【本】雨宮まみ「女子をこじらせて」感想・レビュー・解説
本書は、AVレビューを中心に、AV業界でフリーライターとして働く著者による、著者自身の人生を振り返り、「こじらせてしまった」自分を分析する自分史です。
容姿に自信がなく、「女」として見られることに慣れていなかった著者は、学生時代は自分の女性性を隠すように生きてきて、その反動みたいな感じで奇行に走る不思議ちゃん的立ち位置だった。どうにか東京の大学に行くも、華やかなキャンパスライフとかない、そもそも受験で上京した時に泊まったホテルでAVを見まくって試験に落ちた著者は、サブカル系の趣味に傾倒し、男とほとんど関わる機会もないまま、それまでのような暗黒の学生時代を過ごすのでした。
バニーガールのアルバイトをし始めた頃から、色んなことが変わっていく。少しずつAV的なものへ触れる機会が増え、やがてアダルト投稿雑誌を作る会社に就職、そこから様々な葛藤を経てフリーのライターになり、フリーのライターになってからも様々な葛藤にさいなまれつつも、「こじらせている」自分をなだめつつ前進してきた著者の、これまでの人生を振り返り、現在「こじらせてしまっている」女子に、「私のようになるなよ!」とアドバイスをする作品。
面白かったなぁ!僕は女子じゃないけど、すっげーわかる。僕もメチャクチャ「こじらせている」人間だから、著者とは持っているコンプレックスや生きてきた環境やありえた未来なんかが全然違うだろうけど、でも著者とは同類な感じがする。僕も、傍からすればどーでもいいようなことにウダウダ悩み、他人の視点がもんのすごく気になり、何をするにもビクビクしていたし、そうやってずっと生きてきたんだよなぁ。ここ5年ぐらいは凄く安定してて平和だけど、大学卒業してからちょっとしばらくぐらいまでは、ずっとそんな感じだった。どんな場にいてもしんどかったし、自分の自意識が邪魔をして何も出来なかった。色んな言い訳を常に用意してからじゃないと踏み出せないし、周りの人にどんな風に見られるのかが異様に気になってた。僕は未だに、なんで昔あんなことで悩んでたんだろうなぁ、なんて風には思えない。未だって、ただ自分の自意識と「休戦」しているだけで、いつまたそういうのが再発するかわからないし、そうならないなんて全然思えない。僕にとって、「こじらせまくって」生きている自分の方が長かったし自然で、今だって安定しているとはいえそういう部分が表面化しないわけではない。自分でも、これはどうにかした方がいいなぁ、という部分を、やっぱり直せないなぁって思ったりするけど、もうずっとそんな感じで生きてきたからしょうがねぇよな、なんて風に思ったりします。
割としんどいのは、「こじらせている」ということを巧く表現できないってことなんですね。これ、凄く難しい。本書の巻末には、「モテキ」の久保ミツロウとの対談が収録されてて、そこにも似たようなことが書かれてるんだけど、「こじらせている」っていうのを、なんかもっと分かりやすい感じで伝えられない。短い言葉で要約すると色んなものが抜け落ちるし、かと言って長い話をしたって聞く側には特に興味が持てるわけでもない。自分の中には、確かな質感を持って辛さとか違和感とかしんどさみたいなものがあるんだけど、これを自分が思っているのに半分ぐらいも伝えられない、という感覚が強くある。たまにいますけどね、あっこの話通じるんだ、って人。
たぶん本書を読んで、「はっ?」って思う人もいるんだろうと思うんです。まあ、短い言葉でざっくり表現しちゃえば、いわゆる「リア充」の人たちってことなんでしょうか。巻末の久保ミツロウとの対談は名言揃いなんだけど、その中にこんな言葉があった。
久保ミツロウ『高校時代に普通に恋愛してきたとか、普通に青春してきた人たちは、私たちみたいに自分のことでいっぱいいっぱいになってないから余裕があるわけ。そんで、今はその余力で「世界から貧困をなくそう」とか有意義な活動をしてたりするわけよ。自分のことでいっぱいいっぱいになってない人は、世界に目を向けたり、社会のことを考えたりしてくれてるの。私たちが世界を守れない代わりに…』
わかる!なんかそうなんだよなぁ。俺も、自分のことで精一杯だもんなぁ。自分がなんでそんな風にしたのか、しなかったのか、自分のこういう部分はつまりこういうことなんじゃないか、なんて分析は僕も大好きで、「こじらせてる」人はそういう分析が大好きだ、ってなことが本書にも書かれています。そうそう、俺も好きなんだよなぁ、そういうどこにもたどり着かない分析。だから、人のことなんか考えてる余裕がないのよね。対談には、こんな名言もある。
久保ミツロウ『震災が起きて、みんな家族がいてよかったとか彼氏がいてよかったとか言ってたけど、私あの時「いやー、ホント一人でよかった!自分しか守るものがなくて本当によかった!」って思ったよ。他人を守る余裕ないもん!』
わかる!メッチャわかる!ってか久保ミツロウ凄い!雨宮まみの自伝の話ももちろん面白いんだけど、巻末の久保ミツロウの言葉が痺れる!「モテキ」読もうかな!
「こじらせてる」女子がどんなことを考えているのか。一つ、うわこれは凄いな、って思った部分があるんで、抜き出してみます。
『恐怖はありませんでした。むしろ、暗い快感がありました。靴の中に画鋲を入れられるというのは少女漫画の定番です。靴に針を入れられることで私は初めて自分が他の女たちと対等な「女」になれたような気がしました。誰かに嫉妬されたり、憎まれたりするような「女」なのだと思うと、気分がよかった。』
どうでしょう、女子のみなさん?わかりますか?僕は、この気持ちそのものは理解出来ないけど、著者のこの思考回路はメチャクチャわかる。僕もこんな風に、ねじれた思考をすることがよくあって、だからあんまり周囲の人に理解されないような言動をしたりするんだけど、自分の中では凄く筋が通ってるし、理にかなってる。自分でも、めんどくさ!って思うことばっかりですけどね。
本書はそんな、「こじらせてしまった」女子が何を考え、どう行動し、どんな感情を抱いたのかを、どんな場面でオナニーしたのかや、初めてセックスした話みたいな赤裸々な部分も隠すことなく、現在の自分が過去の自分を分析してこういうことだったのだろう、今ならこうだとわかる、というような視点で書かれています。ホント、分かる人には分かるだろうなぁ、この「こじらせてる」感じ!
最近の人は、僕の勝手なイメージなんだけど、「私ってこういう人なんですぅ」っていう、自分へのラベル貼りがうまいなって印象があります。特に女子は。バイト先の新人を観察してて思うことなんで、一般的にどうなのかちょっとわからないけど。昔に比べたら価値観が多様化して、自分を守るための鎧の種類が増えた。
僕は学生の頃、自分のイメージでは、自分をより守ってくれる鎧を手に入れるためにダンジョンをクリアしアイテムをゲットしなければならなかった、という感じなんだけど、今の人たちはあらかじめたくさんの選択肢の中から鎧を選べる、という気がする。もちろんそういう中にあっても、「自分が積極的に何かを選ぶなんて…」みたいな「こじらせ」方をする人もいるだろうから、「こじらせている」人ってのは一定数いるんだろうけど、自分の身を守る鎧を手に入れやすくなっている感じがするのは、ちょっと羨ましいような感じもします。
なんか色々ウダウダ書いてみたいけど、残念ながら時間もあんまりない。とはいえ、僕の「こじらせている」感じは、僕がこのブログでウダウダ書いていることから色々浮き出てるんだろうなぁ、という気もするし、自分の中でもそれを意識して文章を書いていたりはするんですけどね。まあ、ウザいですね(笑)
最後に、巻末の対談から、先程引用しなかったもので僕が感動したものをいくつか。
久保ミツロウ『自己評価が低いっていうことじゃなく、もしかして世間は自分のことをもっと低く見ていて、自分はそのことに気づかなきゃいけないんじゃないか?っていう強迫観念がある。本当は私はワキガみたいな存在で、みんな私がダメなことに気づいてるんだけど優しいから言わないだけなんじゃないかって思うんだよ。』
久保ミツロウ『複雑なことを短く言い切る言い方ってあるじゃない?例えば「草食系男子」みたいに、何かをひとくくりにしちゃう言い方ってあるけど、そうやって短く言い切ってしまうおとで本当は多様なはずの実態が抜け落ちていく気がするのね。わかりやすくするためには有効な手段だけど、それは自分の表現方法ではないなとずっと思ってて、「モテキ」ではそういう短く言い切れないものを自分の持てる表現方法を使って描いたつもり。』
久保ミツロウ『私は、こじらせ自体は治ってなくても、自分はこういうものを抱えているということを他人に上手く伝えられるようにはなったと思う。昔は伝えられなかったし、それ以前にこういうものを抱えていること自体言えなかった。』
あと、もう一つメチャクチャ共感したのが、ここでは絶対に引用しないけど、著者によるあとがきの、243ページの最後の文章。俺ってダメな人間だなぁ、と思いつつ、凄く共感してしまった。
ウダウダ悩んでいる人は、とりあえず読んでみたらいいと思う。「こじらせている」かどうかはともかくとして、人生の何かに悩んでいる人には、灯台のような存在になる可能性がある本だと思う。僕は、やっぱりこういう人っているよね!仲間!みたいな感じになれて、なんとなく嬉しい。ってか、久保ミツロウと喋りてぇなぁ(笑)。是非読んでみてください。
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