【映画】「ユースフル・ゴースト」感想・レビュー・解説

とにかく、前半はメチャクチャ面白かった! のだけど、後半がなぁ。ちょっとよく分からなかったというか、前半の面白さに比べればちょっと複雑でややこしくて楽しくないという感じだった。本作は130分あるらしいが、もう少し物語を調整して、85分ぐらいの映画としてまとめてもよかったんじゃないかなと思う。後半はちょっと、僕にはあまりしっくりこなかった。

というわけで、ざっくり物語の紹介をしよう。

あるゲイの男が、掃除機を買った。タイ・バンコクの彼が住む地域では、再開発の工事のため粉塵公害が酷くなっているからだ。しかし、買ってきた掃除機は不良品だった。夜、吸ったゴミを吐き出すのだ。それだけならまだしも、なんとこの掃除機、凄まじく”咳”をするのだ。意味が分からない。

掃除機には14日の無料保証がついていたので販売店に電話すると、すぐに修理業者がやってきた。で、状況を説明すると、「それは幽霊ですね」と言われる。幽霊? こうしてその修理業者は依頼人に、長い長い物語を話すことになる。

ある掃除機工場で男性従業員トックが亡くなった。そして彼の幽霊が毎週工場に現れるようになる。製品に取り憑いたり、工場機械に取り憑いたりして業務を妨害するのだ。そしてそのせいで、認可を取り消されてしまった(粉塵より幽霊の方がより重大だ、と言われたのだ)。夫の死後、工場を引き継いでいたスマーンは途方に暮れる。認可が下りなければ工場を稼働させられないからだ。

さて、スマーンには長男のモスと次男のマーチという2人の息子がいた。モスはゲイで、オーストラリア人の恋人と付き合っている(結婚してるのか?)。一方マーチは病気で妻ナットを亡くしたばかりだった。

しかし、そんなナットがある日、工場の掃除機に取り憑いたのだ。ナット掃除機は、高熱を出して入院していたマーチの元へ見舞いと世話に向かう(ここでの看護師や大臣らとのやり取りはとにかく面白い)。

さて、「ナットが掃除機に取り憑いて戻ってきた」という事実を、周囲の人間はあっさり受け入れる(掃除機がナットの口調で喋るので、まあ信じるしかないというところもある)。で、「掃除機(というか幽霊)にかまけているマーチ」を心配したスマーンや親族が、マーチとナット掃除機を引き剥がそうとあれこれ画策する。しかし、「愛の力」でこの世界に戻ってきたナットは必死で抵抗し……。

というような話です。と言われても意味が分からないだろう。なんとも奇妙な物語である。

ただ、冒頭でも書いた通り、前半はメチャクチャ面白い。随所で笑わされるし、「何それ?」みたいな展開なんだが割と受け入れられてしまう。

色んな理由があるとは思うが、まず思うのが、「ナットが掃除機として戻ってきた」ことに誰も驚かないというシュールさがある。例えば本作には、「マーチの見舞いにやってきたナット掃除機がエレベーターに乗る」というシーンがある。もちろん他にも乗客はいるわけだが、誰も自走する掃除機に注目すらしない。本作の時代設定がいつかは分からないが、少なくとも「スマホがないことは確実」(ゲイの男性が修理業者を呼ぶのに、デカい子機みたいなのを使っているシーンがある)だ。現代であれば、ファミレスの猫ロボットみたいな自走式のものは見かけるし、だから「自走する掃除機」を見かけてもそんなに驚かないかもしれないが、本作の時代設定ではそんなものなかったはずなので、普通に考えれば周囲の反応はおかしい。

なのだけど、マーチやその周囲の人間だけではなく、全然関係ない人も、「妻が掃除機になって戻ってきたんです」と言うと「あ、そうなんですね」とすんなり受け入れるのだ。

で、この「普通なら違和感バリバリだろう状況」を変に感じさせないのは、冒頭からずっと人々が「感情を持たないかのように存在している」みたいな描写も関係していると思う。ゲイの男性と修理業者の会話も感情の起伏のない平坦なものとして展開されるし(画面の構成も、向かい合う2人のそれぞれのワンショットを切り替えるという単調な映像を繰り返すだけだ)、工場で従業員が亡くなったシーンも、「人が亡くなったとは思えないような平坦なやり取り」に終始している(会話に関わらない他の従業員も、棒立ちで状況を眺めているだけ)。どことなく濱口竜介作品を思わせる部分もあるが、そういう「この世界からは感情が喪失してしまったのか?」みたいに思わせる描写が冒頭から結構続くことも、「妻が掃除機になって戻ってきた」という状況をすんなり受け入れることに違和感を抱かせない要因になっているかなと感じた。

ちなみに公式HPによると、本作は「タイでは誰もが知る怪談『メー・ナーク・プラカノーン』(死後も現世にとどまり、夫と禁断の愛を深めていった女性“メー・ナーク”にまつわる物語)に着想を得た」のだそうだ。つまり日本で言うなら「トイレの花子さん」的な話なんだろう。だからタイ人からすれば、「なるほどあの話ね」という形ですんなり受け入れられるという側面もあったりするのかもしれない。

で、先程触れた通り、前半は「掃除機になって戻ってきたナットをマーチから遠ざけようとする者と、それに抵抗しようとするマーチとナット」という分かりやすい構図で展開されていく。ホント、随所に面白いポイントがあって笑っちゃうのだが、それは「ナット掃除機を挟んでお互いに真剣な想いをぶつけている」からこそだと思う。

マーチはとにかく、掃除機という形であろうとも妻が戻ってきてくれたことをメチャクチャ喜んでいて、その状況をずっと継続させたいと思っている。さらに、「掃除機の姿の妻とイチャイチャする」なんてこともしたりしていて、そこには「本物の愛」が存在している感じがする。

一方スマーンや親族は、「身内がこんなで恥ずかしい!」みたいな気持ちを隠そうとしない(まあ確かに、その気持ちも分からんではないが)。というか、理由はよく分からないが、ナットは嫁いだ時から既に親族から嫌われていたようだ。さらにスマーンは、「トックの幽霊のせいで工場が操業停止に追い込まれた」という事実があり、余計に「幽霊憎し」という気持ちを抱いている。

そういう色んな話が絡まって「ナット掃除機を受け入れない」という気持ちになっているのだが、ここで、タイトルの「ユースフル・ゴースト」の意味が関わってくる。

長男モスも、ゲイであることを親族に明かして以降、しばらく拒絶されていたのだが、オーストラリア人のパートナーが、オーストラリアでの事業の先鞭をつけてくれたことで、親族からの評価が変わったという。この状況をマーチは、「使えると分かったら手のひらを返す」みたいに表現していた。

つまりナット掃除機も、「ユースフル(役に立つ)」と分かれば、元々嫌われていた嫁でも、幽霊でも、親族は受け入れるのではないか? というわけだ。

で、この設定が、後半の展開に繋がっていくことになる。後半についてはあまり詳しく触れないが、要するに「幽霊であるナットが、人間に利益をもたらすために、他の幽霊に不利益をもたらす」という行動を取るようになっていくのだ。

恐らくだが、本作で最も描きたかったのはこの部分なんだろうなぁ、という気がする。だから、僕には「蛇足」に思えるような後半の展開が存在するのだろう。

さて、ここからは僕の解釈だが、本作には「ゲイ」が2人も登場することもあって、「マイノリティ的な立場の人」をかなり強調しているなと思う。で、そんなゲイの1人がナット掃除機の物語を聞いて怒る場面がある。つまり、「幽霊なのに、他の幽霊に害を与えて人間に利するなんてサイテーだ」というわけだ。

で、恐らくだが、これって「マイノリティ同士で起こっている現実」ってことなんじゃないかなと思う。例えばゲイを例に取るなら、「ゲイである自分がマジョリティに受け入れられるために、自分以外のゲイを引きずり下ろす」みたいなことだ。「それってサイテーじゃない?」みたいな主張が本作には強く浮き出ていた気がする。

また、同じことの裏返しだが、「ユースフルなマイノリティしか受け入れないんだよね、マジョリティは」みたいな皮肉もきっと込められてるんだろうなと思う。多様性というのは本来そうじゃなくて、「役に立とうが立つまいが関係なく許容する」ってことだと思うのだが、あまりそういう認識が強くない気がする。「マイノリティ、全然受け入れますよ(ただし、役立つ人だけね)」みたいな感覚がやっぱりまだまだ世の中に蔓延っていて、そういう状況を浮き彫りにする、みたいな意味も込められてるんだろうなと思う。

なのだが、そういう背景が理解できても、いかんせんストーリーとして特段面白くないので、どうも受け入れがたい気分が強くなってしまう。描こうとしていることは興味深いので、それをもう少し上手くストーリーとして落とし込んでくれたら良かったなぁ、という感じがした。

ただ、後半でメチャクチャ面白かったのは「♪ハッピー・デス・デー~」と歌ってるシーン。つまり「命日」ってことなんだが、「命日をお祝いする歌を歌う」って状況はまずあり得ないので、これはメチャクチャ斬新だったなと思う。

あと、個人的にちょっと意味が分からなかったのが、前半のマーチが入院した時かな、スマーンが医者から話を聞いてる場面だと思うんだけど、スマーンが医者に「鼻血」って言うのが謎だった。実際に医者は鼻血を出していたのだけど、このシーン、何の意味があったんだ? その後別に何にも繋がらなかったと思うんだけど。

というわけで、トータルで考えるとビミョーって感じだが、前半だけならコメディとしてメチャクチャ面白かった。ただ、割と深いテーマを内包してる感じがあるし、そういう部分に惹きつけられるのであれば後半の物語も良く受け取れるかもしれない。


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