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【本】平山瑞穂「ラス・マンチャス通信」感想・レビュー・解説

本書は、日本ファンタジーノベル大賞を受賞した、著者のデビュー作です。
内容紹介は…、一体どんな風にすればいいか。


本書は5つの章に分かれている。長編作品ではあるけども、5つの章すべてが独立した短編としても読める作品で、しかもどれも奇妙奇天烈な話である。どんな風に内容紹介をするか悩むけど、とりあえず連作短編集の要領でそれぞれの章の話をざっくりと書いてみようと思います。

「畳の兄」
アレは、異臭を放つ陸魚が大のお気に入りで、全裸で自身も異臭を放ちながら、アレは陸魚と戯れている。人語を介さないアレの存在を、僕と姉は存在しないものとして捉えることにしていた。もう長いこと、そうするようにしか生きられなかったのだ。もちろん、どんなにその存在を無視しようとしても限度があるが。
最近ではアレは、姉の身体に執着するようになってきた。素っ裸のアレのあの部分が、異常に反応していることからもそれが窺える。両親から、アレに反抗することを禁じられている僕らだが、しかしそろそろ限界だ。

「混血劇場」
施設で一時期過ごさざるを得なかった僕は、その後「リトル・ホープ」という名の、学校の教室を再利用したレストランで働くことになった。そこは、店長が夜間女の子を連れ込んでセックスをしていたり、厨房のあちこちにゴキブリがいたりと、それはぞれは酷い環境だったが、僕はそこで働く以外になかった。最低の環境だ。
施設での生活も、奇妙なものだった。それがどんな施設なのかはっきりとは理解出来ないまま過ごした日々。ミス矢萩やミスター森口らとのあれこれ。
そして、家族でみんなで映画を見ることにした、最後の夜。

「次の奴が棲む町」
僕は、灰が降る町で、まさにその町でしか需要がない特殊な仕事に就いた。夜露によって硬化してしまう灰(ゴッチャリと呼ばれている)を除去する仕事だ。社長ともう一人の三人という小さな会社で、人が良さそうでおしゃべり好きな社長と、寡黙で何を考えているのかまったく分からない箕浦さんという対照的な二人だった。
社長は時折、本当なのか嘘なのか分からない話をしたが、「次の奴」に関する話も、まさにそういった類のものだった。

「鬼たちの黄昏」
僕は、稲河と由紀子の三人で、町を点々としながら暮らすようになった。僕はでっちあげの投資を持ちかけて金を集めて回る営業マンの仕事をやらされるようになり、稲河は稲河で何かやっているようだった。もはやそこから逃げ出すことなど不可能だと思えるほど閉塞的な三人での生活。

「無毛の覇者」
小嶋先生の屋敷に行くように言われた僕は、そこで謎めいていてなんなのかわからない簡単な作業だけをやらされ、あとは放置された。その屋敷には、何をしているのかわからない人が幾人か住んでいた。
しばらく屋敷に住んでいるのに、未だに小嶋先生に邂逅することはかなわない。とある手紙を盗み見た僕は、とんでもない場所にいるのではという不安さを増大させる。

というような話です。


世界観が凄過ぎる作品です。読んでると、頭がクラクラしてくるような感覚に陥ります。


一つ一つの章が独立した短編として読める作品で、一つ一つの章が非常に奇妙な物語に仕上がっている。主人公の僕が、脈絡のない環境の変化に戸惑い、馴染み、しかしやはり馴染めずに翻弄される様が描かれていく。


しかし凄いと思うのが、それぞれの章で描かれる世界が相当に違ったタイプであるのに、作品全体の世界観が見事に統一されている、という点です。まったくバラバラにしか思えないそれぞれの環境なのだけど、核となる世界観は統一されていて、違和感がない。


それはなんとなく、地球のどこかで見知らぬ部族が叩いている太鼓の、音ではなく振動のような重低音、という感じだ。普通にしていたら聞こえるのか聞こえないのか分からないその謎めいた太鼓の音だけど、身体がその振動を感じている。耳が感知していなくても、身体のどこかの部分がその振動をしっかりと捉えている。その重低音こそが、この作品全体の世界観を統一している何かではないか、という感じがしました。


ここで描かれているのは、『キレイな世界』だ。『清潔な世界』と言った方が正確かもしれない。そしてそれは、不自然な清潔さなのだ。


例えて言うならばその清潔さは、赤・青・黄の三色を均等に混ぜて出来た「白」以外の何か、という感じだ。赤・青・黄の三色を混ぜて出来た白であれば、それは健全な清潔さという感じがする。しかし、ここで描かれているのはそういう白さではない。適当な色を適当な配合で混ぜて偶然たどり着いた白という感じだ。


だからこそ、その清潔さは胡散臭い。キレイさを装ってはいるが、それは決してキレイではない。でもそれは、きちんと見ようとしなければ見えてこない。表向き、それはやはり白なのだ。背景が白いからこそ、その上の汚れは際立つ。そういう部分も、本書では強く描かれる。しかしその一方で、そもそも背景の白が『白』ではない、という部分こそが、読む者をざわつかせるように思う。


それが分かりやすく描かれているのが、父親の笑み、ではないかと思う。父親は主人公の僕に対して、常に微笑みをもって接している。しかしそれは、厳密には微笑みではないはずだ。それが何であるかは描かれない。しかしそれはきっと、きちんと配合されたのではない白が奥底に隠されているのではないかと思う。


本作では、幾多もの狂った世界が描かれる。それは、狭い世界であることもあれば、広い世界であることもある。「畳の兄」「鬼たちの黄昏」「無毛の覇者」なんかはかなり狭い世界の狂気だと思うけど、「混血劇場」「次の奴が棲む町」なんかは割と広い世界の狂気だと思う。

それらの狂った世界の中で、『正常とは何か』と考えさせられる。僕には、主人公の僕は正常に思える。作中で描かれる人物の中で、唯一まともな理性を持った人間なのではないかと思う。もちろん主人公の僕もまともではない部分はそれなりにはあるのだけど、それでも相対的には最も理性的なのではないだろうか。


主人公の僕を取り巻く様々な環境は、なかなかに異常だ。しかしその異常さは、なかなか感知されない。主人公の僕はその異常さを感知するが、長いことその環境にいる人達には、その異常さはもはや理解出来ない。そもそも主人公の僕にしたところで、その異常さを正確に言葉で表現することは出来ないでいるのだ。

それは、『何かの隙間に身体がすっぽりハマってしまったみたいに身動きの取れない価値観』とでも表現したらいいだろうか。主人公の僕は、常にその隙間に落ち込んでいる。理性的でなければ、つまり狂ってしまえれば、恐らくその隙間から抜け出せるのだろうと思う。

しかし、主人公の僕にはそれが出来ない。その理由の一つは、その異常な価値観を言葉に変換して定着することがなかなか出来ないからだ。はっきりと、絶対的な自信を持って、その違和感を言葉にすることは困難だ。自分以外の全員が目の前のカラスを見て「白い」と言っているのに、自分だけ「いや、黒だ」ということは難しい。そういう環境の中では、そもそも「黒」という単語さえ自信を持って使えなくなるのではないだろうか。


主人公の僕は基本的に、考えないことでその環境をやり過ごそうとする。狂うことが出来ない僕には、それ以外に取れる戦略はない。「畳の兄」で、アレが存在しないという風に思い込もうとしたそのやり方を、どの環境でも実践している。


しかし、それは長続きはしない。きっと主人公の僕の中でゴッチャリに似た何かが出来るのだろう。誰しもの元に『灰』は降る。しかし理性を持つ人間だけが『夜露』も抱えてしまう。結果、ゴッチャリが出来て心が固着してしまう。それに耐えられなくなった僕は爆発してしまうのだ。


これは、著者の意図通りかどうかは分からないけど、僕らの現実を痛烈に皮肉っているように僕には読める。僕には、日本という国は現在、かなり狂っていると感じられる。ジワジワと少しずつ狂っていったので、場合によってはそれに気づかない人もいるかもしれない。あるいは、国が狂うのと一緒に、国民もみな狂っていっているのだろう。もしかしたら、そういう現実を大幅に誇張して物語に仕立て上げたのかもしれない。


本書には、理由のわからない、具体的に説明されない展開が結構出てくる。

何故そういう流れになったのか、何故そういう判断をしたのか、何故そういう行動になったのか、それが明確に説明されない場面が結構あるのだ。そしてそれは、決して不快ではない。これが平山瑞穂という作家の凄さの一端ではないかと僕は感じるのだけど、それは決して不快ではないのだ。


僕はこう感じた。その説明されない部分に読む者が何を当てはめるかで、作品全体がまったく違ったものになるのだろう、と。僕は、読書というのは作品という鍵穴に自身という鍵を差し込む行為だと思っている。作品と自分の相性が良ければ鍵はすんなり鍵穴に入るだろうし、相性が悪ければ鍵は入らない。でも、鍵が入らないからと行って鍵穴に問題があるわけではなく、その鍵穴に合う別の鍵がどこかに存在している、というだけのことだと思う。
この作品は、ただ鍵穴に鍵を差すだけでは不十分なのだ。鍵穴に鍵は差し込めるが、そのままでは錠は回らない。鍵の方にいくつか突起が足りない部分があるのだ。それを自分が補うという部分が必要になる。


理由の与えられない展開に、自分なりの理由を当てはめることで、物語が変化する。恐らく読む人によって、かなり違った印象を与える作品なのではないかと思う。


これがデビュー作だということが驚異的だ。これだけの世界観を破綻なく紡げる作家というのは決して多くはないのではないかと思う。その後書き続けている作品も、やはり凄い世界観を持つ作品ばかりだ。是非平山瑞穂という作家を体感して欲しいと思う。


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