見出し画像

【本】百田尚樹「海賊とよばれた男」感想・レビュー・解説

震えた。

まさかこんな男が、日本にいたとは。

国岡鐵造は、終戦時還暦だった。


異端の石油会社「国岡商店」の社長、いや、店主だった。


それまでも様々な苦難を乗り越えて「国岡商店」を率いてきた田岡だったが、この戦争で資産のすべてを失い、また、戦前・戦時中と国内の石油販売に統制をかけていた石統の方針に逆らっていた国岡は、しばらく石油をまったく扱えない状況だった。石統に頭を下げに言っても、状況は変わらなかった。


国岡は、一千名にものぼる社員の首を、一切切らないと決断した。


幹部たちは、社員の首を切らねばこの難局を乗り越えられないと主張したが、国岡には、それだけは受け入れられなかった。


社員は、家族だ。出勤簿も定年退職もない国岡商店は、店主である国岡が社員全員を信頼するところにそのすべてがあった。


だからこそ、社員の首を切ることはできない。


とはいえ国岡にも、何か手があったわけではない。国岡は、昔から収集し続けてきた骨董品などを売る決断をし、最終的に会社が立ち行かなくなれば、その時は乞食をしよう、と決めていた。それは、国岡商店を立ち上げる時に、何の見返りも求めずに大金を提供してくれた日田重太郎に言われた言葉で、国岡にとっては当然のことだった。


国岡商店は、石油に関わらずどんな仕事でも見つけてきてはやった。しかし、経営は思わしくなかった。軍人だった男が持ち込んできたラジオ修理などを手がけていたが、うまくいかない。


ある時、GHQの嫌がらせで、国内に残っているタンクの底をすべて浚えという要請が石統にあった。それをやれば、アメリカが石油を回してくれるというのだ。しかし、石統に加盟している石油会社は、誰も手を挙げなかった。タンクの底を攫うのは、戦時中石油が欲しくて欲しくてたまらなかった旧海軍でさえやらなかった、キツイ仕事だ。


しかし国岡は、自身は石統の加盟会社ではないにも関わらず、その仕事を引き受けることにした。これをやればアメリカが石油をくれるというなら、それが国岡商店に回らずとも、日本のためになる。


国岡は常に、自分の会社のことよりも、日本の将来のことを考える男だった。


戦後の日本の石油業界は、「メジャー」と呼ばれるアメリカ資本の大石油会社に蹂躙されていた。「メジャー」は、とんでもない条件を突きつけて日本の石油会社を傘下に入れ、日本市場を自らの手の内に入れようとあらゆる画策をしていた。GHQもその方針に賛同し、また石統や政府も、そんなGHQの方針にただ流されるだけだった。


国岡だけが、それではマズイと考えていた。このまま、民族会社が日本からなくなり、「メジャー」に支配されるようになれば、日本の復興は覚束ない。国岡は、日本の将来を見据え、それが13対1という非情な闘いであることを承知した上で、「メジャー」に対抗する決意をする。


それほど前に日本の将来を考えている国岡だが、国岡には敵が多かった。


それは多分に、ライバルたちによるやっかみがほとんどだった。


ライバルたちは、国岡商店の恐ろしさを様々な場面で思い知らされている。

それは、「メジャー」も同じだ。石油業界は、日本の未来のことなど考えず、ただ目障りな国岡商店を潰すためだけに、ありとあらゆる画策を仕掛けてきた。


しかし同時に、国岡には良き理解者も多かった。というか、国岡という男と一瞬関わるだけで、みな魔法のように国岡の虜になってしまうのだ。
国岡商店の社員も、みなそうだった。どれほど辛い状況であっても、国岡のためにと思えばこそ頑張れるのだった。


国岡商店は、世界をアッと言わせる、とんでもないことをやってのけた。イギリス資本の石油会社を国内から追い出し、経済的に孤立を深めたイランのアバダン製油所に、自社のタンカーで石油を取りに行ったのだ…。


というような話です。


いやはや、これはちょっと凄すぎる!読んでてここまで興奮させられる作品は、本当に久しぶりだった。


先に書いておこう。本書は、「ノンフィクションノベル」と呼ばれている。

国岡には、実在のモデルがいるのだ。それは、出光興産の創業者である。


本書で描かれていることのどこまでが事実で、どこまでの人が実名なのか、僕にはよくわからない(少なくとも「国岡鐵造」は本名ではない)。とはいえ、恐らく描かれていることのほとんどが事実なのだろう。


こんなに凄い日本人のことを、どうしてこれまで知らなかったんだろうと不思議な気がしてくる。本書を読むとわかるけど、「セブン・シスターズ(七人の魔女)」と呼ばれる、かつて石油業界を牛耳っていた7つの石油会社の有り様は、本当に酷いと思うし、あまりにも強大すぎる。なのに、ほとんどの期間精油設備を持てなかった、ただの一石油販売会社が、「メジャー」相手に奮闘し、そして着実に勝利を収めていくのだ。これは痛快だ。


国岡の凄さは、敵に回した時の恐ろしさばかりではない。というかそれは、あくまでも副次的なものだ。国岡の一番の凄さは、「その時何が最も大事であるか」という判断力だ。


さっきも書いたけど、終戦直後すべての資産を失った国岡商店は、しかし社員の首を切らないことに決めた。これは、「我社の最大の財産は人だ」と判断していたからだ。


またこんなシーンもある。イランから石油を持ってくることに関して、様々な困難があったのだけど、そのすべてが報われた瞬間がある。その場面で、幹部たちは喜ぶのだが、国岡は頷くだけだ。嬉しくないのかと聞かれて国岡は、「社員が契約を成立させた時に、この勝負に負けはないと思った。そして日章丸が無電を打ってきた時に、勝った、と思った(大雑把な引用です)」と言う。彼がどれほど社員を信頼し、社員の信頼を評価しているのかがよく理解できるエピソードだと思う。

とにかく国岡は、人を大事にする。国岡は、ダメな社員がいても可能な限り教育を与え、すばらしい人材がいれば全権を与える。タンクの底を浚ったり、あるいはイギリス海軍に追われるだろう日章丸に乗せたりと、かなり辛いこともさせるが、しかしそれは、社員を家族と思い、どんなことがあっても自分が面倒を見ると決意を固めているからだ。


そんな国岡の気持ちは、一瞬で伝染してしまうようだ。国岡自身から何か電波のようなものでも出ているのではないかと思うほどだ。みな、国岡が言うならばという気持ちになってしまう。それは、初めて会った人間にも伝わってしまう。何せ、終戦直後のGHQさえ、国岡に惚れ込んだのだ。それほどの凄みを国岡は持っている。


製油所建設に関する話は、印象的だ。


「メジャー」と対抗するには、自社で製油所を持たねばならないと奮起した国岡は、製油所の建設に取り掛かるが、そこでとんでもないことを言い出す。絶対に、これよりも工期を短くすることは出来ないと専門家が断言するその半分以下の工期で仕上げろというのだ。担当の東雲は、あらゆる手を尽くして計画を練るが、ある程度までは短く出来るが、国岡の言う工期では絶対に無理だ。東雲はそれを隠したままで作業を続けることにした。


この顛末は是非読んでほしいけど、最後東雲が、何故その工期にこだわったのか、と国岡に問うた時の国岡の答えが素晴らしかった。

国岡自身も凄いが、国岡の周りにいる人間も凄い。国岡の雰囲気に酔わされるという部分もあるだろうけど、素晴らしい信念を持つ人間の周りには素晴らしい人材が集まるということなのかもしれない。


本書を読むと、初めの50ページで、すべての人間に惚れるだろう。

『鐵造さんも一緒にやってくださるのでしょう。だったら、平気です』

『「国岡商店のことよりも国家のことを第一に考えよ」』

『「国岡商店は、お前が軍隊に行っている間、ずっとうちに給金を送り続けてくれたんだ。辞めるなら、その四年分の恩返しをしてから辞めろ!」』

かっこ良すぎる。国岡だけではなく、国岡の周りにいる人間みなが、信念を持っている。本当にかっこいい。国岡自身、教育的なこともしてきたのだろうけど、でも実際は、国岡の存在そのものが教科書だったのだろう。これだけの男たちを育て、率い、さらにそれだけの男たちが思いつかないような決断を次々と繰り出す国岡の凄さに、改めて感じ入る。


また、女房も実にいい。


本書では、女性はそこまで多く描かれないのだけど、時折描かれる女房の描写は本当に好きだ。国岡の女房も、日田の女房も素晴らしかったけど、僕が結構好きなのは、日章丸の船長である新田の女房だ。新田が航海中に思う、「満壽子に百回でも土下座をしよう。ああ、満壽子の怒る顔が見たい」っていう表現も、凄く好きだ。


本書で描かれる女房はみな、「日本の女」という感じがする。かっこいい。こういうのって凄いなぁ、と思ったりした。かっこいいんだよなぁ。


本書では、国岡商店の創業時から国岡が死去するまでが描かれ、その中で様々なエピソードが積み重ねられていくのだけど、やはりタイトルと考えあわせて、作品のメインとなるのは、イランのアバダン製油所絡みの話だろう。この部分は、やはり圧巻だ。


それまで「メジャー」に対抗し、奇策で相手を翻弄してきた国岡商店だったが、次第に「メジャー」の包囲網が厳しくなってきた。そんな折持ち込まれたのが、イランのアバダン製油所の話だった。


元々国岡は、アバダン製油所から石油を取る気はなかった。何故なら、イランがイギリスの石油会社を乗っ取ったのは、明らかに間違いであり、イランから石油を買えば、それは盗品故買に当たる、と考えていたからだ。
しかし、次第に状況がはっきりしてきた。


イランは、長年イギリスから搾取され続けてきた。イギリスは世界に向けて、アバダン製油所を正式に保有しているという発信をしてきたが、実情はどうもそうではないらしい。国岡は様々な状況を付きあわせ、世界の他の石油会社がイランに行くのをためらっているタイミングでイラン行きを決めた。


しかし、これは本当に難事業であった。


そもそも、イギリスやアメリカに秘密裏に行動しなければならない。イランと揉めているイギリスや、イランの石油利権を虎視眈々と狙っている「メジャー」に国岡商店の動きを察知されたらおしまいだ。しかし、秘密裏にイランに入国することも、外貨を準備することも、その他さまざまな準備を進めることも、とてつもない困難であった。この事業は、どこかに綻びがあって失敗すれば、間違いなく国岡商店を倒産させるものだった。しかし国岡商店の面々は、それをやり切った。


アバダン製油所に絡む話では、本当に困難な状況が次々と現れる。そんなあるワンシーンで、東雲はこんな述懐をする。

『東雲は今、国岡鐵造という一代の傑物の、生涯でもっとも美しい決断の瞬間を見た、と思った。』

しかし、アバダン製油所絡みの話が、サンフランシスコ講和条約が締結されて、日本が正式に独立を果たしてからたった1年しか経ってない頃の話だというのが、なんだか信じられない思いだ。


国岡は常に、国のことを考えていた。社員のことは、もちろん第一に考えていた。しかし、短期的な利益を追うことには、関心を持たなかった。常に先を読み、日本の将来を見据え、その中で自らがどう振る舞うのが最適であるのか。常にそれを考えていた。

『そして残るもう一つの理由は、国家のため、日本人のために尽くしたいという思いだった。戦争で灰燼に帰したこのにほんを、今一度、立ち直らせる、そして自信を失った日本人の心に、もう一度輝く火を灯すのだ。そのためなら、この老骨が砕け散ろうともかまわない。』

東雲は45年の国岡商店人生を回顧して、こんな風に思う。

『自分は四十五年も仕えてきたにもかかわらず、一度も言われたことがない言葉がある。それは、「儲けよ」という言葉だった―。』

国岡は、創業五十年の式典で、この五十年を振り返って、こんな言葉を伝える。

『五十年は長い時間であるが、私自身は自分の五十年で一言で言いあらわせる。すなわち、誘惑に迷わず、妥協を排し、人間尊重の信念を貫きとおした五十年であった、と』

まさにこれは、国岡の人生を端的に言い表しているだろう。敗戦後、すべてを失い、まさにゼロから始めなければならなかった日本に、これほどの人物がいた。国岡がいなければ、日本の石油業界は今とはまるで違った状態になっていたことだろう。それほどのことを、国岡はやった。凄い。本当に凄いとしか言いようがない。

翻って、今どうだろう。これほどのスケールの人物が、いるだろうか。目の前の利益に汲々とするしかない。与えられた状況に言い訳をするしかない。決して人のことを言えるような人間ではないが、なんというか、今の日本が悲しくなってしまう。


国岡というもの凄い人物の一代記を、百田尚樹はこうして物語にし、僕たちに提示してくれた。正直僕は、この作品がなければ、これだけ凄い日本人のことを知らないままだっただろう。本当に素晴らしい作品を書いてくれたと思う。


しかし僕は同時に、こんな風にも思ってしまう。信念を持ちながら、様々な事情で果たせず、名を残すことが出来なかった人の話も知りたい。僕は、信念を持ち、突き進めば、すべてが報われるというのが、常に成り立つとは思えない。本書のように、信念が実った男の話も、もちろん素晴らしいし、震わされる。でも、信念を持ちながら果たせなかった人物の話も、また知りたい。いや、もしかしたら、そういう物語も、どこかには存在しているのかもしれないけれども。


最後に。タンカーの竣工記念パーティの場で、国岡と東雲は21世紀に想いを馳せる。二人共、21世紀を生きて迎えられない。どんな国になっているでしょうか、と問う東雲に、国岡はこう答える。

『日本人が誇りと自信を持っているかぎり、今以上に素晴らしい国になっておる』

21世紀に生きる僕たちはこの言葉を、正面から受け止めることが出来るだろうか。

これから読む人の興をなるべく削がないようにと、できるだけ内容に具体的に触れないように感想を書いたつもりなんで、僕が本書を読んで得た感動をあまりうまく伝えられていないかもしれません。でも、これは本当に凄い。

国岡がいう「日本人」に、自分が当てはまっているだろうかと、きっと考えてしまうはずだ。国岡が望んだ「未来」を、僕たちは作れているだろうか、と考えてしまうはずだ。凄い男がいたものだ。これほどに感動に震える作品は、そう多くない。是非とも読んでみてほしい。あなたの中の「日本人」が、きっと目を覚ますことでしょう。


いいなと思ったら応援しよう!

長江貴士 サポートいただけると励みになります!