【映画】「トラペジウム」感想・レビュー・解説


面白かった。原作が面白かったから、映画も面白いだろうと思ってたけど、ただ、正直本作は特に観るつもりがなかった。のだけど、特段調べているわけでもないのに、なんとなく「映画『トラペジウム』が話題っぽい」みたいな情報が視界に入るようになった。まあ、どんな風に話題になっているのか、記事とかを読んだわけではないから分からなかったけど、それなら観てみようかと思って観ることにした。

原作の内容は正直あんまり覚えていないのだけど、「あれ、こんな展開だっけ?」みたいに感じる部分もあったから、もしかしたら原作と映画ではちょっと物語が変わってるかもしれない。エンドロールでは、原作の高山一実のところに「監修」とも書かれていたから、それもあってそんな風に感じるのだけど。

さて、本作の良さはやはり、主人公・東ゆうが絶妙に嫌な奴だ、という点にあるだろう。まずこの点がとても良い。物語は、「どうしてもアイドルになりたい東ゆうが、『アイドルになるメンバーを探す』という目的を隠して色んな可愛い子に近づき、様々な策を弄してアイドルを目指す」という話なのだが、とにかく東ゆうが、「自分がアイドルになること」しか考えていない感じが絶妙過ぎる。

彼女は、「可愛い子を見ると、『アイドルになればいいのに』って思う」と口にするぐらい、「アイドル」という仕事をある種神聖化している。そしてそのような感覚が強すぎるために、「可愛い子はみんなアイドルになるべき」「そのきっかけがないなら私が作ってあげる」というスタンスでいるのだ。

当然、こんなスタンスで生きていたら軋轢を生まないはずがないのだが、東ゆうにとってはこのようなスタンスがある種の「憲法」的な感じでもあったので、自分の振る舞いが良くないことだと気付けない。「可愛い子はみんなアイドルになるべきだし、だとしたら、アイドルとして完璧でいなければいけない」という感覚が「異常なものだ」ということに気付けないまま、彼女は突き進んでいく。

面白いのは、割とそういう嫌な奴なんだけど、色んな状況が上手く整って、東ゆうに導かれるようにして出会った4人がアイドルを結成することになるという展開だろう。もちろんフィクションだから都合の良い展開はあるわけだが、「割と上手いこと、アイドルデビューまでの展開を作っているなぁ」という印象になるんじゃないかと思う。

まあそんなわけで、まずは「主人公が嫌な奴」という点が物語を面白くしていると感じた。

その上で、やはりこの点に言及することは避けられないのだが、本作は「現役アイドルが書いた物語」という点が実に特異的なのである。

原作者の高山一実は、既に乃木坂46を卒業しているが、本作を連載・出版した時点ではまだ現役アイドルだった。「現役アイドルが小説を書く」というのもなかなか珍しいと思うが、それがとてもレベルの高い作品だったので余計に驚いた記憶がある。

そして本作は、「現役アイドルが『アイドル』をテーマにした物語を生み出した」という事実に、圧倒的過ぎる説得力が宿っているわけで、普段は「著者が何者なのか」という情報を作品の評価と混同すべきではないと考えているのだが、本作に関してはやはり、その特異さが作品そのものの受け取られ方にも大きく影響を与えていると考えるべきだろうと思う。

さらに面白いのが、「現役アイドルが『アイドル』をテーマに物語を生み出す」上でテーマにしたことが、「可愛い子はみんなアイドルになるべき」という話だという点だろう。やはり、ありきたりのイメージをすれば、「芸能界の裏側」を描くような内容の方が、「現役アイドル」という著者のオリジナリティを活かしやすいと考えるんじゃないかと思う。しかし本作では、別にそんな展開にはならない。「芸能界の闇」的な話は一切出てこないと言っていいぐらい本作には関係ないと言えるだろう。

そしてその代わりに、現役アイドルがテーマにしたのが、「可愛い子はみんなアイドルになるべき」という変わった主義主張を持つ女の子だったのだ。なかなか変わった設定だけど、このような設定にすることで、「現役アイドル」というオリジナリティを活かしやすくなっていると言える。というのも、「東ゆう側」の言動にも「そうじゃない側」言動にも説得力が出るからだ。

「アイドルになりたい人」を描くことは誰でも出来そうな気がする。それこそ、アイドルだったことがない人だって「アイドルになりたい人」は描けるだろう。しかし、「可愛い子は誰だってアイドルになるべきだ」とか、「アイドルみたいにみんなから注目されるのは得意じゃない」みたいなことを描こうとしたら、やはり「現役アイドル」という肩書きは説得力を持つだろう。

どこまで意識的だったのか分からないが、そういう「自身のアイデンティティをちゃんと活かせる設定・展開を見つけ出した」という点が、本作の面白さの核にあると僕は感じている。

さて、そんなわけで、いきなり全然違う話をしよう。

僕は、色んなところでよく書いている話ではあるのだけど、「『好きなこと』で人と繋がること」が好きではない。「好きなこと」というのは、旅でも推し活でも食でもなんでもいい。マッチングアプリなんかでも、「趣味で誰かと繋がる」みたいなことは割と当たり前だと思うんだけど、僕はとても苦手だ。

というのも、「その『好きなこと』を好きで居続けないと、その人との関わりを継続できない」と感じてしまうからだ。例えば、推し活で誰かと知り合って仲良くなったとして、しかしその「推し」を推し続けないとその仲良くなった人とも関わり続けられない。なんかそういうことが、僕は嫌だなと感じられてしまうのだ。

なんでこんな話をしているのかというと、作中で「ボランティア仲間」という言葉にちょっと引っかかるシーンがあるからだ。東ゆうがテレビの取材に対し、「私たちはボランティア仲間なんです」という紹介の仕方をするのだが、それに対して「どうせボランティアでしか繋がれない関係なんだもんね」「友達って言ってほしかった」みたいに言う場面があるのだ。

僕は、「分かるなぁ」と感じた。

この場面は正直、なんでこんな描写が組み込まれているんだろう? と感じるくらい、描かれた時には唐突な感じを受けたのだけど、段々分かってきた。つまり、「『アイドルになる』という目的が共有されていなかったら、私たちは友達になれないの?」という展開の前段として描かれたということなのだろうと思う。

いやー、ホントそうだよなぁ。

東ゆうは、「アイドルになる」という目的のためならなんでもするし何でも犠牲にするというキャラクターなので、「友達」という存在さえ「自分がアイドルになるための駒」程度にしか思っていない(メチャクチャ嫌な奴なのだ)。しかし、「アイドルになる」なんて聞かされずに東ゆうと仲良くなった他の3人は、単に「東ゆうと仲良くしたかった」だけなのだ。実はここに凄まじい溝があったのだが、しばらくの間、このことは顕在化しない。しかしやがて、このすれ違いが目に見えるほど大きくなっていき、彼女たちの関係性は破綻してしまうことになるのだ。

というか、皆、「東ゆうと友達でいること」を選んだということなのだと思う。そう感じさせる展開になっていくので、終わり方もとても良い感じになっていると感じた。

ホント、ちゃんと友達に戻れて良かったなって思う。実に奇妙なきっかけから関わりが始まった4人だが、途中のゴタゴタも含めて各人にプラスの影響を与えている部分もあるし、結果的に良い関係に戻れたわけで、そういう展開全部含めて、こういうのっていいなと感じた。

90分とさほど長くない映画なのに、「アイドルのメンバー集めから、アイドルとしてのきっかけを掴み、デビューした後に色々大変になる」という物語を描いていて、その展開・構成の巧みさには驚きました。そして、そんなギュッとまとまった作品であるにも拘らず、「デビュー曲をテレビ番組の中で歌うシーン」では、1曲丸々歌う演出を入れ込むなどしている。カメラワークも「アイドルが出演するテレビ番組」みたいな感じだし、っていうかそもそも、今回のアニメ化のために曲を作ったってことだろうから、力入ってるなぁって感じだった。

ちなみに、デビュー曲ではないのだが、彼女たちの新曲として「方位自身」という曲が出てくる。東ゆうが事務所に「自分たちで作詞したい」と言って、4人で作詞しようということになるのだが、色々あって上手く行かず、結局彼女たちが公式にお披露目することなく終わってしまう曲なのだが、この曲の歌詞を高山一実が作詞している。公式にお披露目はしないものの、作中で歌うシーンがあり、またエンドロールでもこの音楽が流れる。高山一実、色々やってるなぁ、という感じだった。

あと、エンドロールを観ていて、声優のところに「高山一実、西野七瀬、内村光良」って出て「???」と思ったのだが、どうやら城を管理するボランティアのお爺さん3人の声をやっているようだ。確かにお爺さんの声、お爺さんっぽくない声だなぁ、と思ったんだけど、そうか高山一実と西野七瀬がやってたのか。

そんなわけで、原作も面白かったが、映画も実に面白かった。ホントによく出来た物語だなって思う。高山一実は『トラペジウム』以降、小説を書いていなさそうだが、また書いてみてほしいなぁ。

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