AIが絵・音楽・小説などの創作を行う時代に、「人間が創作を行うこと」に意味を見出すためには?
最近、「Midjourney」という、AIが自動で絵を生成するソフトの話題をちらちらと目にするようになった。自動画像生成AIの存在すら知らなかったが、そのクオリティに驚かされた。
上のトゥギャッターのまとめの中に、「廃業です」という言葉が出てくるが、本当にその通りだろう。僕は絵のことは詳しくないが、このレベルの絵を描ける人は、人間界にはそうたくさんはいないだろう。そんな高水準のレベルの絵師をあっさりと凌駕してしまうのだ。
AIに小説を書かせるソフトも様々に存在する。
実際に、AIが書いた小説が「星新一賞」に入選したというニュースもある。
音楽の世界でも、「FIMMIGRM」という自動作曲ソフトが登場した。
僕は以前、まさにこのような自動作曲ソフトを題材にした小説『電気じかけのクジラは歌う』を読んだことがある。
その中に、こんな文章があった。
作曲家って、表現したいものがあるから表現するんですよね?それなのに『Jing』ができない曲をやろうとするなんて、本末転倒じゃないですか
この言葉にこそ、これからの「創作」の「意味」が存在するのだろうと僕は感じる。
結局のところ、「創作」には「哲学」が必要だ、という話だ。
恐らくAIはこれから、これまで以上に「創作」の領域へと踏み込んでくるだろう。絵も音楽も小説も映画も、もしかしたらYoutubeの動画もインスタの写真も、すべてAIが作成できる時代が来るかもしれない。というか、恐らく来るだろう。そしてそれらはどれも、「人間のクリエイターの中でもトップクラスの実力」を持つようになるだろう。
その世界は、『電気じかけのクジラは歌う』で書かれていたように、
普通の作曲家が普通に作れる曲は、もう『Jing』で再現することができる。となると、作曲家はふたつの選択肢しかない。『Jing』で再現できることを承知で普通の曲を作るか、それを徹底的に避けるかだ。だがそれをやると、前者は聴かれず、後者は多少聞かれるかもしれないが鍋を叩くような珍曲になってしまう。
その限界を超えられるのは、名塚のような天才だけだ。まだ世界になく、それでいて普遍性も伴った楽曲。ごくごく限られた天才ならば、こんな環境でも作曲家でいられる。
という、人間にはかなり厳しい世界になるはずだ。
しかし、少なくとも現時点での科学技術では、AIには不可能な点が1点だけ存在する。それが、「創作の意図を語ること」だ。AIは、成果物としてとんでもなく素晴らしいものを生成することができる。しかし、その過程について何も語ることはできない。「ここにリンゴが描かれているのは何故か?」「この部分のテンポが一瞬変わる理由は?」「この登場人物のラストの行動の真意は?」と言った質問には、一切答えることができない。
そして、重要なのは、「答えることができない」というだけではなく、「そこに答えは存在しない」とう点だ。
人間の創作物の場合も、アーティスト本人がその意図を語らないことなど往々にして存在する。作品を観て自由に感じてください、というスタンスだ。しかしそういう場合であっても、僕たちは「アーティストにはこの創作を行うにあたっての『意図』があったはずだ」と信じることができる。そして、そう信じられるからこそ、僕たちはその「意図」について考えを巡らそうと思えるのだ。
しかしAIの成果物に対して僕たちはそのように考えることはない。「AIがどんな『意図』をもってこれを生み出したのか」という問いは、「AIが答えてくれない」から無意味なのではなく、「そもそもAIがその問いに対する答えを有していない」から無意味なのである。
AIによる創作が、人間の創作も本質的に異なる点は、ここだと思う。
そしてだからこそ、AIが創作に染み出してくる時代において、創作において最も重要になるのが「言葉」なのではないかと思うのだ。あるいは、きちんと言語化するかどうかに関わらず、「哲学を感じさせる」という点が重視されるように思う。
以前、乃木坂46のアートワークを担当する人のインタビューを読んだことがあるのだが、その中で、「デザインは常に、クライアントが存在するため、デザインの意図を言葉で説明しなければならない」と話していたことがとても印象的だった。僕はデザインの世界にはまったく疎いので、センスや感覚でどうにかなるのだと思っていたが、「こういう意図があるからこうします」とクライアントに言葉で説明できなければ、そもそも仕事をもらえないという話を知って、確かにその通りだと感じた。
そして同じことが、クライアントが存在するわけではない創作にも「必須」になっていくのではないかと思う。
もちろん現代であっても、美術やアートの世界で高く評価されるものは、社会問題を反映させていたり、強烈なメッセージが埋め込まれていたりと、見た目だけではない哲学性みたいなものも評価されていると思う。しかしそうではない、「キレイ」「カワイイ」「カッコいい」「イケてる」みたいな、感覚的な評価だけで創作が評価される世界も存在し、恐らく多くの人がそういう世界で創作に関わっていると思う。
しかしAIが登場すれば、そういう感覚的に評価されるものはすべて、AIで代替されてしまうだろう。となれば、残るのは、創作の中にきちんとアーティストの「言葉」を埋め込めるものだけということになるだろう。
そんな未来がもうすぐそこまで来ている。最近、そんなことを強く実感させられた。「技術」だけの人間は、どんどんと淘汰されてしまう。結局残るのは、「言葉」であり「哲学」なのだと思う。
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