【映画】「KIDDO キドー」感想・レビュー・解説
メチャクチャ良かったというわけではないが、なかなか爽快、というか痛快というべきだろうか、そんな感じにさせてくれる作品で、全体としては割と満足出来る鑑賞だった。ストーリー的にはもう少し何かあると良かったかな、という感じもするけど、こういう雰囲気が好きという人ももちろんたくさんいるだろうし、作品としてはこれでいいんだろうなと思う。
物語は児童養護施設から始まる。ここで暮らすルーは、幼い頃母親カリーナにここに預けられた。ハリウッドに行くと言った母親は、恐らく長いことルーに連絡さえ寄越さなかったのではないかと思う。
そんなある日、ルーは施設の職員から「ママが来るよ」と告げられる。翌朝10時だという。朝起きて、時計を見ながら楽しみに待つルー。しかし結局、その日母親は来なかった。
翌日だろうか、皆がプールに行く中、ふてくされたルーはそのまま施設で留守番をしていたのだが、部屋の窓から母親の姿が見えたので飛び出していった。部屋に「ママが来た。夕食までに戻るね」とメモを残して。
母親は青いボロッボロの車にルーを乗せ走り始める。夕食までに戻れるか不安になるルー。すると母親は「ゼロか100か」と言って、自身の計画を口にする。ポーランドにいるおばあちゃんの家に行くというのである……。
というような話です。
登場人物はほぼほぼ2人だけ、しかも物語は「そんな2人がボニー&クライドを称して旅を続ける」だけである。破天荒な母親の無茶苦茶な行動が随所に描かれ、それに振り回されるルーの不安や寂しさに共感しながら物語を追っていくことになるのだが、とにかくルーが良い表情・振る舞いをする。母親にはまったく共感できないし、僕としては全然好きにもなれないのだが、ルーの存在によって本作は成立しているなと思う。
母親の背景についてはほとんど描かれない。母親についてルーが知っていること、そして母親自身が語ることは、観客視点からすれば明らかに「嘘」だと分かる。そして、そんな「嘘」しか提示されないまま、物語は終わっていく。
そしてルーも、母親の嘘に気づいている。つまり観客は、「ほとんどルーと同じ視点で母親の振る舞いに接することになる」というわけだ。「もし自分がルーだったら」という想像がよりしやすいとも言えるだろうし、だからこそ余計に、ルーの置かれた状況に対する共感みたいなものも強くなっていくのだと思う。
ある場面で母親が、「ダメな母親ならいない方がマシ」と口にする。この真意がルーには分からず、「どういうこと?」と聞き返していた。というのも、母親自身も祖母との関係があまり良くなかったようで、つまり彼女が言う「母親」は祖母のことかもしれないのだ。
しかしそうではないかもしれない。「母親」は、カリーナ自身のことを言っているのかもしれない。ルーは不安になる。またいなくなってしまうのだろうか、と。
この「いなくなってしまうのだろうか」という不安は常にルーの中にある。その萌芽は冒頭から描かれていて、そして度々「いなくなってしまうのだろうか」という不安に苛まれるルーの姿が映し出されていく。
本当に難しいなと思うのは、「そんな母親だとしても母親と一緒にいたい」と思ってしまう心の動きである。具体的には触れないが、ルーはずっと暮らしてきた児童養護施設に愛着を抱いている。それは本作の展開を観ていても明らかだ。さらに、母親の無茶苦茶な行動に現に振り回されているという現実が存在する。カリーナが母親であるという事実さえ無視出来れば、どう考えたって施設に戻る方が最善のはずだ。
しかし、ルーはなかなかそんな決断が出来ない。それはそうだろう。母親だからな。公式HPで初めてルーの年齢を知ったが、11歳だそうだ。そりゃあ、母親と一緒にいたいだろう。
冒頭で「0か100か」という話が出てくるが、母親にとってもルーにとっても、選択肢などどのみちほとんどない。そういう中で2人がどんな決断に至るのか。ストーリー的にはほぼこの点しか展開のポイントがない作品だが、バカバカしくふざけている2人の雰囲気とか、ルーが感情を押し殺しながら母親についていく様とか、全体的な映像の雰囲気とか、そういうものも相まって、最後まで観させる映画にはなっているなと思う。
意気込んで観に行くような映画ではないかもしれないが、ふと「映画でも観たいな」となった時に観たら結構良いじゃんなんて感じ方になるのかなと思う。
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