【映画】「サバイバルファミリー」感想・レビュー・解説
面白い映画だったなぁ。
純粋に物語としても面白かったんだけど、色々考えさせられる映画だった。
僕は「依存する」という行為が好きではない。好きではない、というか、ほとんど恐怖に近い感覚を持っている。
もちろん、僕らの生活は今様々なものに依存していることは分かっている。電気・ガス・水道、インターネットなどのインフラはもちろん、どんどん便利になる電化製品、スマホであらゆる事が完結できてしまうような環境などが、当たり前のように僕らの生活を支えている。
この変化を悪いと感じているわけではない。
昔は、「生活する」ということだけで毎日が終わっていたのだろう。火を熾し、薪を割り、洗濯物を手洗いし、農作物を収穫する。生活だけで日常が終わってしまった世の中よりは、現代の方がずっと良い。そういう感覚は当然僕の中にもある。「生活する」ということの不自由さが様々な形で解消され、それによって浮き上がった時間を僕らは様々なことに使っている。それらの活動が、新たな発見を生み、新たな技術を生み、人間は益々大きな存在になっていく。そんな風にして出来た環境を丸ごと否定したいわけではない。
けれど、それでいいんだろうかと、僕はふと立ち止まりたくなる瞬間がある。そうやって、便利さを突き進む方向に向かっていって、本当にいいんだろうかという感覚は、僕の中にずっとあるのだ。
確かに、「生活する」ことを便利にする様々なツールは、僕らの生活を豊かにしてきた。ここで言う「豊か」とは、生活に割く時間を別の活動に当てることで、考えたり、学んだり、身体を動かしたりと言った「自分を前進させる活動」にエネルギーと時間を向けることを指している。つまり、人類の便利さの希求は、ある時期までは「生活する時間」を「自分を前進させる時間」に変換するという機能を持っていたはずだと思う。
しかし、生活の便利さは、もうほとんど解消されてしまっただろうと思う。それでも人類は、便利さへの希求を止めない。今僕らが突き進んでいる道は、これまでの「生活する時間から自分を前進させる時間への変換」とは違う。僕の感覚では今は、「自分を前進させる時間」を節約し「怠ける時間」を増やそうとしている。そんな風に思えて仕方がないのだ。
もちろん、「怠ける」という言葉はちょっと強すぎるし、すべての人に当てはまるわけではない。けれど、感覚的には分かってもらえるのではないかと思う。僕が言いたいことは、学んだり考えたりする時間を削って娯楽のための時間を生み出す、そのために様々な便利さが消費されているのではないか、ということだ。
もちろん、娯楽のための時間を生み出すことを豊かさの一つの指標と見ることだって出来る。別に、娯楽を否定するわけでもない。ただ、便利さの希求が向かう先が変わっているのではないか、という意識を持つことは大事ではないかと思うのだ。
「便利だから」という理由で様々なことが受け入れられる世の中だが、結局その便利さは人間の能力を奪っているだけではないのか?様々なテクノロジーのお陰で、僕らは「自分を前進させる時間」を殊更に持たなくてもある一定の知識の保有や思考が出来るようになった。けれども結局それらは、自分の内側にあるのではなくテクノロジーの内側にある。そのことに、怖さを感じないか?
それが何のための便利さで、その便利さに手を伸ばすことで自分の中から何が失われるのか。僕はそのことをいつも考えてしまう。この映画を見て、やはり強くそう思った。
結局人間は、最後には自分の内側にあるものを頼りにして生きていくしかないのだ、と。
自分の内側にあるものというのは、知識や経験と言ったようなものだ。それらは、自分の外側の様々なものが失われても奪われることはない。誰もあなたの頭や手足から、知識や経験を奪うことは出来ないのだ。
便利さは、確実にあなたから何かを奪っている。便利さに奪われても困らないものもある。しかし、便利さに寄りかかることで取り返すことが出来ないものを失うこともある。
生まれた時から圧倒的な便利さの中で暮らしていた世代は、失ったという感覚もないまま出来ないことが増えていく。もちろん、それまでには出来なかったこともたくさん出来るようになるのだが、便利であればあるほど、その「出来ること」は便利さに依存しなければ発揮できなくなる。
便利さが未来永劫失われないなら、何の問題もない。でも、本当にそう信じていいのだろうか?
物語は、実に単純だ。三行でまとめるとこうなる。
突然、電池も含めたあらゆる電気が使えなくなる
当たり前の日常が崩壊し、生存が危ぶまれる。
東京から実家のある鹿児島まで自転車で向かう。
しかしこの単純な物語の中に、様々なことを考えさせる要素が詰め込まれている。
一家は、どこにでもいる普通の家族だ。父親はサラリーマンで、会社ではちょっと偉ぶっていて、家では何もしない。母は、実家の父から送られてきた魚が捌けず、また無農薬の野菜についている虫を嫌悪する。娘は一日中スマホを触って生きている。息子は爆音で音楽を聞きながら、パソコンで色んなことをしている。
ある朝起きると、停電になっていた。会社のビルの自動ドアが開かないから割って入る。電車も動いておらず、会社にも学校にも辿り着けない者が多数。マンションのエレベーターも使えないから、ゴミ出しのついでに買い物を、と思って財布を忘れてきたことに気づいてため息をつく。
原因は一切不明。一週間経っても状況に変化はなし。電気が一切使えないから、ちょっと先の情報さえまるで入ってこない。食料も水もろうそくも尽きかけている。
家族は決断した。鹿児島まで行く、と。羽田空港まで自転車で行けば、きっと飛行機は飛んでる。
その予想は、辛くも打ち砕かれた。
一家は、自転車で鹿児島を目指すという非情な決断をし、道中様々な苦難を乗り越えながら鹿児島を目指すが…。
というような話です。
凄く面白い作品でした。正直そこまで期待しないで観に行ったんですけど、観て良かったなぁ。
まず、「電気が使えなくなった世界」での様々なシミュレーションが面白い。
最初の方は、割と想定できるようなことが描かれる。ガスも水道もダメ。スーパーはほとんど商品がない。信号が消え、車は放置され、ゴミが散乱する。そういう、まあそうだよねぇ、と思うようなところから入っていって、段々、おーなるほど確かにそうなるかもなぁ、と感心させられるような描写が現れてくる。
これから観る人の興を削がないように具体的に書きすぎないようにするけど、僕が感心したのは「トンネル」と「大阪での海産物の炊き出し」だ。
この両者は、「電気が使えなくなった世界」では確かに起こりうると思う展開なんだけど、僕の頭の中にはまったく存在しないものでした。特に「トンネル」の方は、「電気が使えなくなることで、こんなことが商売になるのか」と凄く感心させられました。大規模停電が起こった時の想定というのは国や地方自治体や研究者がやってるんだろうけど、そういうのは基本的なインフラとかがメインになっていくような印象があります。この映画で描かれているのはそういうものではなくて、もっと個人目線のものです。恐らく観る人によっては、なるほどこんな想定したことない!という場面が様々に変わるでしょう。このリアルなシミュレーションが非常に魅力的な作品だと思います。
しかし、撮影大変だっただろうなぁ。電気が使えないという設定だから、画面に電気的なものが映り込んではいけないし、「街中にゴミが散乱してる」とか「高速道路を人が歩いたり自転車が走ったりしてる」という状況を作り出さないといけないわけです。かなり後半で、家族が野犬に襲われるんだけど、そんな一家を結果的に救う形になったある存在も、撮影のために引っ張り出してくるのはなかなか難しかったんじゃないかと思わせるものでした。
そして映画を観ながら、冒頭で書いたようなことをあれこれと考えさせられました。この映画では「電気がなかったら」を描き出していますが、決して電気に限りません。僕らの生活は、ありとあらゆる「あって当たり前のもの」に支えられていて、僕らは普段そのことをあまり意識しない。例えば、「電気」ではなく「インターネット」がなくなっただけでも、世界中は大混乱に陥るでしょう。「文字」「お金」「法律や道徳」「太陽」など、僕らの生活を成り立たせている「あって当たり前のもの」は様々です。これらがなくなったら…、と想像してみるのは、非常に面白いなと思いました。
また、これはこの映画に限らず色んなところで描かれるでしょうが、危機においてはやっぱり女性の方が強いだろうな、と思いました。父親は、「俺についてくれば大丈夫だ」と威勢の良いことは言いますが、結局何が出来るわけでもない。一方で母親は、様々な場面で状況を進展させたり後退させないようにする行動を取る。もちろん、すべての男女がそうではないだろう。実際にこの映画でも、「停電になっていることを楽しむ一家」というのが登場する。その雰囲気は、両親が共に作り上げているものだ。主人公一家とは大違いで、その対比も面白い。
「◯◯がもしなくなったら…」なんていうことは、普段あまり考えずに生きていられる。けれど、自分の生活がどんな「あって当たり前のもの」に支えられているのかは、考えてみた方がいいかもしれない。この映画のような、原因が分からないまま電気が使えなくなる、という状況はまあまず起こらないでしょう。しかし、様々な自然災害によって近い状況が生み出される可能性は常にあるし、今後日本が戦争に巻き込まれないとも限らない。そうなった時に、自分がどんなものを失ってきたのか分かるのでは遅いかもしれない。自分が今どんな便利さの中にいて、その便利さが何を奪っているのか。それを把握することは、人生を強固にする上で大事なことかもしれません。
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