「量子力学×アート」の面白さ(東京都現代美術館の「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」に行ってきました)
東京都現代美術館で「量子力学×アート」の展示がやってると知ったので行ってきた。正直、思ってたよりずっと興味深い展示で、展示スペースはそう広くないとはいえ、3周してしまったぐらいだ。
僕は元々理系の人間で、特に物理・数学が好きなのだが、中でも量子力学というのは別格で面白い学問だと思っている(しかしまさか「量子力学」がスピリチュアル界隈で使われる言葉になるとは想像もしなかった)。20世紀のありとあらゆる天才物理学者(もちろんアインシュタインも含まれる)があーだこーだとくんずほぐれつの取っ組み合いをして生まれた理論であり、しかも「奇妙」という意味で意味不明なのだ。
量子力学では「ヤングの二重スリット実験」が非常に有名だが、これは「量子は波と粒子両方の性質を持っている」ことを明らかにしたものである。この実験からは、「1つの光子(光の粒)が2つのスリットを同時に通った」としか思えない結果が得られており、それ故に「量子は波でもあり粒子でもある」という話になっているのだ。ちなみに「量子」というのは超ざっくり言うと「メチャクチャ小さな粒」だと思ってもらえたらいいだろう。だから「原子」も「光子」も「量子」である。また「ビッグバンが起こった直後の超小さな宇宙」も「量子」として扱われている。
ちなみに今回の展示では、その「ヤングの二重スリット実験」を紹介する映像の展示があった。


さて、本展示は「量子力学」をベースにしてはいるが、「難しい理論の話」では決してない。例えば、個人的にこれはなかなか秀逸なアイデアだなと思ったのが、「波と粒子の二重性」をモチーフにしたシューティングゲームだ。

さて、先程紹介した「ヤングの二重スリット実験」には様々なバージョンがあり、その中には、「『1つの光子が2つのスリットを同時に通ってる』なんてあり得ないだろ。ってかそんなの、スリットにセンサーを付けてどっちを通ったか分かるようにすれば解決するやろ」的な発想のものもある。まあ、妥当な考えだろう。しかし、実際にこの実験を行うと、光子は「波」としての性質を失い、「粒子」としての振る舞いしかしなくなる。要するに、「2つのスリットのどちらか一方を通っていることが観測されるだけ」なのだ。
ここから、現在の物理学ではざっくりこういう発想になっている(僕の表現は不正確かもしれないが)。
量子は「人間が観測していない時」は「波」として振る舞い、「人間が観測している時」は「粒子」として振る舞う。
「ンなアホな」という感じだろうが、少なくとも、世界中で行われている様々な実験からこういう結論が得られているので、とりあえず受け入れるしかない。
で、先のゲームは、この考えをベースにしているのである。

基本的にはシューティングゲームなのだが、時々「機体がスリットの間を通る」という状態になる。そしてその時に、プレイヤーは目を瞑らなければならないのだ。そう、このゲーム筐体には「プレイヤーの目が開いているか閉じているか」を判定する装置が付いているようで、「機体がスリットに差し掛かった時に目を瞑り、機体を『波』の状態にすることで、損傷なくスリットを抜けられる」という設定が組み込まれているのである。面白いこと考えるよなぁ。
みたいな感じで、別に難しいモノばかりじゃない。もちろんその背景には「難しい何か」があるわけだが、鑑賞者として楽しむ分には別に難しさを感じずに済むものが多いと思う。
しかし中には、「???」というものもあった。

「量子レインボーフラッグ」と呼ばれる展示があり、実際に「レインボーの旗」が飾られているのだが、この展示の説明がまあ意味不明なのである。文章を読んでも、1ミリも理解できない。



美術展で掲示されている説明文で、これほど難解なものもそうそうないだろう。
とまあ、硬軟取り揃えてという感じの展示である。あと、「理系×アート」と言えば外せないだろう落合陽一の作品もあった。


また、「小さなブラックホールを情報デバイスに見立てる」というプロトタイプデザインみたいなのも興味深かったし、


「宇宙線を感知したら緑に光る展示」とか、


「スーパーカミオカンデで検出された何かを何らかのプロトコルで文字列に変換した詩」なんてのもあった。


「意味不明な量子力学にアートをかけ合わせることでさらに意味不明になっている」みたいなカオス感が面白かったし、面白かったなと思う。量子力学への関心度次第だとは、結構面白がれる展示じゃないかな。「2月21日(土)~23日(月・祝)は中高生・専門学校生・大学生は無料」らしいので、学生はそのタイミングで行ってみるのもいいだろう。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートいただけると励みになります!