【映画】「落下の王国 4Kデジタルリマスター」感想・レビュー・解説

さて、また満員ですわ。僕が観に行った映画館では、今日の分の回はすべて完売だと表示がされていた。今年観た映画だと、『どうすればよかったか?』『教皇選挙』についで満員か(『マミー』も満員だったかな?)。

「構想26年、撮影期間4年、13の世界遺産を含む24ヶ国以上で撮影」という、外的な情報だけでもその凄まじさが伝わるだろう本作は、「ターセムが私財を投入して挑んだ壮大な自主製作映画の渾身の一作」だそうだ。「自主製作映画なんか!」と、鑑賞後に公式HPを見てビビった。さらにCGに頼らない映像を実現したらしく、その映像美には圧倒させられてしまう。

しかし、僕が本作を知ったのは、その辺りの情報からではない。

僕はこれまで、2度、石岡瑛子の展示に足を運んだことがある。最初に行ったのは、5年以上前だろう。そしてそこで、彼女が衣装デザインを手掛けた本作『落下の王国』の存在を知ったのだ。

本作は、「2008年の日本公開以来、配信されることなく“幻”とされ続けてきた」とかで、さらにネットで調べたら「DVDは廃盤になっている」そうである。レンタル出来るのかは知らないが、恐らく「普通には観られない映画」なんだと想う。まあそんなわけで僕も、「石岡瑛子が衣装デザインを手掛けた映画は気になるが、きっと観ることはないんだろう」と思っていた。

のだが、数カ月前だろうか、映画館で本作『落下の王国』の予告編が流れて、「マジか!」となった。そりゃあ観ないわけにはいかないだろう。というわけで、公開してすぐ観ようと思っていたのだけど、危なかった。一応念のため、2日前ぐらいにチケットの確認をしたのだけど、その時点でほぼ埋まりかけていたのだ。みんなが一体どこから情報を得て本作を観ようと考えたのか分からないが(それは『どうすればよかったか?』『教皇選挙』でも同じことを感じた)、どうもこの映画は世間的に話題になっているみたいだ。というわけで、観ようと思っている人はすぐに座席を確保しておいた方がいいと思う。

で、個人的に驚かされた点がもう1つある。それが、「ストーリーも面白かったこと」だ。

事前情報から「映像が凄い」ということはもちろん分かっていたし、実際に凄かった。「こんな場所で格闘シーンの撮影なんて許されるんだ?」みたいな場所(たぶん世界遺産なんだろうなと思う)で撮ってたりするし、「象が泳ぐ」とか「歴史的建造物の敷地内で落下シーンを撮る」みたいな、「交渉や撮影テクニックが難しそうな映像」も多く、とにかく驚かされた。

ちなみに、本作の映像が壮大で幻想的なのには理由があるそうだ。鑑賞後にネットで何となく本作について調べたら、「映画を観たことがない女の子の想像の世界だから」という説明があって納得した。

というわけで、ここで少し内容紹介をしておこう。

舞台は1915年のロサンゼルス。とある病院に腕の骨折で入院していた5歳の女の子アレクサンドリアは、看護師エヴリンに渡そうと思って2階から手紙を落としたのだが、その手紙は階下の病室に入ってしまった。そこにいたのが、スタントマンのロイ。彼は、橋から落下するというシーンの撮影中に足を骨折し、入院していた。そして彼は、自分の膝に舞い込んできた手紙を書いたのが女の子だと知り、一計を案じる。そして彼はその計画のために、病室にやってきたアレクサンドリアにある叙事詩を語り始める。バタフライ礁という小さな島に追いやられた5人と、途中で出会った1人の戦士の壮大な物語である。

5人は皆、総督オウディアスへの恨みを抱く者たちだった。奴隷としてこき使われていた者、愛する妻を奪われた者、爆破物の扱いに長けた能力を危険がられた者など理由は様々だったが、彼らはどうにかバタフライ礁を脱出し、そして「仮面の山賊」を名乗る男の双子の弟の処刑を止めるべく力を合わせて立ち向かうのである。

しかし、弟は既に処刑されてしまっていた。そこで彼らは、総督オウディアスへの復讐を誓い、その目的に向かって邁進するのだが……。

そしてこの話に興味津々のアレクサンドリアを上手く利用し、ロイはある計画を推し進めようとするのだが……。

石岡瑛子の展示では「ロイが語る叙事詩の映像」ばかりが紹介されていたので(石岡瑛子の奇抜なデザインの衣装はこちらのパートで強く発揮されているからだろう)、本作の予告を観た時に、「この女の子と青年(アレクサンドリアとロイである)は一体何なんだ?」と思っていた。で、観ていくと割とすぐに、「なるほど、あの壮大な映像は、ロイが語る架空の物語なのか」ということが理解できるようになっていくのだ。

で、舞台が1915年(というのは作中では触れられず、公式HPの内容紹介にそう書かれていただけだが)当時はまだ「映画」というのは珍しいメディアだったはずで、だから女の子はロイが「映画を観たことがあるか?」と聞いても、それが何なのかさえ分からないという感じだったのだ。

そしてだからこそ、「少女が想像する世界は際限なく非現実的になる」みたいなイメージで作られたのだろう。ロイは基本的に、人物の動きだけを語っているので、恐らく「背景や建物などはアレクサンドリアの想像」という設定なんだと思う。そしてそんな少女の純真で制約のない想像世界を再現するために、これほどの壮大なロケーションで撮影が行われたというわけだ。

それで、本作のストーリー的な面白さの話に移るが、これもまさに本作の設定から生み出されていると言える。というのも、ロイはある目的(この目的については公式HPの内容紹介には書かれているので触れていいかなと思うのだけど、個人的なネタバレ基準に従って書かないことにする)のために作り話をしているだけなので、だから「アレクサンドリアが楽しめるように物語を随時改変していく」みたいな展開になるのだ。

意味が分からないと思うのでもう少し説明しよう。例えばある場面で司祭が登場した。物語のセオリー的にも、本作での描き方的にも、この司祭は「悪い奴」という感じの描かれ方になろうとしていた。しかしそこでアレクサンドリアが「司祭は良い人だよね?」と口にするので、「アレクサンドリアを満足させないと自分の目的達成の支障になる」と考えているロイは、急遽司祭を「良い人」に変えて物語るのである。

こんな風に、「聞き手であるアレクサンドリアの反応」によって物語がロイの当初の予定と変わっていくみたいな状況が存在し、そしてそれ故に、「6人の戦士たちの物語がどう展開するのか分からない」という感じになっていくところがとても面白いなと思う。

6人の戦士たちの物語そのものは「シンプルな復讐劇」という感じでこれと言って特筆すべき点はないのだが、「圧倒的な映像美の中で展開されていること」「聞き手であるアレクサンドリアの発言によって物語が可変し得ること」という特異さを持つことによって、ストーリーそのものが非常に魅力的に感じられるようになっている。なんとも不思議な感覚ではあるが、そんな理由から「ストーリーも面白い」という感覚になれ、そのことに驚かされてしまった。

また、ロサンゼルスで繰り広げられるロイとアレクサンドリアのやり取りもまた興味深い。例えば、同室の老人が入れ歯をコップに入れるのを目にしたアレクサンドリアが、ロイに「どうしておじいさんは入れ歯をコップに入れるの?」と聞く場面がある。ここでロイは、「あれは彼の心なんだ。彼の心の本体があの入れ歯の中にあるんだよ」と適当なことを言う。そしてその記憶が、6人の戦士の物語にも反映されるのだ。まったく変な構成の物語である。

さらに本作のラストの、アレクサンドリアが「殺さないで」と懇願しながら話を聞く部分は、2人のそれまでの関係性と、6人の戦士たちの物語がホントに絶妙な形で混じり合い、「その時のアレクサンドリアとロイの間にしか生まれ得ないやり取り」が繰り広げられていて、メチャクチャ印象的だった。「ロイが自身の目的のためにホラを吹いている」という設定があるお陰で、アレクサンドリアとの関係性も6人の戦士たちの物語もどちらも魅力的なものに仕上がっていて、ホントによく出来た脚本だなと思う。

あと、何故かチャールズ・ダーウィン(「種の起源」のである)が出てくるのも謎すぎて面白い。で、彼がオウディアスを恨むきっかけになった「アメリカーナ・エキゾティカ」という蝶について調べていたら(どうしてダーウィンがオウディアスに恨みを抱くようになったのかは観ていてもよく分からなかった)、彼が連れているウォレスという猿についての話が引っかかった。どうも、アルフレッド・ラッセル・ウォレスという人物がいて、「ダーウィンになれなかった男」と呼ばれているのだそうだ。他にも僕が気づいていないだけで、色んな遊びが仕掛けられていそうな気もする。

そんなわけで、非常に満足出来る鑑賞体験だった。映像が圧倒的なのはもちろん、思いがけずストーリーも面白く、2時間あっという間という感じである。この映画が長年普通には観られなかったというのは、やはりちょっと驚かされるな。「怨念」と言っていいようなレベルの執念が詰め込まれた作品だと思うし、観ておいて損はないと思う(「観ておいて損はない」みたいなちょっと意味わからない表現は好きじゃないんだけど)。


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