【映画】「アイム・スティル・ヒア」感想・レビュー・解説

酷い現実である。軍事政権下の出来事だったとはいえ、あまりにも酷い。

さて、まずは今回記事を書く際のスタンスについて触れておこう。

普段僕は、「自分なりのネタバレ基準」に沿って、「鑑賞前の時点では知らない方がいいだろう知識」については触れないようにしている。それは実話を基にした作品でも同じだ。実話が基になっているということは、「本質的な意味では何を書いてもネタバレにはならない」と言える。「実際に起こった出来事」なのだから、そのように判断してもいいだろう。しかしそういう場合でも、「知らずに観た方がいいよね」と感じることが多いので、自分が書く感想ではなるべく内容に触れすぎないように意識している。

しかし今回は、自分の中のその制約を取り払って感想を書くつもりだ。なので、内容をあまり知りたくないという方は以下の文章を読まない方がいいと思う。

そのように判断した理由は一応ある。「恐らく本作は、ブラジルでは有名な事件を扱っているから」だ。

例えばだが、日本で「地下鉄サリン事件」を扱った物語を描く場合、事件そのものや「オウム真理教」についてはそこまで詳しく触れなくても問題ないと判断されるんじゃないかと思う。程度の差こそあれ、誰でも知っている事件だからだ。しかし日本以外の国の人に向けて「地下鉄サリン事件」を扱った物語を描く場合はそうはいかない。ある程度背景を説明した上で物語を展開させる必要があるだろう。

このように、実話を基にした作品の場合は特に、「誰がそれを観るのか」によって情報を調整する必要があるはずだ。

で、本作『アイム・スティル・ヒア』は、「ブラジルで起こった有名な事件を、ブラジル国民向けにフィクション化している」と私には感じられた。僕は普段から、これから観る映画の情報をまったく知らずに映画館に行くので、「ルーベンス・パイヴァが消息を断った」という事実さえ知らなかったのだが、そういう人間の視点からすると、本作は中盤ぐらいまで「これから一体何が起こるのか(描かれるのか)」がさっぱり分からない。ただただ、「幸せそうな家族」の様子が描かれるだけだからだ。

別に僕のように鑑賞しても全然面白いと思うが(僕はもちろん楽しめた)、やはり「ブラジル人向け」に作られている(僕の推定だけど)以上は、「ある程度知識があった上で観る」方が、監督が意図した通りに作品を鑑賞できるのではないかと思うのだ。

まあそんな理由から今回は、中盤以降にならないと明らかにならない事実(普段なら「ネタバレ」になると判断して書かない要素)についても書いていくことにする。

というわけで、前置きが長くなったが、まずは内容の紹介をしていこうと思う。

舞台は1970年代のブラジル。この時期ブラジルは軍事政権下だった。国内では大使の誘拐が横行。「民族解放同盟」を名乗る集団が、大使の釈放と引き換えに政治犯の解放を要求するというのがよく起こっていた。

車で映画を観に出かけたパイヴァ家の子どもたちも、その誘拐事件の煽りを受けることになった。映画館からの帰り道、警察の検問に捕まったのだ。誘拐犯の手配書が回っており、車から降ろされた彼らは手配写真と照合するように顔をチェックさせられ、その間乱暴な扱いを受けることになった。

きな臭い世の中だったのである。

とはいえ、パイヴァ家の面々は明るく楽しく過ごしていた。元国会議員で土木技術者である父親のルーベンスは、新たに大型のトンネル設計を依頼され忙しい日々が始まりそう。母親のエウニセは5人の子どもたちの世話(と言っても料理などはお手伝いさんがしているのだが)に追われつつ、夫を支えている。また、1男4女の5人きょうだいはそれぞれ、家族や友達らと楽しく過ごしている。

一方で、夫婦は長女のヴェロカをイギリスに留学させようと考えている。親友夫妻(恐らく、ルーベンスと一緒に書店や出版社の経営に携わっている)がイギリスに移るというので、一時的に面倒を見てもらうつもりなのだ。親友夫妻は、あまりに危険になったブラジルを見限る形でイギリスへ向かう決断をしたのだが、「危険だからお前も来いよ」と言われたルーベンスはもう少し楽観的で「大丈夫。書店も出版社もしばらくしたら再開できるさ」と返していた。

彼らは実は、「非公式的な手紙」(ちゃんとは理解できなかったが、恐らく「ブラジルから外国に逃れた逮捕等の恐れがある者から(へ)の手紙」だと思う)の郵送に携わっていた。もちろん、軍事政権にその活動が知られれば大変なことになるだろう。親友夫妻はそういう状況も危惧してイギリス行きを決めたわけだが、ルーベンスは家族と共にブラジルに残る決断をする。しかし、恐らく先々のことも考えてだろう、ヴェロカだけイギリスに行かせて様子を見ようというわけだ。

時折ビーチ沿いの道路を軍事車両が走り抜けたり、テレビで不穏な事件が報じられたりするものの、これと言って「軍事政権下であることのデメリット」を感じることなく過ごせていたパイヴァ一家だったが(夫が元国会議員だったことも大きかったのだろうか)、そんな穏やかな日常はある日突然破られてしまった。武装した見知らぬ男たちが家を訪れ、ルーベンスをどこかへ連れて行ったのだ。リーダー格らしい、シュナイデルと名乗った男は、「形式的な質問ですので、すぐにお帰りいただけます」と言っていたが、その日の夜になっても夫は戻らなかった。シュナイデルを含めた3人の男がパイヴァ家に残り家族を監視。そんな不穏な状態のまま朝を迎えることになった。

そしてなんと、エウニセと次女(だと思う)のエリアナまで連れて行かれることになったのだ。車に載せられた2人は、途中で真っ黒な頭巾を被らされ、そのままどことも分からない場所で尋問を受ける。何が起こっているのか分からないまま、エウニセは10日以上もそのまま拘束され続け……。

というような話です。

本作の最後には、軍事政権下における「国家による犯罪」の被害について字幕で表示された。拷問等で殺されたと推定されているのは2万人以上、その内数百人の遺体が今も見つかっていないという。ルーベンスの遺体も、見つからないままなのだそうだ。

そう、ルーベンス・パイヴァは、自宅で拘束されどこかに連れて行かれた後、軍により殺されてしまったのである。本作は、そんな軍事政権下時代の「国家によるあまりにも酷い犯罪行為」を残された家族の視点から描き出す物語である。ちなみに本作は、長男(だが、生まれた順番的には4番目か5番目)であるマルセロの回顧録がベースになっているそうである。

個人的に、本作で最も印象的だったシーンは、事件から25年後の1996年の出来事である。大学に入り直し48歳にして法学位を取得したエウニセがどこかしらかで講義を行っている時、「緊急の電話です」と知らされる。そして、知らせを受けたエウニセが、マルセロと、4女のバビウと共に市役所みたいなところに行くのである。

そこで何があったのか。夫の死亡証明書を受け取ったのだ。証明書を受け取ったエウニセは、ホッとしたような笑顔を見せていた。

という話だけ聞くと、ちょっと意味が分からないだろう。何故、夫の死亡証明書を受け取ってホッとしているのだろうと感じるはずだ。しかしそこにはちゃんと理由がある。

実は、「ルーベンスが逮捕したこと」を政府は否定し続けたのである。

ルーベンスは自宅で拘束されたし、恐らくそのまま尋問場所まで直行しただろうから、政府が「逮捕事実」を否定すれば、それを証明するのはなかなか難しい。政府としては、「逮捕したこと」を認めなければ、「ルーベンスの消息」についての説明責任から逃れられる、みたいに考えたのだろう。「逮捕なんてしてないし、だからお宅の夫の行方なんて知りません。我々とは無関係に失踪したのでしょう」みたいに言い張れるというわけだ。作中では、政府がどんな返答をしたのか正確には描かれていないが、恐らくそんな対応だったのではないかと思う。

エウニセからすれば、「夫が逮捕されたこと」は明らかな事実である。なにせ、目の前で起こった出来事なのだから。しかし、そのことを客観的に証明することはなかなか難しい。唯一、子どもたちが通う学校の教師で、同じように目を付けられて尋問を受けたマルタという女性が、「拘束されていた際、ルーベンスの声を聞いた」と話していた。しかし、エウニセが「そのことを証言して」と頼んでも彼女は応じない。まあ、それも仕方ないだろう。そんな証言をすれば、自分の身にどんな事態が降り掛かってくるか分からないからだ。

こうしてエウニセは、「夫が逮捕され、その後行方が分からなくなった」という、彼女にとっては明白すぎる事実さえ証明できないまま、夫の不在を過ごさなければならなくなったのだ。

この「警察が逮捕事実を認めていない」という状況は、彼女に重く伸し掛かってくる。例えば、生活のために夫の口座からお金を引き出す必要があるが、銀行員(どうやら知った顔らしいが)からは「ルーベンスのサインが要る」と言われてしまう。まあ、それは仕方ないだろう。ルーベンスの口座のお金なのだから、たとえ妻でも勝手には下ろせないはずだ。しかし、それはパイヴァ家の生活にとっては非常に由々しき事態である。

夫の死亡が確認されているのなら、何らかの手続きをすれば夫の口座からお金を引き出せるだろう。しかしエウニセは現在、その証明が出来ないでいる。それもこれもすべては、警察が「逮捕事実」を認めていないからだ。

そういう実際的な問題もあり、またそもそも「国に『夫を殺した』という事実を認めさせる」という目的もあって、エウニセは恐らくずっと国に「死亡証明書」の発行を打診し続けていたのではないかと思う。ブラジルがいつ軍事政権から解放されたのか知らないが、いずれにせよ、事件から25年も掛かってようやく発行されたというわけだ。エウニセがホッとした理由も理解できるだろう。

さて、彼女はその後マスコミの取材を受ける。その中である記者から、「政府には、過去の事件を振り返るよりも優先すべき事柄がたくさんあると思いませんか?」という質問が出る。この記者の質問意図はよく分からないが(個人的には「アホみたいな質問だな」と感じた)、「軍事政権から解放されて民主化された政府には、軍事政権によって後退・破壊された様々なものを立て直し前進する方が優先すべきではないか」みたいな意図があったのかなとも思う。

それに対してエウニセはきっぱりと、「そうは思いません」と返していた。「過去の過ちを検証しなければ、また同じことを繰り返す可能性があるからです」と。本当にその通りだなと思う。この点に関しては、どの国、どの組織でも同じだろう。二度と同じことを起こさないようにするには、過去を徹底的に検証するしかない。

「酷い時代だった」なんて形でまとめてはいけない話なのだ。

映画としてメチャクチャ面白かったというわけではないのだが、「幸せな家族の様子」が一転するような形で不穏さが忍び寄り、しかしそれでも「家族の絆」みたいなものを強く持ち続けた一家と、その中心にいたエウニセの強さみたいなものに惹かれる作品だった。

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