【映画】「ブルータリスト」感想・レビュー・解説

元々観ようと思っていた映画なのだが、公開直前にどの映画館で公開されるのかなど調べていて驚いた。なんと215分もあるのだ。ざっと3時間半である。観るのに結構覚悟が要る映画だと言えるだろう。

そしてもう1つ、観る前の時点でちゃんと理解していなかったことに触れておこう。僕はなんとなく本作を、「実在の人物を扱った物語」だと思い込んでいた。だから、劇場に入る時に、「建築家ラースロー・トートの創造」と題された、彼を紹介する冊子のようなものをもらった時も、「実在の人物だからこういうのも当然作れるよね」みたいに思ったりした。

ただその冊子の裏面の最後に小さく、「※本書の内容は一部を除きすべて架空の内容です。」と書かれていて、それで僕はようやく、「そうか、ラースロー・トートって実在した人じゃないのか」と理解した。まあ、実話を元にしていてもしていなくてもどっちでも良かったのだけど、個人的には「実話を元にした物語」の方が好みなことが多いので、「そうなのかー」ぐらいに思ったりはした。

しかし、215分全然飽きさせない、なかなか壮大な物語だった。

ただ、そうは言っても、別に大した物語が描かれているわけではない。序盤こそ、「ホロコーストを生き延びた主人公がアメリカの地を踏む」という、ハードな歴史を背景にしているのだが、それ以降は、「ハンガリーでは新進気鋭の建築家だったが、アメリカではしばらく不遇の時を過ごし、しかし、偶然と幸運がありながらある資産家に気に入られ、彼の個人的なプロジェクトの設計を担当することになる」という話が描かれていくだけである。

なのだけど、何だか凄く圧倒させられてしまった。

「大した物語が描かれているわけではない」と書いた。確かに、物語の表で展開されていくのは、建築とはかけ離れた仕事で生き延びている姿とか、欧州に取り残された妻と姪との過関わりなどで、「215分も費やすほどか」という観点から言えば「大したことない」という風に感じさせられる。

しかし、その裏側で描かれているのは結局のところ、「アメリカは彼らを受け入れない」という事実なのである。そして、それを印象的に描き出すにはやはり、「ラースロー・トートのような人物でさえ」みたいな要素があった方がいい。だからこそ、215分という長い時間を費やす物語になったのだろうと思う。

ラースローが最初にそれを強く感じたのは、アメリカに移り住んでいたいとこのアティラとの関わりである。彼は家具店を経営しており、また、ユダヤ人ではあるが、妻と同じカトリックに改宗している。どうにかこうにかアメリカにやってきたラースローは、とりあえず彼を頼り、建築家である経歴を活かして家具の仕事も手伝いながら、生活の基盤を作ろうと考えていた。

しかし、ある日突然その生活が終わってしまう。アティラから「もう協力出来ない」と突きつけられてしまうからだ。物語上、そのきっかけは、ハリソンという資産家の書斎を双子の息子・娘がサプライズで作り変えるという依頼を受けたことにある。色んな不運があり、その資産家の逆鱗に触れてしまい、アティラはその罪をラースローになすりつけるようにして追い出すのだ。

しかし、より本質的な理由はそこにはない。詳しくは触れないが、アティラの妻オードリーが関係している。結局のところ、「彼女がラースローを受け入れたくないと思った」からこそ、ラースローはアティラの家を去らなければならなくなったのだ。

ただ、ハリソンの書斎の仕事を受けたことが、結果として彼の人生を好転させることになる。経緯は省くが、ラースローはハリソンの個人的なプロジェクトに関わることになったのだ。

ハリソンは後に、「多少なりとも権威を持つ者として、”時代の才能”を育てることは責務だと考えている」と語っていた。ラースローのような人物にチャンスを与え、羽ばたかせる役割に自覚的だったというわけだ。彼は、ラースローをかなり高く評価しているのである。

また、別の場面では、ハリソンがラースローに「どうして建築をやる?」と質問しており、その際のやり取りも印象的だった。ラースローは、「何事もそれ自体は説明しない。立方体には本質的に、その構造以外の説明があるか?」と言った後、さらに次のようにも口にする。

【戦争は多くのものを破壊したが、私のプロジェクトの多くは残った。いずれ、戦争の惨禍が人々を辱めなくなった頃に、建築物が政治的刺激の代わりになってくれたら嬉しい。】

そしてこれに対しハリソンが「実に詩的な回答だ」と感心するのである。それは、本心からの言葉に感じられた。僕の受け取り方だが、ハリソン以外の者たちは正直、ラースローに個人的な関心を抱いていない感じがするが、ハリソンだけは、「その才能に嫉妬する」と口にするほどラースローという個人に対して強い関心をいだいているのである。

このようにラースローは、狭いがとても強力な「関心」を手に入れた。それは彼に、「少しは受け入れられたかもしれない」という感覚をもたらしたことだろう。ハリソンの周りにいる上流階級の人間は彼を本質的には受け入れていないと思うが、ハリソンだけは認め、受け入れ、親愛の情を示そうとしている。そのことはラースローにとってとても誇らしいことだったように思う。

しかし、そんな「蜜月」も、ずっと上手く行くわけではない。しかも、かつて彼の書斎の改装をしていた時と同じく、ラースロー自身には基本的にはまったく非がない状況で彼が割りを食うことになってしまうのだ。まあ、ハリソンの個人的なプロジェクトは、個人的なのに超巨大プロジェクトでもあり、多くの人が関わっているため、そういう意味で言えばラースローの普段の振る舞いにも良くない部分もあると思う。しかし恐らく、ラースローがお行儀よくしていたとしても、あの「事故」の前にはきっと関係なかったはずだ。

そんな風にしてまたしてもラースローは「受け入れられた」という感覚を手放さなければならなくなった。

またその「受け入れられた」という感覚は、アメリカという国に対してだけではなく、欧州に残された妻エルジェーベトとの関係性に対しても関わってくるだろう。

後に彼が語った話によれば、ラースローが乗った船がアメリカにたどり着いたことはかなり幸運だったようだ。同じ境遇の者が乗った船は、出航できなかったものが多かったらしい。また、男女で分けているだからだろう、ラースローと妻・姪は別の収容所に入れられており、一緒のタイミングで脱出することは出来なかった。戦後になってからも、アメリカを目指そうとするユダヤ人は多く、また、姪には何か事情(病気なのか何なのか、結局説明はされなかった)があり、そんな姪と離れて妻だけがアメリカに来るという選択肢もあり得ない。そういう事情が重なって、2人がアメリカの地を踏むまでにかなり長い期間を要したのである。

そして、その間に色んなことが変わってしまった。

ラースローがハンガリーにいた頃の描写はないので、2人が元々どんな夫婦だったのかは分からない。しかし、這々の体でアメリカにたどり着いたラースローが、いとこのアティラから「エルジェーベトは生きてるぞ」と言われた時に大号泣していたことを踏まえると、とにかくお互いを必要とする良い関係の夫婦だったのだろうと思う。

しかし、少なくとも5年以上も離れ離れになっていた2人がようやく再会出来たにも拘らず、その関係性は以前のものとは変わってしまっていた。

そして、その「すれ違い」はやはり、「アメリカに来た時期がズレている」ということも関係していると思う。もちろん、それだけが理由なはずもないが。

ラースローは、アティラといういとこを頼れはしたが、色々あってすぐにその関係は終わってしまい、結局一人でどうにか生きていくしかなかった。その後色んな幸運があって、彼の建築家としての実力も相まって、客観的な環境としてはとても良い状態で暮らせるようになった。

そして、そのようなタイミングで妻と姪が欧州からアメリカにやってきたのだ。

もちろん、妻エルジェーベトが苦労していないなどと言いたいわけではない。しかし、ラースローが経験してきた苦労とは違う種類のものであり、だからこそ彼ら夫婦は「辛さ」を共有することが出来なくなってしまっていた。

言っても仕方ないことではあるが、もしもラースローとエルジェーベトが同じタイミングでアメリカの地を踏んでいたとしたら、彼らは同じ歩みのまま、それまでと同じような関係でいられたのではないかと思う。しかし、違う苦労をしてきたために、お互いがお互いを「受け入れられない」という状態になっていってしまう。

そのことがなんだか、とても淋しく感じられてしまった。

ラースローは、そういう辛さから逃れるために、割と早い段階から薬物に手を出していた。そしてそのこともまた、彼自身の人生に暗い影を落とすことになる。さらに、姪のある決断も、ラースロー、エルジェーベトどちらにとっても大きな衝撃となった。そういう色んな事態が、アメリカにおけるラースローの生活を蝕み、少しずつ土台から腐らせていくみたいな感じで物語が展開していくのである。

常にギリギリのところで踏みとどまりながら、どうにか人生を前進させようとする男の切ない奮闘に惹きつけられるし、彼ほどの才能を持つ者でもこれほど苦労させられたことを考えれば、同時代のユダヤ人たちがどれほど苦労したのかが推し量れる感じがした。

さて、撮影に関して1点、個人的に気になっているのが、「あの建物を実際に建てたのか?」である。本作には、後半で描かれる「壮大な建築物の建築」の様子が、なんとタイムラプス的な映像で挿入される。もちろん、CGかもしれないが、もしCGじゃないとしたら、実際に建てている様子を撮影しなければあんな映像は撮れないだろう。ちょっとどうやっているんだろうと気になった。

また本作は、本編中に休憩が挟み込まれる。ラースローとエルジェーベトが結婚した際の記念写真をバックに「Intermission」と表示され、15分のカウントダウンが始まるのだ。休憩がある映画は時々あるし、僕も観たことはあるが、本編中に「休憩」の表示があるのは珍しい気がする。ちなみに僕の記憶では、映画『RRR』は、本編中に「Intermission」の表示が出てくるが、劇場の判断だったのか、そのまま休憩なしで上映したような記憶がある。色んなパターンがあるものだ。


あと、エンドロールが斜めに移動していくスタイルは初めて観た気がするし、しかも、途中からまったくの無音のまま文字がスクロールしていく感じもなんだか好きだった。最後の最後まで、印象的な映画である。

本作は、本年度アカデミー賞10部門ノミネートで、大本命であるらしい。まあ確かに、そういう作品として評価を得るのも妥当な感じのする映画である。215分という長さはちょっとハードだが、途中で休憩もあるのでまあ観れるだろう。壮大な物語を体感してほしい。

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