【映画】「ネムルバカ」感想・レビュー・解説

これは良かったなぁ。映画『ベイビーわるきゅーれ』の監督作ということを知った上で観ていることもあるかもしれないけど、『ベイビーわるきゅーれ』からアクションを抜いたみたいな作品だった。これは僕としては全然悪評ではない。『ベイビーわるきゅーれ』は、もちろんアクションにも圧倒されたが、僕が一番好きなのは、主演2人のダルっとした会話だからだ。本作では、全編を通じてそんなダルっとした会話が続いていく感じで、メチャクチャ好きだなぁ、これは。特に「大学生」という、「何もしていなくても人間としてギリギリ成立する最後の時期」だからこそ成立する物語で、『ベイビーわるきゅーれ』とはまた違った魅力に溢れていて良かった。

というわけでざっくり内容紹介を。

大学の女子寮にクラス入巣柚実は、普段から「先輩」と読んでいる鯨井ルカとルームシェアしている。どちらも常に金欠で、特にルカはバイトが長続きしなかったりで金がない。少し前に炊飯器が壊れ、今はパックご飯を食べているのだが、ドンキで6000円で売っている炊飯器を買うにも逡巡するほどだ。

柚実は特段何をしているというわけではないのだが、ルカは「PEAT MOTH(ピートモス)」というバンドのギターボーカルをしている。熱狂的なファンはいるが、まだまだ世間に知られているとは言えないバンドだ。ルカも、ここから跳ねるには分厚い壁を越えなければならないことは分かっているが、その方法が分からないでいる。

柚実はバイト先のレンタルビデオショップで客に絡まれたり、その直後に先輩スタッフにまとわりつかれたり、ルカのバンドを見に行ったり、自分のことが好きなはずの同級生に酒と食べ物を買ってこさせたりとなんということはない日々を過ごしており、そしてそんな日々の中にルカも当たり前のようにいる。ルカはルカで確かに夢を追ってはいるのだが、それはそれとして、柚実とのダルっとした日常もまた愛しているのだ。

そんなある日、ルカの人生を大きく左右するような出来事が起こり……。

というような話です。

まずはとにかく、先程も書いた通り、柚実(久保史緒里)とルカ(平祐奈)のダルっとした会話とか日常が素晴らしかったです。こういうの、ホントに好きなんだよなぁ。永遠に聞いていられるし、何なら混ざりたいとさえ思います。別にどこにも行き着かないんだけど、「そういうどこにも行き着かない会話を当たり前のようにして大丈夫な関係性」ってのがまず素敵だし、お互いのそういう「何を喋っても大丈夫」みたいに思っている雰囲気がにじみ出ている感じも素晴らしかったです。

本作では、久保史緒里演じる入巣柚実が比較的変わった存在で、その佇まいみたいなものも凄く良かったなと思います。例えば冒頭、バイト(かバンドの練習)から帰ってきたルカが空腹で倒れ込んでいるところに、柚実が天丼を作って出す。「神!」と言いながら食べ始めるルカだったが、すぐに「天ぷらの中身が無い」ことに気づく。柚実がすぐに、天かすと天つゆで作ったと明かすのだが、その天丼にはエビのしっぽもあった。それについてルカが問うと、「私がお昼に食べたエビフライのです。三角コーナーで見つけました。あ、ちゃんと洗いましたよ」というのだ。当然ルカは「バカなの?」という反応をするのですが、柚実はその意味が分からなかったようで、しばらくして「あっ、七味?」と言って七味を持ってくる、というシーンです。

この冒頭の天丼のシーンだけで「柚実だいぶ変わっていること」が伝わってくるし、その後も彼女のちょっと変わった言動が、なんてことのない物語を良い具合に”ズラしていく”みたいな感じがあって、凄く良い存在感だったなと思います。

さて、そんな柚実は「やりたいことがない人」という意味でも重要な存在だったりします。

本作は、全体的にはユルユルな日常を描いていくだけの物語なんですけど、一本通ったテーマみたいなものがあって、それは「やりたいことの実現のために努力して生きるべきか否か」みたいな話にまとめられるでしょう。

本作ではルカが「夢のために突っ走っている人物」として登場します。割と冒頭の方で彼女は、「厚い壁を越えないといけないし、でも才能のある人はあっさりその壁を越えていくし、何なら才能のある人は、元から『あっち側』に生まれるのかもしれない」みたいな話をしていました。頑張ってるんだけど、壁の向こうに行けるかは分からないし、今自分がしている努力がその助けに少しでもなっているのかみたいな部分もぐらついているみたいな感じでしょうか。

しかし本作には、柚実とさらに2人の計3人が「やりたいことも、打ち込むべきものも無い人」として登場します。そしてその内の1人がこんなことを言っていました。

『スマホを見ていれば、才能のある奴らがゴロゴロいて、だから、早い段階で「自分がどの程度のレベルの人間か」が可視化されちゃう。つまり、「努力したって、そこそこのところまでしか行けないよなぁ」みたいなものがはっきり分かっちゃう。そんな状態で努力するのなんか、コスパ悪いですよねぇ』

この種の言説は、本作を観る以前にも何かで見聞きした記憶があるし、決して目新しいものではないでしょう。でもだからこそ、今の若い世代が当たり前のように抱いている感覚だというふうにも言えるかもしれません。

同じ人物はさらに、「ルカは『やりたいことがある人』と『無い人』の2種類しかいないと思っている」と考えた上で、さらに「実はその間に『何かしたいけど何をしたらいいか分からない人』って層があって、それが全体の8割ぐらいなんじゃないか」みたいなことも言っていました。

そして、まさにその代表が入巣柚実だというわけです。

彼女は、努力し着実に評価されるようになっているルカを見て素直に称賛する一方で、「自分なんか才能はない」「底辺の人間だってことぐらい分かってる」みたいなことを口にします。そういう口ぶりからはやはり、「何かしたい気持ちはあるんだけど、ルカみたいに熱中出来るものには出会えていない」みたいな感覚があるのでしょう。

さらに本作にはもう1つ、「駄サイクル」というインパクトのある言葉である一定の層を批判する話が出てくるのですが、それもまた柚実にブレーキを掛けさせる要因になっているように思います。

柚実は以前からバイト先の先輩からの誘いを断っていたのだけど、その先輩がバイトを辞めるというタイミングで「1回ぐらい奢らせてもいいか」と考えて食事に行ってみることにしました。彼が連れて行ったのは、「表現者」「アーティスト」が集まれる場を作りたいというコンセプトのカフェ。彼自身も「こんなことをするつもりだ」と声高らかに話、周りの人間もそういう系の話をしている。さらに、知り合いだというオーナーが突然自作のラップを始め、それを彼が称賛する、みたいなシーンが描かれます(ちなみに、このバイト先の先輩を演じているのが、ロングコートダディの兎です)。

その話を、帰ってからルカにすると、「お互いがお互いを褒め合って、そこから外へと出ていかない集団」という意味で、ルカがその状況を「駄サイクル」と呼んでいました。言い方はなかなか辛辣で、「自分が好きなように出来る個展は開くけど、客観的に評価されるコンテストみたいなものには絶対に出さない」と、厳しい表現を使っていました。

柚実も、そういう雰囲気に心底嫌悪感を抱いていることが伝わる感じを醸し出していて、そしてそれ故に、「自分はそうなりたくない」みたいな感覚を強く持っているのではないかという気もしました。何かを始めてみるのはもちろんいい。でも、そうすることで、あの「駄サイクル」みたいな状況に自分が取り込まれてしまったりしないだろうか? そんな風に考えてしまうからこそ、一歩踏み出せないみたいなところもあるんじゃないかと思います。

そして、「駄サイクル」とは少し違うけれども、本作のラストの展開もまた、「やりたいこと」や「評価されること」についての皮肉が詰まっている感じがあって、とても良かったです。

こういう物語に触れると、「どうなるのが正解なんだろうな」という気がします。もちろん、「自分がやりたいと思っていることが出来て、それが他者から評価されている」という状態が最善なわけですが、すべての人間がそこにたどり着けるわけではないでしょう。というか、ほとんどの人間はなかなかそんな素敵な人生を生きられないと思います。

となると次善の選択肢としては、「やりたいことが出来ているが評価はされない」と、「やりたくないことをしているが評価はされる」の2つが挙げられるでしょう。「自分がやりたいと思っていることが出来て、それが他者から評価されている」が自分には無理だと分かった時、先の2つの選択肢のいずれかを選ぶのか、あるいはそのどちらも選ばないのか。本作で描かれているのはそういう問いであり、ユルユルした日常の描写の随所にそういう要素を散りばめておきながら、最後の展開で一気にドーンと観客に重い問いかけをぶつけてくる感じが凄く良かったなと思います。

そして、ある意味で「絶望」を見せつけられた柚実が、思わず口にする「こんなことがしたかったのかよ」というセリフは、なんか色んな人にグサッと突き刺さるんじゃないかという気がしました。柚実が言う「こんなこと」が「幸せ」に感じられるなら、そりゃあ他人がとやかく言うことではありません。でも、そうじゃなかったら?本作は石黒正数のマンガが原作で、その原作は2008年とかに出ているみたいなので、結構昔だなという印象ですけど、映画化に際してかなり現代的な要素を入れ込んでいて、その点もまた良かったなと思います。

まあ僕は、まったく揺るがずに「やりたいことが出来ているが評価はされない」の方を選びますけどね。「評価されること」よりも「やりたいことが出来ている」ことの方が圧倒的に大事なので。まあ、それを「逃げ」と言う人もいると思うけど(ちょっと違うやり取りの中でだったけど、ルカも本作で「逃げ」という言葉を使っていた)、まあそう思うならそれでも全然いい。

昔有吉弘行が、「『ブレイクする』ってのは『バカに見つかること』」みたいなことを言っていて、まさに絶妙な表現だと感じるのだけど、それが真理なのだとしたら僕は正直「バカには見つかりたくない」と思ってしまう。まあ、有吉弘行の言葉は「ブレイクした人間が言う」からこそ意味があるわけで、僕みたいな人間が言っても何の意味もないのだけど。

まあそんなわけで、ダラっとした日常や会話がまず何よりも素晴らしく、その上で、本作の核となるテーマも非常に印象的で、全体としてとても良かったなと思います。あんまり観るつもりのない映画だったんだけど、これは観て良かった。

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