【映画】「トロフィー」感想・レビュー・解説
なかなか面白い映画だった。起伏のあまりない穏やかな物語だが、じわじわと感じ入る部分がある。
主人公は、朝鮮学校に通う中学生のソヒ。在日コリアン4世だ。祖先が北朝鮮生まれだが、ソヒは(たぶん)日本生まれ日本育ちのはずで、北朝鮮に対する帰属意識みたいなものはない。どころか、若干の嫌悪感を抱いてもいると思う。通学途中、バッグにつけたお守り(?)を裏返していた。ハングルを読まれたくないからだろう。
学校では、朝鮮舞踊の部活に入っている。小学校の頃から習っているようだ。毎年大会があり、去年は銀賞。今年はセンターのリョニと一緒に皆で金賞を狙うつもりだ。
ある日、日本の学校との交流会でペアになった遠山未来と「BTS好き」ということで意気投合した。東京公演が決まったとかで、未来は行く気満々だったが、ソヒはちょっと悩んでしまう。ファンクラブに入るお金も、ライブチケットを買うお金もないからだ。
そこで未来が、「フリマで売るの手伝うから、韓国語教えて」と持ちかけてきた。ソヒは家族の協力も得ながら、家にある不用品を漁る。朝鮮学校(ソヒが通っているのとは違う小学校)で校長をしている父親のCDを売ってもいいと言われ(サザンだけは駄目だが)、それらを持って未来と一緒に出品用の写真を撮った。
で、なんと高値で売れたのが北朝鮮のCDだったのだ。こうしてソヒはファンクラブに入れたのだが、まだチケット代には届かない。そこで、もっと売れるものはないかと家を漁っている時に、父が北朝鮮から授与された「勲章」を見つけ……。
作中での大きな出来事は「ソヒが勲章をフリマサイトで売ってしまう」ぐらいのもので、それ以外は家族や学校、あるいは未来との日常の様子が描かれるだけの物語だ。そういう意味で実に淡々としているのだが、ソヒを筆頭に色んな人が「秘めた想い」を抱えていて、それがソヒの様々な行動をきっかけとして浮き彫りにされていくという展開がなかなか良かったなと思う。
興味深いなと感じたのは、「アイデンティティに関する葛藤」がどこに出現するのか? という点だ。
よくある物語としては、「在日コリアンが日本で差別される」という感じだろう。しかし本作は全然そういう展開にはならない。何ならソヒは作中で、「在日コリアンで良かった~」と口にするぐらいだ(しかもこれは、「北朝鮮のCDが売れたこと」を喜ぶ発言であり、メチャクチャ軽い)。また別の場面では、「今どき在日コリアンだからって差別されたりしないよ」という発言もあった。本作は自身も在日コリアン3世である監督によるもので(脚本も同じ)、だからこれはきっと監督自身の実感でもあるのだろうと思う(ちなみに、ソヒを演じた恒那も在日コリアンにルーツを持つらしい)。
ではソヒはどんな感想を抱くのか。この辺りの説明はちょっと難しいが、何となく言語化してみると「『アイデンティティの葛藤をどこに感じるべきか分からない』という葛藤を抱いている」みたいに感じられた。
先述した通り、ソヒは恐らく日本生まれ日本育ちで、父親が朝鮮学校の校長だからという理由で朝鮮学校に通ってるんじゃないかと思うが(これは僕の予想)、本人としては積極的に通いたいとは思っていないように思う。父親は、生徒数がかなり少なくなっている学校の存続のために、近隣の在日コリアンの家庭を回り、日本の学校ではなくウチに通ってくれと勧誘をよくしているのだが、その勧誘を受けて入学を決めたある子どもの親に、「日本人として育った方が傷つかないですし」と、「朝鮮学校に通わせない方がいい」と口にする場面がある。この発言は裏を返せば、「自分は朝鮮学校に通っているせいで日本人とは思われない」みたいな感覚なんだろうし、それはつまり「日本人でありたい」みたいな感覚があるんだと思う(ちなみに先の発言に対して子どもの親は、「俺らは日本人にはなれないよ」と返していた)。
さらに、「父親が弟に北朝鮮をよく見せようとする発言をすること」や「父親が朝鮮学校の校長で、その存続のために奔走していること」にも嫌悪感を抱いている。この「嫌悪感」の本質がどこにあるのかはっきり理解できているわけではないが、ソヒは別に北朝鮮のことを実際に知っているわけではないので、だから「北朝鮮が嫌い」というより「日本に住んでるんだから日本を好きになった方がいいんじゃない?」ぐらいの感覚なのかなとは思う。そう、ソヒにとって北朝鮮は「嫌い」という強い感情を抱くような対象ですらなく、恐らく「どうでもいい」みたいな感覚なんだろうなと思う。
しかしその一方で彼女は、朝鮮舞踊をずっと続けている。これも動機が描かれるわけじゃないが、恐らく「友達がやってた」とか「他にやりたいことがなかったら」ぐらいの理由なんじゃないかと思う。ただ、北朝鮮の民族衣装を着て踊るわけで、やはりそこには「北朝鮮」の存在は無視できない。実際に朝鮮舞踊の先生は生徒たちに「北朝鮮への想いを込めて踊るように」みたいな指導をするくらいだ。
で、これらの感覚・状況が、ソヒの中で特に違和感なく混じり合っている。これはつまり、「日本人であるのか、在日コリアンであるのかみたいなことに、これまでさほど葛藤させられることがなかった」ということなのだと思う。その区別を意識しなければ困るような状況に直面せずに済んでいたというわけだ。
しかし、未来と出会ったことで少しずつ変わっていく。いや、別に未来との関わりの中で何か葛藤が生まれるとかではない。未来の視線や発言に何かを感じて険悪になるみたいな話ではないのだ。ただ中学生の彼女はそれまで、家と学校以外の社会にあまり関わることがなかったのだろう。そして、「フリマサイトで勲章を売ってしまう」ことで、彼女はこれまで関わることのなかった色んな人たちとやり取りをするようになり、その中で気付かされることが多々あったということである。
特に印象的だったのが、未来と一緒にある場所を訪れた時に見てしまった「北朝鮮で実際に踊られている朝鮮舞踊の様子」の映像である。その時の彼女の反応からは恐らく、ソヒはこれまで「自分が踊っている朝鮮舞踊がどのような性質のものなのか知ることがなかった」のだと思う。で、初めてその実態を目にして、しかも未来にもそれを見られてしまい、なんかショックを受けたのだと思う。
で、ここで難しいのは、先述の通り「ソヒは北朝鮮を『どうでもいい』と捉えていた」ということだと思う。もし「嫌い」という感覚でいたのなら、単にその感覚が強化されただけのことであり、ソヒはそこまで強くショックを受けなかったように思う。ただ実際には、「自分にとってどうでも良かったはずの北朝鮮が、突如として意味を帯び始めた」みたいな感じであり、そのことに戸惑っているみたいに僕には見えた。
どうでも良かったからこそ、父の勲章も売れたし、校長である父親の仕事を軽視することも出来た。しかし、色んな人との関わりや経験を経て、なんとなしに存在が大きくなってしまった北朝鮮に対して、ソヒは今までと同じような態度を取れなくなってしまったんじゃないか。
今までアイデンティティの葛藤など持たずに住んでいたのに、突如として「北朝鮮」という存在が大きくなり、「日本人ではない」ということへの葛藤を”抱かなければならない”ような気になってきてしまった。そういう経験をしたことがなかったから、どうしたらいいかわからない。そういう難しさに直面しているように感じられた。
まあ、そういう背景がありながら、未来とのワチャワチャした楽しそうな日常や、部活での状況の変化、父親と母親の諍いなどなど色んな描写がなされ、全体としてはなかなか楽しい感じで見られたかなと思う。
ソヒを演じた恒那は伊東蒼みたいな雰囲気で結構好きだったなぁ。笑顔でも若干不幸顔、みたいな感じがいいなと思う。
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