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「傾聴力」とは「自分がペラペラ喋ること」

僕は基本的に人の話を聞きたいタイプで、正直、自分が話したいことはそんなにない(場合にもよるが)。ただ僕は、普段、人と話す時に自分からペラペラ喋るようにしている(初対面の人の場合は特に)。それは、相手の話を聞きたいからだ。

「傾聴力が大事」みたいな話はみんな何となく理解しているだろうけど、でもこれって、「私はあなたの話を何でも聞きますよ。だから好きなように喋って下さい」みたいに口にして相手に伝えても全然意味がない。人にもよるが、そもそも「話すこと」に何かしらの抵抗を感じている人もいるからだ。むしろ、「聞くから何でも話してね」と直接的に伝えることは、相手にとってプレッシャーになることさえあると思っている。

大事なのは、「聞くから何でも話してね」と直接伝えずに相手にそう感じてもらうことのはずだ。

あるいは、「相手に話してもらうために質問するようにしている」みたいな人もいると思うが、それもどうなんだろうなぁ。もちろん、質問をすれば相手が話をしてくれる可能性は高まるだろうが、ただその話が「相手が話したいこと」かどうかは分からない。というか大体の場合、「質問に答える形で話すこと」は「本人が喋りたいと思っていること」ではないだろう。だから僕は、特に初対面の相手には、「なるべく質問しない」ように意識している。

そんなわけで僕は、「相手に話してもらうために、まず自分がペラペラ喋る」ようにしているのだ。人によって感じ方は様々だろうが、ペラペラ喋っている人がいれば、「こんなに喋っている人がいるなら自分も話してもいいかな」とか「この人にばっかり喋らせるのも悪いな」みたいな感覚になって、「よし、自分も喋るか」みたいに感じてもらえているんじゃないかと思う。常に上手くいっているとは思わないが、僕はこのやり方で「自分も好きなことを喋っても大丈夫そうだ」と相手に思ってもらえていると感じている。

で僕は、相手から何か話が出てきたら、そこから質問をするようにしているのだ。相手から出てきた話題なら「喋りたいこと」だろうと判断していいと思うし、であれば何を質問しても概ね「喋りたいこと」から外れないだろうと思っている。

そんなわけで僕は、「傾聴力=自分がペラペラ喋ること」だと考えているのだ。

一休さんの有名な話で、「屏風の虎を捕まえろ」というのがある。この無理難題に対して一休さんが、「捕まえますので、まずは屏風から虎を出して下さい」と答えたという話だ。「傾聴力」にも近いものを感じる。「話してくれれば何でも聞きますよ」と相手に伝えることは、「屏風から虎を出してくれたら捕まえますよ」と言っているのに近い。「屏風から虎を出すこと」が難しいのと同じように、「喋ってもらうこと(喋りたいことを喋っても大丈夫だと思ってもらうこと)」が何よりも難しいことのはずだ。

「聞きますよ」と伝えるだけでは「傾聴力」とは言えない。「喋りたいことを喋ろう」と思ってもらえるように振る舞うことこそが「傾聴力」だと僕は考えている。

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