【映画】「霧のごとく」感想・レビュー・解説

どんな話なのかまったく知らずに見に行ったが、これは実に面白い作品だった。台湾の悲劇的な歴史を扱った作品だが、そんなテーマでありながら全体的にはとても楽しい雰囲気のある映画で、「過去の歴史の悲惨さ」を知りながら、エンタメ作品としても楽しめる、なかなかよく出来た映画だなと思う。

というわけで、まずは内容を紹介しよう。

物語は1953年から始まる(台湾の暦で民国42年だそうだ)。映画の最後で僕はようやく知ったが(年配の人は当然知っているのだろう)、この時台湾は戒厳令下にあったという。映画の最後には「38年続いた戒厳令下が終わった」という表記があった。

そしてそんな戒厳令下で行われていたのが「白色テロ」である(この表現は作中には出てこない。公式HPの記述を参考にしている)。恐らくだが、意味としては「赤狩り」みたいなことに近いのだろう。反政府分子を徹底的に弾圧し、捉えては銃殺刑に処す、みたいなことが繰り返されていたようである。

主人公の阿月(アグエー)は、台北から離れた嘉義に弟と一緒に住んでいる(作中で、「民国49年には20歳になる」という発言があったので、民国42年では13歳だったのだろう)。両親は亡くなり、叔父一家が転がり込んでくる形で生活をしている。

そして、兄の育雲は、サトウキビ畑に身を潜めていた。反政府分子として追われているからだ。アグエーは時々兄の元を訪れては、食べ物を渡したり、兄が作った物語を聞いたりしている。しかしある日、そんな兄も捕まってしまった。

1年後。隣家の者がアグエーの家を訪ねてきた。なんでも、彼の家に通知が届いたのだという。それは、兄・育雲の銃殺の知らせだった。台北の極楽斎場に遺体があるから取りに来いという。

しかし遺体の引き取りには多額の金がかかる。誰も詳しい金額は知らないようだが、隣家の者は600元は必要だと言っていた(この金額について叔父は、「一家が1年暮らせる金額だ」と言っていた)。とてもじゃないが、そんな金額払えるはずがない。しかしアグエーは、慕っていた兄の遺体をそのままにしてはおけないと、僅かな荷物と兄の形見である腕時計を持って、たった1人で台北へと向かった。

何も分からず極楽斎場へと向かっていると、1人の男が声を掛けてきた。金がないのに極楽斎場で兄の遺体を引き取ろうと考えるアグエーに、「だったら役人の叔父を紹介しよう」と一緒に人力車に乗った。しかし、叔父がいるという家に着くと2人は豹変、アグエーを拘束し、遊郭に売り飛ばそうと話をし始める。アグエーは完全に騙されてしまった。

しかし、アグエーの荷物が人力車に忘れられていることに気づいた車夫が戻ってきてくれたお陰で、どうにか難を逃れることが出来た。そしてそんな縁から、全然関係ない車夫・趙公道(ザオ・ゴンダオ)と共に、兄の遺体を引き取るための算段を立てることになる。

ゴンダオは中国出身だが、軍人として台湾に渡ってきて、そしてそのまま本国へ帰れないままその日暮らしをしていた。彼の上官が反政府分子だったせいで彼も疑われ、拷問を受けた挙句軍からも追い出されてしまったのだ。彼自身も金がなく生活が大変な中、たまたま出会った少女のことが放っておけず、なんやかんやと世話を焼いてあげる。

とにかく金がなければどうにもならないので、遺体を引き取るための手数料を工面しようとあれこれ奮闘するのだが……。

というような話です。

本作は本当に、ストーリーとしては「1人で台湾までやってきた少女が、兄の遺体を引き取ろうとする」というだけで、本当にそれ以上のことは特にありません。もちろん、その背景として「白色テロ」が描かれるし、そのとばっちりを受ける形となったゴンダオの人生も描かれるのですが、ストーリーの本筋としては「兄の遺体を引き取ろうとする」だけです。まあ、非常にシンプルだと言っていいでしょう。

けど、これがなかなか面白かったなぁ。

まずは、これは僕の好みの話だけど、「自国の恥を描く」みたいな映画には結構好感が持てる。ドイツのホロコーストや、韓国の軍事政権下のあれこれなど、自国の恥ずべき過去を詳らかにするみたいなのはエンタメであるかどうかに関係なく大事だと僕は思っているし、そういう作品だったことが良く思えた理由でもあるでしょう。

公式HPには監督のインタビューが載っているのですが、そこにこんな風に書かれていました。

【二・二八事件や白色テロがあったことは、多くの台湾人と同じように「なんとなく」知ってはいましたが、深く調べたことはなかった】

監督は、今日調べた限りでは63歳のようですが、それぐらいの年齢の人でも「なんとなく」ぐらいしか知らない歴史みたいです。となると、本作は台湾の人にとっても大きな意味があると言えるだろうし、もちろん、台湾以外の人が知ることも重要でしょう。

僕は本作の「白色テロ」に限らず、ホロコーストでも、香港のデモとか、BLM運動とか色んなことに対して感じることなのだけど、「体制・権力側にいる人間は逡巡したり躊躇したりしないのか?」と思ってしまいます。「そういう時代だったから仕方ない」みたいな話で終わっちゃうのかもしれないけど、個人的には「まともな人間の神経では、そんな状況耐えられなくない?」と感じてしまうのです。本作でも、なんやかんやあって警察に連れて行かれたアグエーが警官から殴られたり、かつて自分を拷問した警察が未だにゴンダオに張り付いていたりと、「まともな神経でそんなことしてるのか?」と感じるような行動が映し出されるのだけど、ホントに信じられない。

とはいえ、「自分もその時代その状況にいたら、そういう振る舞いをしてしまったのかもしれない」という想像力は手放さないようにしているつもりではあります。時代全体の雰囲気に逆らうのは難しいというのは、多くの人がコロナ禍に経験したことでしょう。その圧力みたいなものは、コロナ禍よりも戦争などを背景にした時の方が遥かに強いだろうし、そうなった時、平時と同じ判断基準で物事を考えられるかはなんとも分かりません。

しかしだとしても、「自分はあんな風にはならないぞ」と多くの人が思っていないと、あまりにも容易に状況は変わってしまうだろうし、だから僕は、想像力の欠如のつもりではなく、「自分はあんな風にはならない」と思うようにしているし、みんなもそうであった方がいいんじゃないかと思っています。

さて、そういうシリアスな内容も興味深かったんですが、本作は、重めのテーマを扱っていながら全体としては凄く楽しい雰囲気の作品で、そのこともまた良かったなと思います。シリアスなだけだと、やっぱり広く観てもらうのが難しいからなぁ。

本作では、その楽しさの大部分をゴンダオが担っています。親切心からした行為によって失敗したり、仕事を探そうと奮闘して空回りしたり、明らかにAを選ぶべきなのに色々あってBを選んじゃう、みたいな行為が色々面白くて、客席からも随所で笑い声が上がっていました。

なんなら、作中では「ゴンダオがちょっと凶悪なことに手を染めようとする」みたいなシーンもあるんですが、このシーンでさえも割とユーモラスな感じに仕上がっていて、凄いなぁ、という感じです。リアリティ的なものを失わせず、物語としてちゃんと笑えるものに仕上がっているというのは、結構難しい気がします。

あとは、「あの泥棒は、あの大混乱のシーンを描くために登場させたのか?」とか「アグエーの『もっと早く揚げて』の発言」とか、随所に笑えるポイントがあって、とても楽しく観れたなと思います。

凄くメッセージ性があるとか、凄く思考を刺激するみたいなことはないので、感想として書けることはあまりないのだけど、「良い映画を観たなぁ」と思えるような作品で、凄く良かったです。最後の展開も良かったなぁ。そのちょっと前に「主要登場人物たちのその後が字幕で説明される」みたいなシーンがあって、一瞬「えっ、実在の人物の話なの?」と驚いたけど。そういうわけではなさそう。良い映画だった。


いいなと思ったら応援しよう!

長江貴士 サポートいただけると励みになります!

この記事が参加している募集