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【本】木下昌輝「秀吉の活」感想・レビュー・解説

いやー!実に面白かった!

僕は、今の性格のまま自分が戦国時代に生まれたら、何も出来なかっただろうなぁ、と思う。何も目指すものがないからだ。

平時と乱世では、生き方はまったく変わってくる。平時ならば、慎重で野心がなく平凡な人間でも、それなりに役割はきちんとある。しかし、乱世であれば、そんな人間は碌に使えもしないだろう。僕はきっと、特に何をするでもなく死んだことだろう。今だって何かを成しているわけでは全然ないんだけど、でも、乱世に生まれなくて良かったと思う。

僕は歴史が苦手なので、元々歴史に対してはぼんやりとしたイメージしか持っていない。縄文時代は狩りだなとか、弥生時代は稲作だなとか、江戸時代は鎖国だな、みたいな。そういう意味で言うと、戦国時代は、イケイケの、今で言うマイルドヤンキーみたいな人たちが、イケイケな感じでやりあってた、という感じだ。織田信長は、まあそんな感じだろう。織田信長がマイルドヤンキーかどうかはともかくとして、イケイケのオラオラの感じだっただろう。もし戦国時代にSNSがあったとしても、きっと織田信長は使ってなかっただろうけど、周りにいる人が「信長様すげー」「信長様サイコー」みたいなツイートを日々するんじゃないかと思うような、なんかそんなイメージがある。いや、本書を読む限り、織田信長、人心掌握的に相当優秀っぽいけど。

豊臣秀吉が農民の出だ、ということはなんとなく知っていた。そこから天下統一を成し遂げたことがもちろん凄まじいことだ、ということももちろん分かっている。でも、じゃあその間がどうなっているのか、っていうのは、イマイチよく分からない。これは、歴史をちゃんと学んだ人はイメージ出来るもんなんだろうか?少なくとも、僕にはイメージできなかった。

本書は、そこを補完してくれる作品だ。

藤吉郎という、名字すらない農民が、いかにして天下統一を果たし、関白にまで成り上がったのか。本書ではその過程が活き活きと描かれていく。

本書を読んで凄いなと感じるのが、秀吉はその生涯を通じてほぼずっと「凡人」だった、ということだ。後半は策士的な一面も垣間見せるが、途中までは、力はない、武器も使えない、かといって算盤が出来るわけでもなく、農民の出のくせに畑仕事も碌に出来ない、という体たらくだった。

秀吉は、自身でもそのことを認識していた。だからある時、信長にこう問うた。

『おいらは何を極めればいいのですか』

それに対する信長の返答はさすがだ。

『貴様には、何の才もない』

これだけで終わってしまえばただの悪口だが、ちゃんとこの後も続く。それはここでは書かないことにするが、なるほど、さすが人の扱いに長けた男だ、と思わされる、信長の人心掌握術である。

秀吉は、とにかくひたすら凡人だった。とはいえ、ちゃんと持っているものもあった。それが、上に行こうとする意欲である。

印象的な場面がある。手柄が欲しいと信長に直訴した秀吉は、何の説明もなくある場所へ行くように言われた。そこで始まったのが、ある城を攻め落とす作戦会議だ。しかし秀吉は城攻めなどしたことがない。そもそも、城の各所の名称すら分からないのだから話にならない。なので、隅っこで黙っていろ、と言われて当然なのだが、そこで秀吉はこう返す。

『いやです。おいらも役に立ちたいです。隅っこで話聞いてるだけじゃ、手柄は立てられません』

この辺りが秀吉の面白いところだ。自分には特に出来ることはない、という認識はきちんとある。あるのだが、しかしそれでも手柄は欲しい。何かやってやるぞ、という気持ちはある。その気持ちが、最終的に秀吉を頂点にまで押し上げたのかもしれない。

「秀吉の活」というタイトルの「活」とは、「活きる」の「活」である。

『生きると活きるは、全く違う。たくさん考えて、他人に気配りして、一生懸命働くのが、活きるということだ』

秀吉のこの言葉は、随所に発揮される。秀吉は、自分が手柄を立ててやる、という気持ちを強く持つ一方で、他人を思いやる気持ちを持っている。誰かを犠牲にしてまで何事かを成したくはない、という気持ちを持っている。この気持ちもまた、物語全体を面白くする要素だ。決して自分だけのために突き進んでいかない、という姿に、共感させられてしまうのである。

自分が「活きる」だけではなく、他人をどう「活かす」かまで考える―。秀吉の振る舞いは、信長とはまた違った意味で、現在でも意味を持つような人心掌握術ではないかと思う。

内容に入ろうと思います。
とはいえ、今回は内容紹介はほとんどしません。歴史の知識がないので正確に書けない、ということもありますが、「農民・藤吉郎が、関白・豊臣秀吉になるまでの生涯を描く」という要約以外にやりようがない、ということもあります。
とはいえ、内容を少しはイメージしやすくするために、各章題だけ抜き出してみます。

天下人の就活
天下人の婚活
天下人の昇活
天下人の凡活
天下人の勤活
天下人の転活
天下人の天活
天下人の朝活
天下人の妊活
天下人の終活

こんな感じで「活」で統一されています。
「就活」では、農民出の藤吉郎がいかに侍になるかが、「婚活」では寧々とどう再会し結婚に至ったのかが、「昇活」では秀吉の指示を聞かない足軽たちを従わせる成果をいかに戦場で掴むかが、「凡活」では平凡な自分の非凡さをどこに見出すかが、「勤活」では侍を辞めようとした秀吉を信長の勤勉な下僕へと戻らせたきっかけが、「転活」では侍を辞めた後の転職に思索を巡らせる様が、「天活」では織田信長に代わっていかに天下統一を成し遂げたかが、「朝活」では朝早くからどれだけ動けるかが勝負の公家の世界の話が、「妊活」では跡取りを儲けるまでに苦闘が、そして「終活」では自分が死んだ後のことをどうするかに思いを巡らせる様が描かれていきます。

まず本書は、圧倒的に読みやすいです。僕はこの著者のデビュー作である「宇喜多の捨嫁」という作品を読んだことがあります。内容はもの凄く面白かったんですけど、歴史が不得意な僕には読みにくい部分も結構ありました。

本書は、歴史のことなんてまったく分からない僕でもスイスイ読めてしまうぐらい読みやすかったです。ビックリしました。作中に出てくる登場人物たちは、教科書なんかで字面ぐらいは見たことがありますけど、何をした人なのかほとんど分かりません。前田利家とか、黒田官兵衛とか、石田三成とか色々出てくるんですけど、僕にはさっぱり。それでも、全然読めてしまう。この読みやすさは、本当に魅力だと思います。僕は元々理系で、ホントに歴史がまったく分からないんですけど、そんな僕がこれだけスイスイ読めるんだから、誰でも読めちゃうと思います。

また、全体的な雰囲気がコミカルな感じです。いや、そう書くと語弊があるかな。先程話に挙げた「宇喜多の捨嫁」が結構クールな感じの作品で、それと対比してしまう部分もあると思います。とにかく本書は、秀吉を滑稽に描き出すことで親しみやすさも読みやすさも演出していると思います。また織田信長がかなりかっこよく描かれているんで、その対比もあって、余計に秀吉がへなちょこに見えてくるという部分もあります。

500ページ以上あるなかなかの大著なんですけど、そんな長さを全然感じさせないような作品でした。ホントに、一気読み!って感じでした。

好きな描写は多々あるんだけど、やっぱり寧々と前田利家に関わる部分では良いシーンが多かったなぁ。

寧々は、秀吉を尻に敷くような勢いであれこれ口を出す女なんだけど、でも芯がちゃんとあってしっかりしている。寧々と秀吉とはかなり幼い頃から関わりがあったんだけど、本当にそこから結婚に至るまでは色んなことがあって、この二人の結婚までの話はなかなか波乱万丈です。寧々のような女性はいいなぁ。

前田利家との話も実に良かったです。秀吉と前田利家も古くからの付き合いで、悪友と呼んでいいような関係です。秀吉の人生の随所随所で関わりを持ってくる男で、その度に色んなことが起こるんだけど、やっぱり一番好きな場面は、天下統一を成す直前のある戦における二人の関係ですね。これは良い。本書全体の中で一番好きな場面です。秀吉と前田利家の関係性の集大成がここにあるという感じで、見事でした。秀吉、前田利家、双方がどういう判断をし、二人の関係性がどうなったのかについては、是非本書を読んで欲しいと思います。

実に見事な作品でした。一気読みです!

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