【映画】「アフター・ヤン」感想・レビュー・解説
うーむ、こういう言い方はしたくないが、つまらなかった……。というか、なんのこっちゃ分からなかったなぁ。良い雰囲気だったし、映像も綺麗だったけど、「だから???」感が満載だった。
とりあえず内容の紹介を。
お茶の専門店を営む欧米人のジェイク、黒人キャリアウーマンのカイラ、中国系の養女ミカの3人は、「テクノ」と呼ばれる高度にプログラミングされたベビーシッター・AIロボットと暮らしている。彼の名前はヤン。ミカと同じく、中国系の容姿をしている。「ミカを中国へ繋ぐため」に、夫婦はヤンを選んだのだ。
彼らは、ヤンを家族のように扱い、特にミカはヤンにとても懐いていた。ヤン無しでは生活が成り立たないぐらいの感覚だ。
そんなある日、ヤンが動かなくなった。
夫婦はヤンを、正規の製造・販売元であるB&Sからではなく、「第2の子」という店で中古品を買った。中古品とはいえ、前の所有者は5日しか使っていない「再生認定品」であり、ほぼ新品だった。「第2の子」の保証書もある。とりあえず修理に出せばなんとかなるだろうと彼らは考える。
しかし、「第2の子」は既に店そのものが無くなっていた。別の修理店では、「コアに問題がある」と指摘される。コアに手を加えるのは法律違反であり、その修理店では手を出せない。困ったジェイクは、隣人に紹介してもらった「闇修理者」の元へ。そこで、ヤンの中から「見たことのないコネクタを持つ部品」が見つかる。そしてその部品から、ヤンが「文化テクノ」と呼ばれる特殊な存在だと判明する。
「文化テクノ」は、1日に数秒動画を記録する機能を持つ。「テクノがどんな光景を選択的に記録するのか」を知ることでテクノ研究に活かそうと考えた企業が搭載した機能だったが、「個人情報の収集」が問題となり批判が殺到、すぐにそのモデルは撤廃された。ヤンは、その生き残りだったのである。
ジェイクは、その部品に残された映像を観てみることにした。そこには、ジェイクら家族とのささやかな日常の光景と共に、見知らぬ若い女性の姿も映し出されていた……。
というような話です。
こうやって内容の文章を書いてると、メチャクチャ面白そうなんだよなぁ。予告を観た時も面白そうだと感じたし、映画の始まり方とか、固定カメラで遠景を映し出すカメラワークも面白そうな雰囲気を醸し出す。
なのになぁ。なんか面白くなかった。なんでだろう?
まず思ったのは、「前提となる知識が多そうなのに、ほぼ説明されない」ということ。「テクノ」に関する説明は場面場面でちょいちょい出てくるけど、ただ全貌がわかるほどには情報は与えられない。ただ、「テクノ」については別にいい。これぐらいの情報でも十分と言えば十分だ。しかし作中には、当たり前のように「クローンで誕生したと思しき人物」が出てくる。あるいは、欧米人と黒人の夫婦が中国人の養女を迎えた上で「中国に繋ぐ」という目的を持っていることの意味もイマイチ謎だ。「近未来だ」ということは理解できるが、その「近未来世界」がどういう背景を持つ設定なのかほとんど理解できない。
この辺りがまず、理解の端緒を掴むのに苦労したポイントだ。
さらに映画には、「中国思想」みたいなものが結構語られる。主人公がお茶の良さをヤンに語る場面だったり、蝶の標本集めを趣味にしているヤンがカイラと話す場面などは、ひたすら「中国思想」に関するやり取りである。詳しい知識を持っているわけではないが、そういう哲学的な話は好きなのだけど、映画の中で「中国思想」が語られる必然性みたいなものがどうも上手く掴めず、置いてけぼりにされた感がある。「無がなければ有も存在しない」という言葉は結構好きだし、なんとなく映画全体のテーマを踏まえていそうな雰囲気も感じるのだけど、だからと言って腑に落ちるというわけでもない。
というわけで僕が言えることは、「とにかく雰囲気を楽しむ作品だ」ということだけだ。映像は綺麗だった。公式HPによると、小津安二郎を敬愛しているそうで、小津安二郎映画が好きな人には何か響くものがあるのかもしれない。
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