【映画】「劇場用実写映画 秒速5センチメートル」感想・レビュー・解説

いやー、震えるねこれは。西野カナか。いやでも、ホント震える。これはメチャクチャ良かった。

僕は、映画でも小説でもなんでも、物語に対しては基本的に「ストーリー」にしか興味がない。音楽だとか衣装だとか映像の構図がどうだとか、そういうことは別にどうでもいい。

ただ、正直に言えば、究極的には「ストーリー」さえどうでも良かったりする。その場合、最も大事なのは「雰囲気」だ。そして本作『秒速5センチメートル』はとにかく、「雰囲気」が素晴らしかった。

「雰囲気が良い」みたいな評価は、むしろ悪い意味に取られるかもしれないが(「雰囲気ぐらいしか褒めるところがない」みたいに受け取る人もいるだろう)、僕は全然そんなつもりで言っていない。ストーリーなんてほとんど存在しないような、その瞬間その瞬間の「空気感」だけを切り取って繋げただけみたいな本作は、ホントメチャクチャ良かった。

本作を観る直前に放送されていた『ボクらの時代』(昨日だったか?)の中で松村北斗が、「新海誠作品には『エモい』という表現では言い表しきれない何かがあるけど、その何かを表現するピッタリな言葉はないから、『エモい』って言うしかない」みたいなことを言っていたのだけど、それはまさに本作にもそのまま当てはまるだろう。「エモい」とは全然言いたくはないのだけど、でも「エモい」以外の日本語が当てはまらない、みたいな感じだ(ちなみにどうでもいいが、新海誠は「エモい」という言葉を「(広告)代理店の人が言っているのを聞いて初めて知った」と言っており、「代理店的な言葉だな」と感じたという話をしていた)。

さて、映画を観ながら僕がずっと考えていたことは、「『魂が震えるような人』に出会ってしまうこと」についてだ。

僕は、本作の元となったアニメを観ていないので、まったくストーリーを知らないまま本作を観た。だから、「主人公の遠野貴樹が『魂が震えるような人』に出会ったことがある」みたいなことは少しずつ理解していった感じだ。

大人になった遠野は、システムエンジニアとして働きながら、それ以外の時間をほとんど死んでいるみたいに過ごしている。仕事が好きなのかどうかよく分からないが、何かに追われるようにして仕事をし、家にまで仕事を持ち帰っている。そしてそれ以外の時間、例えば同じ会社で働く恋人と過ごす時間も、ぼんやりしているというか、心がそこに存在しないみたいな雰囲気でいるのだ。

しかし彼は小学生の頃に、「魂が震えるような人」に出会った。転校生の篠原明里だ。2人は仲良くなり、そしてお互いに惹きつけられていく。小学生が出会う言葉では、それは「好き」という言葉でしか表現出来なかっただろうが、僕は彼らの関係を観ながら、「『魂が震える人』と出会ったんだな」と感じた。

大人になった明里が、印象的な言葉を口にする場面がある。「子どもの頃は全然友達がいなかったけど、1人だけいた」と遠野を思い浮かべながら話す彼女が長いこと彼にはもう会っていないと話した時、相手が「じゃあ、良い思い出だ」と口にするのだが、それに対してこんな風に返していたのだ。

【いや、思い出というよりは、今も日常です。】

作中ではある人物が、「会えないと気持ちも離れちゃうのかな」と口にする場面があるのだが、少なくとも明里はそんなことはなかったようだ。長いこと会っていない相手の存在を「日常です」と言い切れるほどに、彼女の気持ちはちゃんと遠野に向いているのだ。

そんなの、「魂が震えている」としか言いようがないなと思う。

そんな2人の関係は、とても羨ましく見えた。恐らく人生において「魂が震えるような人」に出会えない人だっていると思う。「好き」とか「愛してる」とかってこととは全然関係なく、「この人の存在が自分を成立させている」みたいに思えるような関係。明里は2人の関係を「太陽と月」に喩えていたが、そんな風にお互いの存在を補完し合えるような関係。そういう存在にはなかなか出会えないし、自分がそう思えても相手が同じ強度の気持ちを持ってくれるとも限らない。だからまずは、そんな2人がとても羨ましく感じられた。

でも同時に、「小学生でそんな存在に出会えてしまえたことは、ある意味で残酷でもあるな」と感じた。

大人になってから出会った人であれば、基本的には自分の決断で相手との関係を決められる。しかし子どもはそうではない。本作では、遠野も明里も「親の都合で転勤せざるを得ない」という状況にある。もちろん、転勤族だったからこそ2人は出会えたとも言える。しかし同時に、だからこそ離れ離れにもならざるを得ないのだ。

それはとても残酷なことではないだろうか。

特に、今みたいにSNSやスマホがある時代ならともかく、遠野と明里が初めて出会った1991年にはそのどちらもなかった。物理的な距離が離れた相手のことを身近に感じることは、相当に困難だ。

だから、結果として離れ離れになってしまうぐらいなら、お互いに出会わなければ良かったんじゃないか、という気もしてしまう。

そんな風に感じるのには、「転勤族だったから引っ越しが好きなんだね」と恋人に言われていた遠野のある実感にも関係している。子どもの頃、遠野は明里に「好きな家に住んで引っ越したくない」と話していた。しかしそんな遠野は大人になって、定期的に引っ越しを繰り返している。その理由は、「いつでも他人と離れられるようにするため」のようだ。

彼はある場面で、こんな独白をする。

【誰かに近づきすぎないように。
1箇所に留まらないように。
誰といつ離れ離れになっても平気でいられるように。】

この独白が出てくるのは、「明里が『魂が震えるような人』だ」と僕が気づく前のことで、だから僕には、遠野がどうしてそんな感覚を抱くに至ったのかしばらく分からなかった。でも、「『魂が震えるような人』との残酷な別れ」を経験しているのであれば理解できる。

遠野は恐らく、「明里のような人はもう二度と現れない」と思っているはずだし、そして「だったら、他人との関わりなんて無意味だ」と考えているのだと思う。遠野にとっても恐らく、明里の存在は今も「日常」であって、だから、明里以外のどんな人と関わりを持っても、「そうじゃない」みたいな感じになってしまうんだと思う。とはいえ、孤独を好んでいるわけではないだろうし、だから他人とも関わるわけだが、その代わり「いつでも離れられるように」と考えるようにしているのだろう。相手に深入りもしないし、常に身軽に「今いる場所」を離れられるようにもしている。そんな風に現実と距離を置きながら、「明里との日常」の中に生きているんじゃないかと思う。

そしてそれは、やっぱり健全じゃないよな、と思う。たぶん遠野は、「魂が震えるような人」との出会いと別れを経験したが故に、それ以降の人生を死んだように生きていかざるを得なくなったのだと思う。

それは想像するだに、ちょっと絶望に近い状況だなと思う。遠野にとってはたぶん、明里があまりにも完璧すぎたために、誰とどんな風に関わっても「心が震えない」という感覚になってしまうのだと思う。明里と出会ってさえいなければ、「ちょっとした心の震え」みたいなものにももう少し敏感でいられたかもしれないが、明里と過ごした時間があまりにも激しい振動だったが故に、ちょっとした揺れは感じられなくなっているのだと思う。

冒頭、遠野のこんな独白が流れる。

【いつからだろう。信じられなくなった。
かつてあんなに信じていたことの世界のことを。】

明里と出会ったことで色づいた彼の世界は、明里と物理的に距離が離れてしまったことで次第にくすんでいき、大人になる頃には灰色になってしまっていたのだろう。誰も悪いわけではないし、どこにも悪意が存在しないはずなのに、結果として遠野の世界は暗く閉ざされてしまった。それはやはり、残酷だろう。

そして「残酷」ついでに言えば、もう1つ考えていたことがある。やはり「『魂が震えるような人』に小学生の頃に出会ってしまったこと」に関わるのだが、「大人になってから再会すべきなのか?」ということだ。

大人になってから出会った人であれば、考え方や価値観、あるいは容姿なんかも激変することはそうそうなく、だから例えば10年ぶりに会うみたいなことにもさほど躊躇はないかもしれない。しかし、小学生の頃と30歳(作中で、遠野が「30歳になりました」と口にする場面がある)とでは、何もかも違っているだろう。自分もそうだし、相手もそうだろう。小学生の時には「自分にとって完璧な『魂が震えるような人』」だったかもしれない。しかし、大人になって今もそうである保証はない。特に、中学生のある時点から一度も会っていないのだ。

そういう相手と、再会を望むべきだろうか?

本作を観ている観客は、遠野と明里両方を見ているわけで、「2人はまた出会い直せばいい」と素直に思えるだろう。しかし、当人同士はそうではないかもしれない。16年ぶりとかに再会して、もしも自分の心が動かなかったら。いや、それどころか、「なんか違うな」みたいに感じてしまったら。その恐怖は正直言って計り知れないだろう。僕なら怖い。残酷なまでに相手に幻滅する可能性が少しでもあるのなら、完璧なままのイメージを保ったまま再会せずにいる方を選んだ方がいいんじゃないか、みたいに考えるかもしれない。

いや、分からないが。

本作では、そんな「残酷さ」が描かれているな、と思う。

いや、まだあるな、「残酷さ」の描写は。これも凄く良かった。

高校時代、親の転勤で遠野は種子島に住むことになったようだ。そしてそんな遠野に惹かれたのが、同じクラスの花苗だ。他の人とはどことなく違う雰囲気を醸し出す遠野に惹かれ、偶然を装って毎日スクーターで一緒に帰ったりする。

花苗は、「遠野くんには東京に彼女がいるんじゃないか?」と疑っている。ふと見る度に、誰かとメールをしているようだったからだ。でも、もちろんそんなこと聞けない。それに、遠野に対する想いはどんどん溢れていく。友人にも、「気持ちを伝えるしかないよ」と言われていた。

しかしそんなある日のこと。花苗はスクーターを商店に乗り捨てて遠野と一緒に帰っている時に、思わずといった感じで涙を流す。その涙の意味は、なんとなく分かるが、なんとなく分からない(「それに、ちょっと歩きたいからさ」が優しい嘘すぎる、みたいな感じかなというイメージなんだけど)。けどその後、家に帰ってから再び大粒の涙を流すのだが、その時の彼女の独白はとてもよく理解できるし、「残酷」だなと感じた。

【遠野くんは私のことなんか見てないんだと、同時にはっきり気がついた。】

これも別に誰も悪くはない。花苗が遠野を好きになったことも、遠野が花苗に興味を持てずにいることも、何も悪くない。ただやはり、もしも遠野が明里なんていう完璧な存在にまだ出会っていなかったとしたら、何かが全然違ったんじゃないか、という気がするのだ。

そして同じことは、大人になった遠野が付き合っている恋人(会社の同僚)に対しても言える。水野というこの女性は、会社ではほぼ会話をせずコミュニケーションを絶っている。そして遠野に対しては、会社とはまるで違う姿を見せるのだ。とはいえ、「心ここにあらず」的な雰囲気の遠野の気持ちや行動を自分寄りに動かそうなんて風にも思っていないようで(本心はどうか分からないが)、「恋人同士」というイメージからは少し距離のあるような関係性を保っている。

彼女が遠野と理想的にはどんな関係でありたいのか、それはよく分からないが、1つ言えることは、「自分に特段の関心が向けられていないことはある程度理解した上で、それでも一緒にいたいと思っている」ということだ。やはりそれは、遠野に対してかなり強い想いを抱いていると言っていいのだと思う。

しかし遠野はやはり、水野に対しても特別な感情を向けられない。遠野はたぶん、「仕事が忙しい」ということにして(実際に忙しいのだが)、この「何も求めないし求められない」みたいなままでいようとしているのだと思う。

そんな遠野に、水野がちょっと棘を刺すみたいな言い方をしていた場面が凄く良かった。「私と一緒にいるの、ラクだけど楽しくないでしょ?」と口にするのだ。「どういう意味?」と聞き返した遠野に、彼女は自身の話をする。彼女が会社で喋らないのは、「あの子はそういう子だから」という印象を与えて「コミュニケーション」という負担を軽くしようと思っているからだ。だから彼女は会社で「ラクだけど楽しくない」と感じているという。そしてそんな自分のことを、「まあまあズルいよね」と評するのだ。

もちろんこれは、「あなたもズルいよ」という意味を含んでいるのだろう。まあ、遠野はそう言われても仕方ないことをしていると思うが。

遠野は、人生のかなり早い時期に「魂が震えるような人」と出会い、そして否応なしに離れ離れになってしまったことで、他人に興味を抱けなくなった。だから、遠野に惹きつけられる人を結果的に傷つけてしまうことになる。さらに、「子どもの頃に出会った『魂が震えるような人』との再会に恐れを抱く」みたいな感覚もあったはずだと思う。2人とも、ある例外を除けば、相手と積極的に再会しようという行動を起こしていないように見える。たぶん、本当に再会しようと思えば、連絡を取るぐらいのところまでは出来たはずだ。でも、そうはしなかった。そしてそこには、遠野の場合はやはり「恐れ」があったんじゃないかという気がする。

ちなみに、ある状況で遠野は「明里の真意」を人づてに聞く機会があったのだが、それは「恐れ」なんかとは全然違う感情で、そこに込められた想いにはちょっとグッと来た。繰り返すが、明里は長年会っていない遠野のことを今も「日常」だと思っている。それは「小学生の頃の遠野を想っている」だけかもしれないので、再会したいかどうかの確証は持てないが、今もその存在が気になっていることは確かだ。そしてだからこそ、ああいう理由でああいう決断をするのだ。凄く素敵な想いだったなと思う。

というわけで、まずはこういう「『残酷さ』をベースにした色んな人間関係」の描写がとにかく良かった。

そしてその上で、どの会話もホントに素晴らしかったなと思う。監督の奥山由之は映画『アット・ザ・ベンチ』の人みたいで、そっちも天才的に会話が素晴らしかったんだけど、本作でもとにかく会話が凄く良かった。役者ってのはみんなそうなんだろうけど、でも本作の場合ホントに「セリフを喋ってる」みたいな感じが全然なかったし、「声を張らないテンションの低い喋り方」みたいなのが作品の雰囲気にもキャラクターの感じにも凄く合ってた。

特に僕は、前々から松村北斗を推してるのだけど、とにかく松村北斗が松村北斗で、凄く良い。「役者が、役ではなく役者のまま存在している」みたいな評価は、大体の場合「悪い評価」と受け取られるだろうけど、そんなつもりは全然なくて、本作の主人公・遠野貴樹があまりにも松村北斗感の強い存在だったから、だから松村北斗が松村北斗然としているのが凄く良く見えたなと思う。松村北斗は映画『夜明けのすべて』でもそうだったけど、「何かしらマイナスを抱えた暗い人物」みたいなのが凄く合うし、それは松村北斗自身がそういう人だからという点と無関係ではないと思っていて、だからこの配役は完璧だったなと思う。

また、僕は青木柚も凄く好きで、本作での存在感も良いなぁという感じだった。どの作品でも「何を考えているんだかよく分からない底知れない雰囲気」みたいなのを醸し出す役であることが多いイメージなんだけど、そういう雰囲気を割とナチュラルに発しているなと思う。

で、本作では森七菜がホント素晴らしかったよなぁ。青木柚が演じた遠野とは違って、彼女が演じた花苗は分かりやすい感情を放つみたいな人で、でも遠野の前ではそれを抑えなきゃみたいに思ってるんだと思う。でも、抑えきれないぐらい想いが溢れてもくるわけで、そのグチャグチャっとした心の動きを素敵に表現していた感じがする。森七菜、やっぱり素晴らしいな。

あと、観ている時には名前は出てこなかったけど、水野を演じた木竜麻生も凄く良かった。凄く良い雰囲気だったなぁ。遠野との恋人関係は、ともすれば「よそよそしい」という印象を与えるようなものだと思うが、そんな違和感を与えないような自然さで2人の関係を成り立たせている感じがあって、凄く絶妙な振る舞いだった。ラスト付近で改めて遠野と関わりを持つ場面も、凄く良かったしなぁ。彼女が発した「遅くはないのか」というセリフには、「決定的に壊れちゃったから元通りにはならないけど、でもちょっと見え方は変わったかも」みたいなニュアンスが含まれている感じがあって、まあそれでも「だからどうした」って感じではあるんだけど、そう感じたことも含めて、2人の関係性の打ち出し方として凄く良かったなと思う。

あと個人的には、出番は少なかったけど、映画『街の上で』を観て一気に好きになった中田青渚が出てたのも良かったなという感じ。宮﨑あおいもなんとも言えない絶妙な雰囲気で存在してたし、あと幼少期の明里を演じた白山乃愛も素敵な存在感で、役者もホントメチャクチャ良かったなという感じだった。書店の店長役で又吉直樹が出てきたり、システムエンジニアの同僚としてダウ90000の蓮見翔が出てきたのもなんか楽しかった。

あと、エンドロールを見てて、音楽を江崎文武が担当していると分かって「おー!」となった。彼のことは、『EIGHT-JAM』って番組でその存在を知って、「凄い人がいるもんだな」と思ってたんだけど、たぶんついこの間、電車降りた時にホームで見かけたんだよなぁ。まあ、人の顔の認識には自信がないから別人かもしれないけど。いや、それだけの話。音楽的にどうだとかって話は出来ません。

音楽で言えば、米津玄師の『1991』って曲も良い。僕は歌を聴く時に全然歌詞が入ってこないのだけど(言葉にしか興味がない人間だから、自分でも不思議なんだけど)、この曲は、「ジジッ」みたいな雑音っぽい音が時々入ってて、それがなんか、本作の雰囲気に合ってる感じがするんだよなぁ。作中に度々登場する「ボイジャーに載せたゴールデンレコード」を物理的に再生している時の振動って感じもするし、そしてだからこそその音は「遠くにいる誰かに想いを届ける時に鳴る音」みたいな印象にもなる。さらに、「あまりにも綺麗過ぎる形で再生されている遠野の記憶」をグチャッと塗りつぶそうとするような音にも感じられて、そしてそれは「遠野が過去の美しい記憶と決別しようとする決意」みたいにも感じさせる。あるいはもしかしたら、「宇宙人からの返信の音」の表現であって、つまり「遠くの存在から返信があっても、解読出来ない」みたいな絶望を表現している、みたいな風に捉えてもいいだろう。

どんな意図を込めたのか、それは分からないが、米津玄師が何らかの意図を込めて「ジジッ」を組み込んでいることは確かだと思うし、だからこそ、そこには考察のしがいがあるなと思う。表面的に捉えるなら、美しい映像で彩られた作品には似つかいないだろう「ジジッ」を敢えて組み込んだことによって、作品の読み取り方にさらに深みが増している気がするというわけだ。

そんなわけで色々書いてみたが、とにかく素敵な映画だった。映画『アット・ザ・ベンチ』は、会話があまりにも素敵すぎて「音声だけ繰り返し聞きたい」と感じたが、本作『秒速5センチメートル』は、作品全体の雰囲気が素敵すぎて、むしろ「最悪音声はなくてもいいから映像だけずっと見ていたい」みたいに感じさせられた。ホント、素敵な作品世界だったなと思う。

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