【映画】「竜とそばかすの姫」感想・レビュー・解説

良い映画だったなぁ。前回の「未来のミライ」はちょっと好きになれなかったけど、「竜とそばかすの姫」は良かった。


かなり後半の方の話になるから、ネタバレにならないようにぼんやり書くけど、「助ける助ける助ける……」ってある人物が言う場面がある。

やっぱり、あの場面以降の、物語がラストに向かってグンと進んでいく辺りが、一番好きだったなぁ。

僕は結構、「誰かを助けたい」という気持ちを持ってる人間だと思う。でもじゃあ、行動出来ているのかというと、全然そんなことはない。

その事実に、ふとした瞬間にジワジワ侵食されるなぁ、と思う。

「気持ちを抱いているかどうか」は「行動」で見せなければ伝わらないのだから、「気持ち」なんかどうでもいい、という話はとても良くわかる。だから僕も、こんな風にネットで文章を書く時には「誰かを助けたいって思ってる」みたいに書いたりするけど、リアルで口にすることはほとんどない。そんなの、行動してから言えよと、自分でツッコんでしまうからだ。

そして、そんな風に「自分で自分をツッコんで気持ちを抑え込んでしまうのは良くないよなぁ」とも思っている。

本当は、「誰かを助けたい/助けよう」って普通に声に出して言える方が良いと思うからだ。仮にそれが言葉だけだったとしても、その言葉を聞いた誰かが行動に移してくれるかもしれない。今すぐじゃなくても、その言葉を聞いた誰かがいつか何かしてくれるかもしれない。そんな期待を抱くことができるからだ。

でもそれは難しい。自分自身で気持ちを表に出すことを抑え込んでしまうし、口に出したら出したで「偽善者」と批判されるリスクがある。誰でも何でも発信できるツールを手に入れたことで、僕たちは、本当は言うべきことまで喉の奥にしまい込むようになったんじゃないか、と感じることもある。

だから僕は「竜とそばかすの姫」が好きだし、すず/Bellが好きだし、彼女の周りにいる人が好きだ。それは、「誰かを助けよう/助けたい」という言葉が、上滑りせずに存在する世界だからだ。

SNSは、「批判側」に回ることを、それまで以上に容易にした。「批判」というのは、物凄く簡単な行為だ。100%完璧な人物も行為もないから、どんな場合で非難すべき点を見つけることができるし、正論で自説を固めておけば自分が攻撃されるリスクは極力減らすことができる。自分は安全な場所にいて、何も生み出していないし何も行動していないのに、「何か言っている感」を醸し出すことができるのが「批判」という行為だ。

もちろん世の中のすべての「批判」がそうなわけじゃない。必要な、適切な、不可欠な「批判」も存在する。しかし、世の中に「悪い批判」がはびこりすぎたせいで、「良い批判」さえ「批判」という括りで同じもの扱いされてしまう。そのせいで「良い批判」は社会から失われていく。

そうやって世の中に、「悪い批判」が蔓延ることになってしまう。最悪だ。

僕はそういう世の中に、常に苛立ちを覚えている。社会に1ミリも役立たないのに、安易に悪くないポジションを確保できてしまう「悪い批判」ばかりが目につくせいで、「口に出すのに勇気が要るポジティブな言葉」がどんどん消えてしまう。

「誰かを助けたい/助けよう」も、口に出すのに勇気が要る言葉だ。そしてだからこそ、こういう言葉はどんどん消えてしまう。そして、数が少なくなりすぎたが故に、仮に純粋な気持ちで「誰かを助けたい/助けよう」と声を上げても、「売名行為」「目立ちたがり」ということになってしまう。

ムカつく世の中だ。

この映画は、そういうクソみたいな雰囲気を、Bellの歌声が押し流してくれるような爽快さがある。そこがいい。

「どうせ口だけだろう」という、キツい環境にいる者からの訴えは、当然真摯に受け止める。しかしその一方で、「結果的に口だけになってしまうとしても、言った方が良い言葉はある」と僕は信じたい。

「誰々があんなことを言っている」と批判的に捉えるのではなく、「世の中全体の雰囲気を変える依代」みたいなものとして「口に出すのに勇気が要るポジティブな言葉」を捉えて、火種を少しずつ大きくしていくみたいに燃え広がらせる。

僅かだけれど、そんな可能性を、この映画から感じられたと思う。

内容に入ろうと思います。
すずは、自然豊かな田舎で平凡な日々を過ごす女子高生。幼い頃に母親を事故で亡くし、それ以来、大好きな歌を人前で歌えなくなる。同級生で幼馴染のルカのように明るくみんなに慕われる存在に憧れながらも、そんな風にはなれないとひっそりと生きている。同級生のヒロちゃんだけが、唯一心を許せる親友だ。
母親の事故以来、父親と2人暮らしながら、ほとんど会話のない生活。幼馴染のしのぶくんは学校中の人気者で、なんだか遠い存在になってしまった。学校での生活もパッとしない。
そんなある日のこと。ヒロちゃんから「U」に誘われた。「U」は世界最大の仮想空間で、50億のアカウントが存在する。デバイスを耳に装着することで生体情報を読み取り、「U」の中に分身となる「As(アズ)」が生まれる。1つの生体情報につき1つのAsが対応するので、1人で複数のアカウントを持てないのが特徴だ。
すずは「Bell」という名前で登録し、「U」の世界に入ってみた。ずっと歌えなかった歌をここでなら……と試してみると、自分でも驚くほど気持ちよく歌うことができた。すずは、「歌えた」ということに満足し、「U」の世界から出て寝ることにした。
翌日。とんでもないことが起こっていた。なんと「Bell」のフォロワーがうなぎのぼりに増えていくのだ。一度歌っただけなのに、その映像が拡散され、「なんか自分のためだけに歌ってくれている気がする」と大反響。すずは、アカウントを登録したばかりなのに、「U」内で大規模なライブを開くほどの超有名人になっていく
しかしすずは、現実との落差に気持ちがついていけない……。
というような話です。

僕はSNSをほぼ使わないし、ネットを通じたコミュニケーションをほとんどしないので、「U」での描写が「リアル」なのかどうかはよく分からない。そういう電脳世界的なものにもさほど興味はないので、映画全体を通じて、「U」内の描写は、僕にはあまり興味はなかった。

脱線だが、もし現実世界で「U」のようなアプリが存在しても、登録しないだろうぁ。「Uはもう1つの現実」という、「U」に登録した者への案内音声が何度か流れるのだけど、正直僕に言わせれば、「現実なんか1個で十分」と思う。現実1つに対処するのにだってヒィコラ言ってるのに、もう1個増えたらたまったもんじゃない。

ただ、「U」内にクローズドな空間を作って、知っている人間だけで飲み会とかできるなら、そういう使い方はしたいかな。

ラストの方の、すず/Bellがある決断をして歌うというシーンは良かったなぁ。Bellの歌声に乗せて、すずの過去の映像がフラッシュバックされるのだけど、それによって、「すずが母親の気持ちを理解した」と伝わるシーンがある。全体の話がそんな風に結びついていくとは思っていなかったのだけど、これは良い展開だったなぁ。

確かに世の中には、想像力だけではどうしても辿り着けない部分はあって、自分が同じ状況に立つことでやっと分かることもある。すずはまさにそれを経験し、そのことによって、「すずを停滞させていた何か」が溶け出したのだろう。凄く良い場面だった。

あと、そのすずの変化を如実に理解させる存在として、すずの父親も良い役割を果たしていた。

すずは自分から自分の気持を口にするような人間じゃないから、周りの人間との関係性の中でしかなかなかそれが伝わらない。確かに、すず/Bellが歌っているシーンですずの変化を予感させられたけど、それが確定したのは、最後の父親との駅での会話の場面だろう。

父親は、母親を失った娘との距離感がなかなか掴めないまま、10年ぐらい一緒に生活をしている。すずの父親が素晴らしいと思うのは、「態度を変えないこと」だ。

もちろんこの映画は、ある短い期間を切り取った物語なので、それまで父親がすずとどう接していたのかは分かる描写はない。しかし僕は、恐らくずっと同じように、つまり、すずがどんな返答を返そうが日々同じ質問をし続ける、という10年を送ってきたのではないかと思う。

そして、そう感じさせるところがとても良かった。

父親は恐らく、時間が解決するしかない、と覚悟を決めていたのだと推測する。人それぞれ、喪失や痛みへの感覚は違うものだが、すずの場合は特に、「母親が何故あんな行動を取ったのか」が理解できなかった。そしてそれが理解できなければ、すずが前に進むのは無理だと考えたと思う。

そしてだからこそ、待つことに決めた。すずの父親の出番は非常に少ないが、その少ない中からも僕は、そんな父親の決意を感じた。

父親の決意を一番強く感じたのは、駅ですずの返答を聞いた際の反応だろう。すずは恐らく、ここ10年で初めて異なる返答をした。しかしそれに対して父親は、驚くような素振りを見せない。「驚かない」と決めていたのだろうし、いつその瞬間が訪れたとしてもいいようにと考えていたことだろう。

本当に出番の少ない父親だが、登場人物の中で結構、この父親の存在感が印象に残っている。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど、結局すずのことを一番考えているのはこの父親なんだな、と感じられた。

登場人物で言えば、個人的にはヒロちゃんと仲良くなりたいなぁ。ああいう毒があって、陰があって、でも人間としての節度はちゃんとあって、という人はとても好き。ヒロちゃんの最初の登場シーン(すずを驚かせた「月の裏側」発言)の時点で、「好きだなぁ」って感じだった。なんかメッチャ数学も得意そうだし(理系の人間なので、理系女子は好き)

そしてエンドロールを見て驚いた。ヒロちゃんはYOASOBIのボーカルの幾田りらが声優をしているのだ。いや、彼女が声優をしている事実に驚いたのではない。実はそれは、テレビ番組で取り上げられており、あらかじめ知っていた。しかし、映画を見る段階では忘れていた。

そして、ヒロちゃんの声にまったくなんの違和感も覚えなかったことに驚いた。確か声優初挑戦のはずだ。そんなに上手くできるもんなんだろうか? 凄いもんだ。「ヒロちゃんを幾田りらがやっている」ということをちゃんと覚えた状態で、改めて声を聞きたいと思った。

同じように、映画の主題歌が「millennium parade」だということも、何かで見て映画を観る前に知っていたのだけど、こちらも同じように忘れていた。しかし、冒頭でBellが歌っているその音楽を聞いて、「あ、millennium paradeっぽい」と感じた。「millennium parade」の曲を積極的に聞く機会はないのに、どうしてそんな風に感じたのか不思議だ。

すず/Bellの声の人の歌は、もちろん上手いと思ったけど、この方がどれぐらい歌が上手い人なのかはよく分からない。ただ、すずには「歌を下手に歌う場面」ってのもあって、下手に歌う方が難しかっただろうなぁ、と思った。

あと個人的には、「竜」に関する描写はもう少し必要だった気がする。というのは、「竜はどうして『U』の中で戦闘を繰り広げているのか」が、僕にはイマイチよく分からなかったから。それに、誤解されそうなことを書くと、「竜」の正体となる人物は、ある意味では「どこにでもいる」といえる気がする。もちろん、「誰かを守るために奮闘している」という要素が特殊だといえるかもしれないけど、それにしても「竜」の正体のような人物は他にもいるだろう。

「U」には50億のアカウントがあり、1人1アカウントしか作れないなら、ほぼ世界人口が「U」のアカウントを持っているはずだろう。

とすれば、生体情報を読み取ることで「竜」のような造形・性格になるAsが他にも出てきてもいいと思うんだよなぁ。

「竜」みたいなAsが他におらず、さらに、「竜」が追手に執拗に追われながらも闘い続けているのは、何故なのか。

そんなわけで、「竜」が関係する部分は、個人的にはもう少し説明があってほしかった、と感じてしまった。

全体としては、とても良かったと思います。

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