【映画】「きみの鳥はうたえる」感想・レビュー・解説
恋愛はめんどくさい。
というか、うまくいかない。
ルールが多いように感じてしまうからだ。
「恋愛」となった途端、
なんかルールが増える。
「つき合ってるんだからこうするのが当たり前」「彼氏/彼女なんだからなんでこうしてくれないの」「普通恋人だったらこうなんじゃないの」…
みたいな。
そういうのが、全般的に無理だ。
別に恋愛に限らない。
ルールが多いように感じられる関係性は、全部苦手だ。
家族とか、先輩後輩とか、上司部下とか、そういうのは全部。
理由は分かっている。
自分で言うのもなんだが、僕が真面目だからだ。
そこにルールがあると、「守らなければいけない」と思ってしまう。
これはある種の、強迫観念みたいなものだ。
さらにその上で、人間関係のルールは、「暗黙のもの」が多い。
明文化されていないし、みんなが「普通」だと思っているものがそれぞれバラバラだったりする。
ルールを「守らなければならない」と感じるだけではなくて、ルールを「察知しなければならない」とも感じてしまうのだ。
そういうのが、全般的に嫌で仕方ない。
だから僕は、意識的に、そういう関係性の外側にいられるように努力している。
「これぐらいは別にやってもいいかな」とか、「これぐらいは普通に出来る」というレベルのものから、意識的にやらないようにする。
そうすると、「この人は、こんなレベルのことさえやらないヤバイ人なんだ」と思ってもらえる。
そうすると、ルールを押しつけられずに済む。
そういう人なんだ、仕方ない、と思ってもらえるように努力しているつもりだ。
時々、ルールを感じさせないで関われる人がいる。
そういう人は、凄く楽だ。
そういう意味で僕は、この映画は、凄く好きだった。
何も起こらないのに惹き付ける物語というのは、いつも凄いなと感じる。
そういう作品は、やはり「人」や「関係性」に魅力がある。
この映画もそうだ。
メインの3人それぞれの描写、そしてその関係性、それらが、僕にとってはとても好ましい形で描かれている。
僕にとって、彼らのような関係性は、ある種の理想であり、到達したい目標だ。
まあ、それがなかなか難しいんだけど。
内容に入ろうと思います。
主人公の「僕」は、書店でアルバイトをしている。勤務態度はかなり不真面目で、先輩や店長に対する態度も社会人とは思えない感じ。一方でそれは、裏表がない態度でもあり、「僕」と同居している静雄は、そういう部分も含めて面白いと感じている。
ある夜、店長と同僚女性が一緒に歩いているのを見かけてしまう。そしてその夜がきっかけで、「僕」と佐知子は急速に仲を深めていく。静雄と同居するアパートに佐知子を連れ込んで、昼間からセックスをする。静雄も彼らの関係性の中に入っていって、一緒に飲んだり遊んだり、あるいは静雄と佐知子の二人で会ったりすることもあった。
まるで最初からずっと、佐知子も含めた三人で一緒にいたかのような関係性。佐知子と店長、「僕」と先輩、静雄と母親。それぞれの中で色んな関係性が展開されていくが、『僕にはこの夏がいつまでも続くような気がした』と感じる、穏やかで満ち足りた日々がそこにはあった。
それでもやはり、この関係性は、長くは続かなかった…。
というような話です。
物語は基本的に、「僕」と静雄と佐知子の三人が喋ったりダラっとしたりちょっと真面目な話をしたりする、という感じで進んでいきます。目立った、はっきりした出来事は、ほとんど起こりません。この映画の中で、一番起伏の激しさを感じるのは、「僕」が襲撃されるシーンでしょうか。そこを除けばホントに、普通の人の普通の日常をちょっと覗き見しているような、特になんでもないようなダラっとした毎日が映し出されていきます。
しかしそれが、決して「普通」に収まらないのは、彼らの関係性が特殊なものに見えるからです。
「僕」と佐知子は、つき合っているというわけではない。佐知子は、「めんどくさい関係は嫌いだよ」と言い、「僕」の方も、佐知子とつき合っているという感覚ではない。だから、ということもあるかもしれないし、そもそも「僕」がそういう性格だということもあるだろうけど、「僕」は佐知子が静雄と二人で会ったりしても気にしないし、そうするように勧めもする。静雄は静雄で、元から佐知子がいたかのような感じで接しつつ、「僕」と佐知子の関係性を邪魔しないようにしながら、でも遠慮もしすぎない感じで振る舞っている。
それは恐らく、ごく一般的な人から見れば「危うい均衡の上に成り立つ関係性」に見えるのかもしれないし、そういう危うさみたいなものを感じ取るような映画として捉えていたかもしれないけど、僕は全然そんな風には感じない。彼らの関係性は、僕にとっては理想的な感じに見えるし、そこに危うさはないように思える。というか、危うさはないといいなと思っていた。誰かが我慢していたり、何かを押し殺していたり、そういうことはなく、それぞれが自然体のままで、あの三人の関係性が成り立っていて欲しい、という願いを込めながら見ていた。
いや、違うか。願いを込めていたわけではない。僕は、そうなんだと思ってみていた。「願いを込めていた」なんていう表現になるのは、僕がこの映画を最後まで見た上でこの感想を書いているからだ。詳しいことは書かないけど。
「僕」のイメージは、最初はとても悪いだろうし、人によっては最後までイメージが悪いままということもあるかもしれないけど、僕は途中から、「僕」を受け入れられるようになった。仕事の振る舞いが適当、という部分は、やはりちょっと許容しにくいのだけど、でも、「僕」のような振る舞いは僕には羨ましく感じられる部分が多いし、関係性の中で、自分が大事にすべきと感じる相手への振る舞いは非常に真っ当なので、全体的には許容できる。
僕がこの映画で一番許容できないのは、「僕」の先輩社員である森口だ。ああいう人間は、凄く嫌いだ。
嫌いだからと言って、「僕」のような振る舞いが許されるかと言えばそんなこともないのだけど、個人的には森口のような人間とは関わりたくないと思ってしまう。「僕」と森口を対照的に描くことによって、「僕」の人間味みたいなものが浮き上がってくるような感じがした。
全体的には、凄く良いなぁと感じる映画でした。
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