして、上記の議論は決して、「死亡率」だけに限らない。例えば、「コロナによる重篤な後遺症」と「コロナワクチンによる重篤な副作用」を比較すれば、どう考えても前者の方が重篤度は高いはずだ。他の要素を比べても、「コロナの方が大変・危険」だというのは、正しく情報収集していれば分かるはずだ、と僕は思う。

それでも「ワクチンが危険」だと判断するのは、「どれだけ大変・危険だろうが、コロナは罹りさえしなければ問題ないし、自分はきっと罹らない」と考えているからだろう。そうとしか考えられない。

そして、もしそういう判断の元に「ワクチンを打たない」と考えているのであれば、それは誤りだろう、と僕は思う。

また、「確率」とちょっと関係する話ではあるが、「自己責任か否か」も、判断に影響している気がする。

先程書いた通り、ワクチンの場合は、「自分の判断で打つ(確率100%)」か、「自分の判断で打たない(確率0%)」のどちらかしかない。つまり、「ワクチンを打って何か問題が起こった場合、それは自己責任だ」ということだ。

特に若い世代の人は、「自己責任の場合、他人に責任を転嫁できない」と考え、嫌悪したがる傾向があるように僕は考えている(若い人に限らないかもしれないので、これは僕の偏見だと思ってもらっていい)。

しかし、コロナに罹るかどうかは、「自己責任ではない」。自己責任の要素がゼロとは言えないが、しかし、ワクチンと比較して「自己責任度合い」は圧倒的に低い。つまり、「コロナに罹っても、自分のせいじゃないと言い張れる」ということだ。

もしかしたら、この差も大きいかもしれない、と思ったりもする。


さて、自分で書いていても、ちょっとまとまりがない気がするなと感じる文章なので、最後に一つ、コロナワクチンに関して気になっている話に触れておわろう。

それは、「長期的な影響がないと保証できるのか?」という主張についてだ。

コロナワクチンについては、「長期的に悪影響を及ぼす可能性がある」という”デマ”が存在するという。”デマ”と表記したのは、「長期的な影響については、現時点で何も分かっていないのだから、長期的な影響について具体的に指摘している記述はすべてデマ」という意味だ。

実際に、長期的な影響はあるかもしれないし、それはまだ分からない。そして、そこに不安を抱く気持ちも理解できなくもない。

しかし、じゃあこう問われたらどうするのだろう?

「コロナに掛かった際の長期的な影響は?」

これだって、まだはっきり分かっているわけじゃない。「コロナワクチンを打ったら10年後に◯◯になった」という可能性はあるが、同様に、「コロナに罹ったら、10年後に●●になった」という可能性もある。そして、「◯◯」と「●●」のどちらが酷い状況かは、現時点では誰にも分からない。

だから、「長期的な影響」を指摘する議論は、ちょっと本質を見誤っているように感じられてしまう。

また、長期的な影響については、別の観点からも指摘できる。例えば、化粧品・日焼け止め・塗り薬など肌に塗るもの、あるいは食品・飲み薬など身体に入れるもので、新しく開発・発売されるものもあるだろう。

それが、長期的な影響を及ぼさないと、誰が保証してくれているのだろうか?

「コロナワクチンの長期的な影響が分からない」というのは正しい指摘だし、それを不安視するのは良いことだが、それは、自分が肌に塗っているすべてのもの、あるいは口に入れているすべてのものに対して感じるべきことだと思う。

「コロナワクチンが危険で、日焼け止めが危険じゃない」なんていう保証はどこにもない。「長期的な影響が怖い」というのであれば、肌に塗るものや口に入れるものはすべて、50年以上前から存在し、その製法が一切変わっていないものを選ぶしかない。極端な主張かもしれないが、そんなに間違ってもないだろう。

「コロナワクチンについては危険性を主張する人がいる」と言う人もいるかもしれないが、それは、様々な要因を考慮する必要があるだろう。

まず、「コロナワクチン以外についてだって危険性を訴えている人はたぶんいるが、その情報が届いていないだけ」という可能性は十分にある。今の時代は、自分で調べたことや、自分が今関心を持っている分野以外の情報は視界に入らない、ということを認識する必要がある。

また、「コロナワクチンは、不安視する人が多いが故に、目立とうと思って過激な主張をする人間が出てくる」という背景も考える必要がある。注目度が高い事柄であればあるほど、RTされたい・再生回数を増やしたい・目立ちたいなどの理由から、根拠のないことを言う人間は出てくるものだ。

つまり、あなたがどれだけコロナワクチンの危険性を指摘する情報をたくさん見かけたとしても、それは、コロナワクチンが危険だと示す証拠には一切ならないということだ。

もちろんこれは、危険性の指摘だけに当てはまる話ではない。あなたがどれだけ、コロナワクチンの安全性を指摘する情報をたくさん見かけようが、それは、コロナワクチンが安全だと示す証拠にはならない。

ただし、「情報の性質」と「人間の心理」の関係上、「危険性を指摘する情報」の方が早く広まることになるので、「安全性を指摘する情報が多い」という状況は、「危険性を指摘する情報が多い」という状況よりは信頼できる、とは言えるだろう。

とりあえず、最近考えたのはこんな感じのこと。

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